第4話 最悪の発想



「…スゲ」


お蜜の家は、エメラルド色の分厚いガラスの箱だった。

「コ」の字型をしていて、庭に面した箇所は壁がない。


綺麗な庭を家から眺められる設計にするならば巨大な窓を設置するはずなのだが、壁自体がないのである。

その壁のない場所から濃いグリーンの池のある…木々に覆われた美しい庭が見えた。


天井は本来三階建てになるだろうほど高く、真ん中には巨大な大木が生えている。

その大木から赤いランプや、金魚が一匹入った瓶が大量にぶら下がっていて、家の中はぼんやりとした暖色で照らされていた。

床にはとても深いオレンジのハマダン産ペルシャ絨毯が敷き詰められていて、背の低い座り心地の良さそうな白いソファがあちこちに置かれていた。

丸くて小さなテーブル、その上に置かれた小さなランプや灰皿。

壁一面の本棚。


玄関はなくて、庭からこの家に入るシステムらしい。

庭を移動すればガラスのドーム型の小さな家が幾つもあって、中にはベッドやトイレ、風呂場、ミニキッチンなんかがあった。

そこが個室になっていて、それぞれそこで眠るといった感じだろう。外から部屋の中を見られたくなければ、スイッチを押すとガラスが曇るようにできているのでプライバシーの面においても問題ない。

5人の糸クズ達はなんだかぼんやりとしてしまった。

こんなに良い場所だとは思わなかったから。


「あ、あのね。灰皿とかもね、用意したんです。食料も沢山買ってきたし…男の子だから沢山食べると思って。あとお酒もね、何がいいか分からなかったから色々買ってきたの。何か他に入り用の物があれば仰ってくださいましね。ご用意致しますから」


お蜜は小さな汗を飛ばしながら、嬉しそうに、一生懸命張り切って言った。

両手を合わせてニコニコして、頑張って糸クズたちをもてなそうとしてくれているのだ。


「………」


5人は庭に突っ立ったままそんなお蜜を見て…全員で顔を合わせ、ほんの僅か沈黙してから。


「お蜜ちゃん。ほんっっっとにありがとう。本当にありがとうなんだけど、ちょっとオレらだけで一旦話してきて良い?環境が嫌とかじゃなくて注意事項おさらいしたいだけなんだけど、ごめん。一旦向こう言って話してくるね」

「…?あ、な、何か不備が…。お、お気に召しませんでしたか」

「いやぜんっっっぜん。全然違う本当に嬉しい。けどごめん、ちょっとだけ。ごめんいい?ごめんね!」

「わ…分かりました。お待ちしてます」

「ありがとう!ほんとごめん!」


コモンくんは突然にそう言って、男どもを引き連れて庭の角へ歩いて行った。

お蜜は困った顔をしてポツネンと立ち尽くし、何だろう、何かダメだったかなと思っていたのだが。

庭の隅に結集した4人の前でコモンくんはスッと手を挙げ。


「…えーっとまず。分かるよな?こんだけ準備してもらったんだぜ?便座上げっぱなしにしたら死刑。服とか散らかしたらパキスタンの地下牢獄行き。靴揃えなかったらタスマニアデビルに食わせる。自分の分とお蜜ちゃんの皿洗わなかったら鼻を削り取る。飲んだもん一ミリ残して冷蔵庫に入れたら目を焼く。自分のスペースでも散らかしたら首の骨を折る。お蜜ちゃんが何かしようとしたら必ず手伝えよ。つか手伝うよって言って手伝うなよ絶対遠慮されっから。一緒にやりたいって言え。そしたら手伝わせてくれるから。言い方考えろゴミ」

