第2話 チーム歌舞伎町


と、言うわけで。


「ギャーッ」

「………」


コモンくんは換気扇の下に立ってタバコを吸っていた。

シンクに腰をより掛け、一条の煙を揺らしている。


彼は友人が短剣で滅多刺しにされるのを無感動な瞳で見下ろしていた。

お蜜ちゃんはふうふう言いながら一生懸命刺し殺し、友人は動かなくなる。

これで3人目なので、コモンくんはもう見慣れてしまったのだ。


1人目は押さえつけるのを手伝った。

2人目は椅子に縛り付けた。

3人目は慣れてきて、睡眠薬を飲ませてブルーシートの上に寝かせておいた。

全員騙して家に呼んで、異世界転生の話を冗談めかして話し、「一口乗らない?」と笑いながら言えば全員が笑いながら了承した。

その瞬間別室に居たお蜜が出て来て刺し殺すのだ。

もう飽きたルーティンで、血まみれの彼女をセクシーだと感じるほどどうでも良くなってきていた。


「ふくよ」


コモンくんは〝仕事〟が終わったと判断し、彼女の隣にしゃがんで濡れタオルで彼女の首や腕を拭ってやった。

お蜜は疲れ切り、くったりしてされるがままである。


「お蜜ちゃん、これ魔法?で殺したりできないの?」

「うーん…。殺傷魔法はね、防犯のためにこっちの世界でやると物凄く大きい音が鳴っちゃうから使えないの」

「そっか。刺すのオレやろうか?」

「魔力入れながらじゃないとダメだからね、私がやります。ありがとう。優しいのね」

「ん。わかった」


コモンくんは納得して、彼女のまぶたにチュッ!とキスをして血の付いたタオルを洗いに行く。

別に友達は何人連れて行ってもいいらしいし、それなら仕事のできる男を道連れにしていくだけだ。

彼はすでに開き直っていた。

どうでも良いナゾナゾをやっている気分になる時もあるけど、仲間が増えればだんだんテンションも上がってくる。


「………」


彼は冷蔵庫から卵を出して丸呑みし、それを喉で砕いて嚥下しながら風呂の湯を溜めた。

あと1人は必要だな、と思いつつ。

異世界にいっぺんに連れていく定員は5人までらしい。

なので4人は連れて行けるのだ。


一番最初に勧誘したのは、No. 1ホストのシャオさん(源氏名)である。

彼はコモンくんが高校の頃同じ習い事をしていた先輩だった。古武術を習っており、馬鹿みたいに強くてカルト的にモテる男なのだ。

いつも小さなお花が周りに飛んでいる、ふわふわしたお兄さんである。



『どこか遠い所に行きたいんだぁ』


新宿、ロックバーPSY。

カウンターにて。

バンドポスターが大量に貼られた壁、ブルーネオンライトに照らされた美男、シャオさんは哀しげにそう言った。

コモンくんはたまたまオフだった彼を誘ってこの店にやって来たのである。


『オレ、自分の茶室が欲しくて…。お茶の先生やりたくてね、ホスト始めたんだ。お金欲しくて…。だけど、貯まったのに全然辞めさせて貰えないし、自分の夢もわかんなくなってきちゃって…。人におっきい感情ぶつけられるのって思うより凄く大変なんだぁ』

『あー、なんか、具体的に何が辛いっていう感じじゃなくて漠然とした疲れがずっとある感じになるよな。分かるぜ』

『うん、そう。オレもうなんか、もっと別のことやりたいんだ今。遠くに行きたいのが一番かな。オレのこと誰も知らないとこ』


シャオさんは疲れ切った顔でフウ、とため息を吐いた。

コモンくんはそうかそうかと頷いてはいるが、彼があまりに美しいのでいつも通りドギマギしていた。

真剣な顔をして聞いてはいるが心は女学生である。

セリ×ヌのTシャツとオーバーサイズのパンツを履いてきた筈なのに、ときめき過ぎていつの間にか自分の服はセーラー服になっていたし、一本にしていたはずの三つ編みはいつの間にかおさげになっている。