「ウッス」


一息にそう言った。

シーシャ屋・オドロアンはそれを聞いて黙ってメモを取った。

生活能力のないオドロアンとダメ人間代表ダイダラが心配だが、マァ一人暮らしの経験もあるので家事はそこそこできるだろう。

できなくてもやらせるしその辺は問題ない。


問題なのはここにいる男が職業的に全員夜型人間ということだ。

朝4時までやっているシーシャ屋に勤めているオドロアン、夜職の人間と連携をとっているため必然的に夕方に起きるスカウトマンのギラお兄さん、地下格闘技場とクラブを行き来している為深夜帯が最も活動的になるコモンくん、夜職ど真ん中のホストシャオさん、SMバー勤務の為夜中まで2丁目にいるダイダラ。

これが何を意味するかというと、お蜜はきっと朝方人間だ。ならば夕方頃に彼らが起きてきては生活リズムが合わないし、夜中に家事やら風呂やらに入ればお蜜が騒音で眠れないかもしれない。

よって全員が朝型生活に直す必要がある、とコモンくんは続けて言った。


「え、朝何時起床スか」

「わかんない。お蜜ちゃんが起きる頃にしようぜ」

「あ了解ス」


コモンくんはスッとお蜜ちゃんがいる方向に指を指し、「短期間でこんだけ準備できるってことは多分金持ち。」と言う。


「けど甘えるわけにいかねぇから。隙間時間でバイトできねぇか打診してみるわ。こんだけ男いんだから何とかなんだろ。お前らもやれよ」

「検索してみっか後で。食費と家賃と光熱費くらいは流石に出してぇわ」

「バカ水道代もだカス。あとお蜜ちゃんの生活費」

「間違いなくて草」

「良いか?お蜜ちゃんは自覚ないだろうけど急に集団生活するとか普通にクソストレスだから。男5人だぜ?生活臭だけでもやべぇからそれ以上迷惑かけるわけにいかねーんだよ。オレはお蜜ちゃんと結婚するんだからオレの顔に泥塗るな絶対に。殺すぞ。死ね」

「なんでそんな怒ってんの?笑😅」

「お蜜ちゃんと2人で生活したかったからに決まってンだろうが」

「そりゃ怒るわ」

「とにかく面倒だと思うことは全部やれ」


マしかし、こう言っておけば全員問題ないだろう。

夜職というのは大抵上下関係が厳しく、全員稼いでいるということは「言われなくても分かる」が徹底している人間ということ。

ホスト、スカウト、地下格闘技場、SMバーなんて中でも特に体育会系だ。元々やっていた部活も全員体育会系なので安心材料は揃っている。

なのでコモンくんはヨシ、と頷いた。

因みにこの会話は全てお蜜に丸聞こえだったが、この辺りは雑なので5人は気付かない。

彼らはひとしきり確認事項と作戦会議を終え、足早に戻ってきて。


「じゃ、挨拶」


シャオさんが言った。

すると4人全員が「ッしあす!!(訳:よろしくお願い致します」とお蜜に頭を下げる。

お蜜はちまい汗を沢山飛ばしながら、「ほ、本当に気を使わないで…!」と困り尽くして言った。

お客様なのでおもてなししたいと思っていたし、彼女は今純粋に嬉しいのだ。

自分の家はいつも賑やかさとはかけ離れていたから。


女神というのは最初以外ほとんど在宅ワークなのである。

勇者の世話をみっちりマンツーマンでするタイプもいるし、定期的なメンタルケアに行く女神もいる。

しかし基本的には放任するのが推奨されており、様子を時折家の中で見る程度だ。

レベルアップに必要だと思えばレアなモンスターを仕掛ける時もあるし、レアアイテムをドロップさせることもある。


あのいわゆるご都合主義と呼ばれる展開は勇者の運が良いのではなく、女神が裏で補助しているのだ。

勇者を導くヒロインも、その実〝ヒロイン〟という職業があるので彼女たちの行動は全て芝居である。

女神が数多いるヒロインの審査をして勇者の好みそうな乙女を派遣するのだ。そのヒロインから定期的に報告が入り、そこから勇者適性があるかどうか何度も厳しいチェックが入るのであった。

特に女性は芝居が本当に上手く、連携を取ることに優れているのでバレる心配もほとんどない。


だがそれも〝当たり〟を引いたらすることで、ハズレなら容赦無く奴隷階級行きだ。

大量に輸入して振り分けてダメなら処分する。

これが最も効率的なので。


お蜜も最初は頑張っていた。

勇者に合いそうなヒロインを何人も面接して選び抜いて派遣したり、レアモンスターとエンカウントできるように何回も画策して計画を練って誘導したり、なるべく勇者に特に意味もないのに好意的にしてくれる美女で周囲を固めたり、彼女たちと何度も連携をとってヒアリングをしたり、勇者のやる気が出るように行く場所行く場所にストーリーを作ったり…と。

女神とは管理職であり、ストーリーを作る創作力も求められる。


モンスターを誘導する超大型魔法の免許も必要だし、そもそもレアモンスターをストックして世話をしなければいけないのでモンスター飼育も必須項目だ。

必要であれば仲間も揃えてやり、装備もこちらで業者に手配してドロップするように整えておく。

そういうマルチ的な能力が求められる職業なので、女神になれるということはそもそもがエリート中のエリートなのだ。

弁護士資格と医師免許と公認会計士と不動産鑑定士を一気に取るみたいなものである。

その上美女でなければならない。

本当に一握りの人間しかできない仕事なのだ。


そんな風に勉強漬けで幼い頃を過ごし、女神になって随分経つ。けれど出世はできず友達もできず、孤独にずっと闘ってきたのだ。

だから人と僅かでも生活できることが嬉しいし、何より彼らは「会話が通じる」。

目を見て話してくれるし、おっぱいをジロジロ見ないし、こちらが黙っていても話題は尽きず、さりげない手助けを忘れない。

恩着せがましいことはしないし、見返りを求めない。

一緒に居て楽しい。

それがどれだけ素晴らしいことか。


だってヒロインはよく嘆いている。


『転生者(童貞)ってほんっっとにつまんないンですよねぇ〜っ。揶揄ってもプライドがあるから面白いリアクションしないしノリは悪いしこっちが話振らないとずっと黙ってるし自分からアクション全然起こさないんですよ!一瞬で会話は止まるしボーッとしてるし優しくアドバイスしても全然聞かないし話し合いになると途端に黙るしやってもらって当たり前みたいな顔してるしもう全部最悪ですよ、だからお前童貞なんだよアタシ担当外れたい!』

『落ち着いてね、コップ投げないでね、』

『しかもヤレヤレ…オレはひっそり暮らしたいんだが?みたいな顔するんですよコッチが全部お膳立てしてやってんのに!お前の目立ちたい願望全部お前のTw×tter見てるから知ってんだよキメェ死ね!!』


と。

メンタルケア中にヒステリーを起こして頭を抱えていることが多い。

そんなヒロインの息抜きのために、イケメンとの合コンをブッキングしてあげたりとマァ大忙しなわけだが…


「私、お茶淹れてきますね」

「あ、オレやりたい。オレね、お茶詳しいんだぁ。台所入られるの嫌じゃなかったら一緒にやってもいい?」

「シャオさん好きよ。本当にありがとう」

「??うん」


こんな風に休ませようとしてくれる。

彼らならば大歓迎だった。

いつまで居てもいいのよと言いたいくらいなのだ。…



「お邪魔しまーす。お世話になります」

「お邪魔します。逆にオレがお世話します」

「アス」

「シャス」


続けて4人が家に入り、きちんと靴を脱いで揃えた。

普段から揃えたこともないだろうに、しゃがんでちまちまと邪魔にならない場所に並べている。

それがかわゆくて、お蜜はキュンとした。


コモンくんのGUCC×のスリッポン。

シャオさんのディオ×ルのショートブーツ。

オドロアンのRick Ow×nsのコンバットブーツ。

ギラお兄さんのスーパ×スタースニーカー。

ダイダラのOff-W×iteのパデッドサンダル。


そういうゴロッとした重たい靴がキチッと絨毯の隅っこに並んでいて、お蜜のころんとしたちまこい白のハイヒールは履きやすい真ん中に置いてある。


「お蜜ちゃんあのごめん、タバコって吸っ…?」

「もちろんどうぞ!」

「アザーーース!!!」


お蜜はもうなんだかニコニコが止まらず、シャオさんとお茶を淹れながら(ほとんど何もしなくても淹れてくれた)幸せで鼻歌でも歌いそうだった。


頑張ろうと思うのだ。

助けに来てくれた彼らの為に、できることはなんでもしようと思うのだ。

今日のために資料はまとめてきた。

休憩と食事を摂ったら、まずは勉強会をしよう。


彼女は幸せ気分でみんなとお茶を飲み、本当に嬉しそうに微笑んだのである。







「コモンくん、おやすみしましょうね。ちょっとだけでいいからね」

「……んー、ごめん、もうちょっと…」

「あの…。ギラくんもね、寝ようね。もうお昼よ…」

「あマジで今ゾーン入ってるんで大丈夫ッス。つか逆に寝れないんスよ」


お蜜は淹れてきたお茶を持ったまま困り果て、どうしようと思う。


というのも。

お蜜の部屋には異世界について詳細に記された本が大量にあるのだ。まずは異世界についての常識やマナー、どのような種族がいるのかの確認を異世界攻略法を練るために彼らは勉強し始めたのだが。

これが止まらなかった。

彼らは努力に慣れた人間だから。

自分が成長することに喜びを覚える人間ばかりで、野心家が多い。


スカウトマン・ギラお兄さんの集中力は凄まじかった。

どんな種族をスカウトすればチームに対しどの程度影響を及ぼすか、どのような活躍が期待できるか、デメリットは何か、引き入れるにあたってどのような交渉が必要か…と、コモンくんと共に共同で・総当たりで考えている。

コモンくんは交渉役として打ってつけだ。

この通りこのメンツを集めたのも、女神・チャッキーと仲良くなって中に引き入れたのも彼。

故に彼が仲間に引き入れる方法を考える。

種族の性格を分析したり、どのようなものに価値を感じるのかを考える。


ギラお兄さんはチーム編成を考え、どの種族を引き入れてどうすれば機動的に稼働できるかを考えていた。

彼は組織運営担当なのである。


暴力担当ダイダラは、


・自分達が現実的に今すぐ使える武器は何か

・異世界で様々な種族に対し脅威として通用する最低限の攻撃魔法は何か

・全員が共通で覚えておいた方がいい体術は何か


をブツブツ言いながらずっと調べている。

この男はキモが異様なほど据わっているので、一番治安の悪い場所に行って本物の〝脅威〟というものを肌で経験したいと思っていた。

虫のように殺されるかも知れないが、この目で見ておきたい。

そこで別に活躍する気は当然なく、ただこの世界にとっての「最悪」を見ておきたいのだ。

そうすれば、何が必要なのか、何が通用するのかわかるから。

ソマリアの海賊に捕まって殺されかけた経験もあるし。

マァ多分おしっこを漏らして泣くくらいで済むかもしれんと軽く考えていたりもするけど。


…シャオさんはお蜜が女神になるためにかき集めた美容の資料を読み込んでいた。

この男は自分の役割をよく分かっていて、自分が交渉材料としてコモンくんに使われることもわかっていた。

己の役割は人をたぶらかすことで、人を可愛がることで、惑わすことだ。

様々な種族と交流するであろう異世界、ならば、様々な「美」の価値観を知っておく必要がある。

どの種族にとっても魅力的で価値のある男でなければならない。

それは見目だけではなく、使う言葉、各地の上流階級が使うマナー、好かれる/一目置かれる特技。

それらを付け焼き刃でも良いから頭に叩き込んでおく必要がある。

それが分かれば実践のために具体的に練習できる。

シャオさんは自分はきっとそれでコモンくんに買われたのだから、これを真剣に誰よりもやるべきだと過集中を起こして大量の本を読み漁ってはメモを取っていた。


そんな風に作業を始めた彼らは、止まらなかったのである。

異世界の知識が面白いというのもあるし、自分の得意分野や役割がハッキリしているから専門分野に徹底することができる。

他のことはしなくていいのは救いであった。

彼らはそもそも自分の興味あること以外やろうともしないから。


よって全員スウェット姿であり、風呂上がりなので髪の毛を適当にかき上げただけだったり下ろしっぱなしだったりする。

コモンくんは三つ編みを解いて肩にバスタオルをぶら下げたままで、金色の腰まである長い襟足を垂らしたままだ。

時折ニョロ、と細長い舌を無意識に出す以外ではほとんど動かない。

爬虫類的である。

彼はスッピンになるとソバカスがあって、でかい眼鏡をかけていた。

シャオさんもカルマヘアの黒髪を適当にチョンと結んでゆるいサルエルパンツを履いている。ダイダラはヴェルサーチ×の金色のパンツ一枚、ギラもズボン一枚だった。


その状態で随分経つ。

お蜜は暫くの間質問があれば答えたり、それとなく気にしつつも放置をしていたが。

彼らは1日経っても床で仮眠を取るだけですぐに起きて作業に戻るものだから…お蜜は気を揉んで、「やすもうね」と言っていたのだ。


「お蜜さんアイス食べてい?これお蜜さんの?」

「あ。どうぞ。食べるかなと思って買ってきたんです。お客様用ですよ」

「マジか。てか共に食わね?笑」

「!はい。ご一緒します」

「神。庭行こ✋」

「はい」

「ウェイ卍」


オドロアンである。

彼はやっと集中力が切れたようで、ちょっと疲れた顔で彼女の元に遊びにきてくれた。

オドロアンは長い黒髪をポニーテールにして、Tシャツと…バスケのユニフォームであろう、表面に光沢のある青い紫のパンツを履いていた。

多分リラックスウェアだが、指輪はいくつも付けっぱなしで、それがなんだか格好良く見えるのだ。


2人は庭の池のほとりに座って、アイスを食べた。

外は霧が降っている。

それが心を穏やかにさせ、なんだかホッとした。

霧の似合う庭なのだ。

外は静かで、優しい風の音がした。


「オドロアンさんは何のお勉強をなさってたんですか?」

「え、土壌チェック。ケシが育ちやすい環境調べ的な。阿片作ろうと思って」

「あ、あへん…?」

「そういう薬があるんよ。吸うとクソ気持ちいヤツ。マリファナの方が手軽だし量産しやすいからそっちのが良いかなとか思ったんだけど。使う時に手間かかる方がいいなと思って阿片にしたんよね」

「…?えっと、その…その薬を流行らせるんですよね?」

「そ👍」

「流行らせるのであれば、手軽な方が良いのではないかと思うのですが…。そちらの方がみんなやるだろうし」

「あー、や、それはオレも思ったんだけど。オレら薬で金稼ぎたいわけやん?」

「はい」

「なら、簡単にパクれるモンだと誰かに全部持ってかれちゃうかもじゃん。手軽って怖いんよ。秘伝のタレ的なのないとビミョいんよ」

「なるほど。…アヘン?は何が難しいのですか?」

「アレね。あー、めっちゃ端折って話すと、阿片ってパイプで吸うんよ。マァキセルでも良いんだけど。ンで、パイプの先端に丸めた阿片を詰めて、ジリジリ炙りながら出た煙一気に吸うんよね」

「なるほど。タバコに近いんですね」

「ちょい近い笑。でもただ丸めて乗せればいい訳じゃないんよ。丸め方にバカ程コツいるんよ。だから昔阿片ゴチゴチ吸える阿片窟ってとこがあったんだけど、そこに専用の阿片丸め係が居たんよね。その丸め係がめっちゃちょうどよく丸めてベストタイミングで火付けるから神体験できるみたいな。プロの手借りないと無理なんよあれ。ちなオレは丸めるのプロ笑 それで捕まったし✌️笑。汗」

「…吸うのに人の手が必要なんですね。確かに手間がかかるし技術は盗みづらいかも。…でもそれだと流行るかしら」

「流行る流行る。最初は貴族向けに売り出せば良いやん?美容に良いとか妊活に良いとか何だとか嘘ついて。その辺はシャオさんにやって貰えばいいと思うんよ。イケメンに誘われたらやるでしょ。ンで一発でも吸って貰えば人生終わるしもうドップリよ。そしたら金出して貰って阿片窟作ってウハウハ的な。毒かどうか調べ入るかもだけど成分調べれば毒じゃないってわかるし。そもそも痛み止めの薬としても使えるんよアレ」

「…そっか。確かに、流行を作るのは貴族からですものね。手間がかかるなら高級品路線でいけるかもしれない。貴族は自分がいかにお金を持っているかアピールするのが大好きですもの」

「そそ。阿片用のパイプとかめっちゃ豪華なん作れば見た目も良いし?流行作るのって貴族の女の人からじゃん。マリー・アントワネットもめちゃくちゃ流行作ったじゃん。だから女ウケ狙って作ってけばいけんじゃね?的な。知らんけど笑」

「それで、土壌を?」

「あ、そう。阿片の元になるケシっていう植物があるんだけど、それ異世界にもあるってチェック済みだから。それ一気に栽培できる環境が欲しいってのと…。あとパイプとか作れる人欲しい。栽培には人数いるし、そういうの得意な人たくさん欲しいってのもあるわ。その辺はコモンさんにお願いするかな。オレは実現化に向けて考えるの専門🤚」


オドロアンはキラキラ光る白い棒アイスを噛んで食べながら、結構ゆっくりこれを喋った。

眠いせいでペースが落ちているのだ。

…優しく喋れば、綺麗な声をしている男だった。

お蜜はジ、と彼の横顔を見て、よく考えているのねと思う。

通用するかどうかはわからないけど、バカではないことがハッキリ分かる。コモンくんが「使えるメンツ」と言っていたけど、多分これはこういうことなのだと思う。

共に仕事をしてストレスのない相手なのだ。


「ってか異世界でオレカノジョできるんかな…これガチ〝要〟(かなめ)なんだが笑😅 なによりも。」

「ふふ。どんな種族の子がいいんですか?」

「種族そもそもあんま知らんからなぁ。オレ歳上のお姉さん好きなんよ」

「お姉さん…セクシーな感じ?」

「ドンズバでそれ」

「だとしたら悪魔が一番かもしれませんね。えっちなね、お姉さんが多いのよ」

「マ?じゃ悪魔モテ極めよ。あ、そだ悪魔で思い出したんだけどさ。なんかチャッキーさんが悪魔?と博打?しててスゲェみたいなこと言ってなかったっけ。アレ結果なんなん?」

「あっ。あっ、そう。あれね、凄いのよ」

「聞かせな」

「うん!あのね、」


お蜜は興奮を伝えたくて、アイスを片手にパッと体ごとオドロアンに向けた。

そしてニコニコして、嬉しそうに身振りを加えて「転移魔法っていうのがあるんだけどね。それって覚えるの凄く難しいの」と始める。


「アニメでめっちゃ見たから転移魔法は分かるけど、オレの知ってるやつで合ってる?」

「合ってる!転移魔法ってね、日本で言うところの…えっと、東大合格くらい難しいのよ。ただでさえ他の魔法を覚えるので大変なのに、そんなに時間割けないでしょ。だからできる人ってすごく少ないの」

「なる。習得するのバケモンムズいのね」

「うん。でもチャッキーさんはね、練習も勉強も一切せずに簡単に習得したのよ。裏技を使ったの」

「ガチか。裏技…。あ、それが悪魔との博打?」

「そう!」

「悪魔との博打ってなんなん?ヤバそうだけど」

「そう、ヤバいの。普通はみんなね、悪魔と賭け事をする時は自分の腕を賭けたり命を賭けたりするの。それで悪魔に勝つと、賭けた部位を貰える。腕を賭けた勝負なら、悪魔の腕を貰えるの。それを使うと大型魔法が簡単にできるようになるのよ。例えば、誰かを生き返らせたり大金持ちになったりね。でもそういう人智を超えるような魔法は一度しか使えないっていう決まりなんだけど…。あと、大抵は勝てないわ。悪魔の有利な博打にされるもの」

「へー。スゲ。体の一部を貰うんだ」

「そうなの。でもチャッキーさんはね、きっととても代償の低い博打を打ったんだと思うわ。多分、そうね。手軽に賭けれると言えば…髪の毛かしら。それも髪の毛一本とかね。それを賭けて悪魔とたくさん賭けをしたんだと思う。ゲームでもスポーツでも、何回も簡単にできる遊びみたいな賭け。それできっとチャッキーさんは悪魔から沢山髪の毛を貰って、束にして依代にしていつでもどこでも転移魔法を使えるようになったんだと思います。魔法の型を見れば分かるわ。アレは悪魔から貰ったものよ」

「…あ、なるほどね?確かにそれならリスクゼロで練習時間もゼロで大型魔法使えるようになるわ。…え、でもそれ思いつくもんじゃないの?みんな」

「いいえ。悪魔との博打は今頃もう誰も打たないんです。あまりにも勝算が低いし、やったら破滅するっていうイメージが定着しちゃってるから。新興宗教は怖そうだから絶対入らないでしょ?それと同じで、もう皆やってないし、やるとしたら何か本気で困った時以外あり得ないの。殺人より怖いことってみんな思ってる」

「あーね?ヤバいって認識がもう染み付いちゃってんだ」

「そうなの。相当の覚悟がないと行かないの。でもチャッキーさんは簡単にやる方法を考えて実践して、ちゃんと使えるようになってる。凄い裏技だわ。きっとそういう方法をいくつも持ってるのね」

「チャッキーさんってそんなエリートなん?」

「…本来なら雲の上の人よ。お話できるのも凄いくらい。女神の中でもランクがあるのだけど、あの人は格上なの。頭がおかしいからそれ以上は出世できないんだけど」

「マ?オレめっちゃタメ語で喋ったわ」

「良いのよ。あの人そういうの全然気にしないから。…あの人はね、魔法のセンスも、柔軟な発想も全部持ってる。チャッキーさんは大当たりの転生者を引いたって仰ってるけど、教え方があんまり上手だから一回で達成したんです。一度で成功するなんて前例がほとんど無いのよ」

「え、スゲェ。ガチエリートやん」

「うん。私も彼から学びたいことはたくさんあるわ」


オドロアンは「ガチか💦」という顔で頷いた。

なんだか随分壮大な話だし、想像もつかない領域だ。

けれどとにかく強力な味方がついたということだけは理解できたので、心が上を向く。


アイスを食べ終わった。

彼は冷たい唇でタバコを咥え、火をつける。


「ね、悪魔ってさ。どこにいんの?」

「魔界にいますよ。えっと、異世界…女神が担当してる惑星のことね。惑星は無数にあるんだけど、いくつか女神が担当していない惑星があるんです。そのうちの一つが、魔界と言われる惑星です。地球では地獄と呼ばれる場所ですね。最近ではアンダーグラウンドと呼ぶのが主流かしら」

「ほぇ〜。魔界ね。そこオレら行けたりすんの?」

「行けますよ」

「行けんの!?」

「はい。でも治安は最悪なので…旅行で行く人はほとんどいませんが、女神同伴なら問題ないかと。転生者は女神の〝お手つき〟ですから、悪魔は転生者に手を出してはいけない決まりになってるの。国際法違反くらいいけないことなのよ。女神のお手つきに手を出すってことは、天界を敵に回すということになりますから。ハルマゲドンが起きちゃう」

「おお、規模デカ笑。え、じゃあ行ってみたいが。悪魔ってカノジョになってくれんのかな」

「ふふ。魅力的な提案があればきっとなってくれますよ。悪魔は楽しいものが好きなんです。ギャンブルが大好きで、魔界は賭博場ばかりなんですよ」

「へー…。ダイダラニキとコモンさんに言っとく。ありがと」

「ええ。魔界の映像もありますから、後でお見せします」

「マ?一緒に観よ」

「うん」


お蜜がアイスを食べ終わる。

その瞬間だった。


「悪魔は絶対パーティに必要!!」


コモンくんが、突然本を片手に叫んだ。

片手で前髪を掻き上げるように頭をかきながら「絶ッ対必要だろコレ」と高い声を出す。

因みに彼はオドロアンとお蜜の会話を聞いていなかった。

ということは独自でたどり着いた答えである。


「……」


ダイダラがフッとコモンくんを見た。

自分の意見と合致したからだ。

彼は魔界、通称アンダーグラウンドに行って本物の脅威と狂気を見たかった。この世界の最低を知っておけば、同じことをすれば良いだけだから。

効果的な暴力を学ぶ場所には打ってつけ。

だから魔界に行きたいし、悪魔をパーティに入れたいと考えていた。

〝ダークリスト以下〟しかいない、体験型地獄ランドに行けば絶対に何かが変わるはず。

死にかければ見える世界が変わることを彼はよく知っている。

故に、同じことを考えているのかもと思って…。


「なんで悪魔パーティに入れてぇの?」


確認のため聞いてみた。

パンイチで寝っ転がりながら、半分しか空いてない目で。

お蜜は一気に不安そうな顔をする。

だってそもそも女神と悪魔は本当に相性が悪い。

天界出身と魔界出身なのだ、洗剤と洗剤を混ぜちゃいけないのと同じくらいの常識。

確かに戦力としては計り知れないけど、そんなの博打が過ぎる!


…が。

コモンくんは毎日飲んでいるビタミン剤を飲みながら、


「ハ?決まってんだろ。オレらのパーティ勇者いねぇじゃん。勇者になってもらおうぜ」


と、呆気なく言ったのだ。


「………、」

「だってお蜜ちゃんの世界は前代未聞レベルでひでぇんだろ?じゃあ前代未聞片っ端からやって対策してくしかねーじゃん」

「いやオマ、悪、オマ」

「や、悪魔ってバカ強ぇじゃん。それにヒューマンじゃねぇから勇者だってまさかバレねえだろ。魔族が牛耳ってる世界なら簡単に魔族社会に潜り込めると思わねぇ?」

「…確かに。いやお前キモ。なんでそんなん思いつくんだよ」

「え?脳みそがあるから。お前ないの?」

「感じ悪」

「実現化できるか知らないけど。これから対策考えるわ。なんか、いけそうなバイブス感じる」

「バイブス古」

「うるせぇ死ね」


コモンくんはそれを言ってからやっと休憩の一服として、赤マルに火を付けた。


「………」


お蜜はこれを聞き、キョ…トン…として。

それから、フッと意識が遠くなるのを感じた。

この人、やると言ったらきっとやるわと思って。

悪魔を勇者にするって一体どのくらいの書類を書かなきゃいけないんだろう。

神様に絶対怒らりるわ。

やり手の女神の名前でも借りて連名にしない限り絶対にそんなの通らない。

また糸クズが増えるの?と思い、お蜜は顔をシワクチャにした。

ちょっと現実逃避をしようとしたのだ。


「、」


すると横で胡座をかいていたオドロアンが上目遣いでチラッと彼女を見てから、

コツン。と自分の頭を彼女のコミカミにぶつけた。

「大丈夫だよ」の仕草。

犬が心配そうに飼い主の手を舐めるのと同じ意味だった。


「お蜜ちゃん♡♡オレお仕事今日の分終わったから一緒に寝ようぜー」


彼はそんな彼女の心情を知らず、ぎゅ!♡とめろめろニョロニョロ抱きついて「好き♡♡」と頬をくっ付ける。

お蜜は蛇の力で抱き締められているため苦しくて目をバッテンにしながら、「いや…」と思う。


ダークリストが4人(しかもそのうちの1人は女神)パーティに揃っている時点で、最早弁明の余地もないか、と。



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