コモンくんはセーラー服のスカートを靡かせながらタバコに火を付け、落ち着こうと煙を吐いた。

シャオさんを前にすると必ずみんなこうなってしまうのだ。

乙女は当然、高校の教師も師範も、同じ電車に乗り合わせたおじさんも全員が女学生になり、セーラー服になってしまう。

これをシャオさん現象と呼ぶ。


彼は真っ白な肌と長いまつ毛がブルーのライトに照らされていて、頭が痛くなるほど格好良かった。

奥二重の切長の目が涼しげで、コモンくんはセーラー服の上に着ているクリーム色のカーディガンの裾を思わずイジる。

因みにお蜜も付いてきたが、お蜜はメニューにあるうどんを与えると一生懸命ちゅるちゅるふうふう食べ始めたためこちらの会話を全く聞いていなかった。


『それで、今夜は急にどうしたの?』

『え』

『コモンがオレのこと何処かに連れて行ってくれるの?』


シャオさんはふわふわ微笑んで、コモンくんの目をまともに見て言った。

これによりコモンくんは人の当たり前として強烈にときめき、「あっ、だ、抱かれるのか…!?♡♡♡♡♡♡♡」と咄嗟に大声を出してしまう。


『ううん、そんなこと言ってないよ』

『おおビッ…クリした…。ごめんマジで』

『慣れてるから大丈夫だよ。ゆっくり息してね』

『自分でも自分がわかんなくなっちゃって…オレ今何言った?』

『大したことじゃないよ。大丈夫だよ』


シャオさんはこれに慣れている。

店で何かを注文するだけで店員にこれを言われる時もあるし、もう日常なのである。

因みにコモンくんの辞書に同性愛はない。

というより辞書に「た行」がない。

ゲイもない。

というより「カ行」がないというほどの徹底した異性愛者であるが、シャオさんを前にするとどんな男も関係がないのであった。


『…シャオさん。じゃあさ、異世界行きたい?』


コモンくんは落ち着いてから。何の気なし、リラックスしてそう言った。

シャオさんはそれを聞いて、当然よく分からなかったらしく。小さなお花と汗をふわふわ飛ばして首を傾げた。

コモンくんはしかし別にそれで良かった。


『異世界っていうのは比喩だけど。オレシャオさんのこと誰も知らない場所知ってるぜー』

『海外旅行?』

『や、もっと良いの』

『……?』


そう言って彼はニョロ、と舌を出してから笑って、ニコニコして彼を自室に招いた。

そしてシャワールームへ「こっちこっち、」と呼び出し…。

体を押さえ付けて首に噛み付いた。


毒を素早く入れれば彼は一瞬で動けなくなり、「カッ、」と一言。

やって来たお蜜に滅多刺しにされた。

シャオさんはろくに抵抗もできず、目を開いたまま死んだ。

コモンくんとお蜜は2人で並んで彼の死体を眺めた。

185センチの巨体の死体はなかなか見応えがあって、見慣れなかった。

彼は死んでも美しかったし、熱いシャワーで血液が流れていく様はどこかロマンティックであった。

これがコモンくんとお蜜、初めて2人で行った殺人である。




『一言言って欲しかったな…』


さて、ツノをはやして生き返ったシャオさんは汗を飛ばしながら言った。

信じられないくらい優しい男で、信じられないくらいおっとりした男なのだ、彼は。

殺されたというのに一言目がこれである。


『殺してごめん』

『うん、もうやめてね…二度とだよ』


怒ったところを見たことがない。

彼はシャオ・カルトと名付けられ、種族は鬼となった。

それも白鬼(はくき)だ。

よく分からないが、物凄く高貴な種族らしい。

それが一番彼に合うのだそうだ。異世界では心臓を性格の臓器としているらしく、彼女はそれを見て判断している。

シャオさんの性格の臓器…心臓はとても優しいのだそうだ。だから白鬼らしい。


因みにコモン・デスアダーは信じられないくらいルッキズムをするし、冗談みたいに自分が嫌いな男を見下すし、クラスメイトが不登校になるまで追い詰めていじめていたし、LGBTに理解がないし、病気みたいにスラスラ嘘を付けるし、龍が天に登るほどプライドが高いし、海が割れるほど性格が悪いしすぐ暴力に走るし、罵倒の語彙はラッパーを優に超えると言われるほどなので、毒蛇なのだ。

毒蛇が非常に珍しいのは、ここまで性格が悪い男が存在しないから。

マしかし自分が好きだと思った女の子や友人には仏のように優しいという一面も持つため、お蜜はセーフである。



『今じゃなきゃダメ?笑』


2人目。

シーシャ屋の店員、オドロアンは殺される前にそう言った。

コイツはニコリともしない癖に常に語尾に「笑」と絵文字が付く。椅子に縛り付けられた彼は目を閉じて死んだ。

これでコモンくんの家の中で人が死ぬのは2人目だった。


オドロアンは全部の指に花札のようなタトゥーが入っていて、日本人形のような髪型をしていて、頭頂部だけ銀髪に染めていて、ハーフタレントより敬語を使わない男だった。

シーシャ屋に行けば「何名さまですか」と聞かなければならないところ、「1人?笑」と聞く。

ほとんどナンパより気軽な始めの一言なのだ。


「席ここしか開いてないけど大丈夫そ?笑 時間どうする?笑 え?システム?ウチの公式サイト見てくれん?そこに全部載ってるし」と、続けて感じの悪い医者みたいに半笑いの発音で喋る。

そして本人は大体常連と喋っており、他の客が話しかけても普通に無視をする。

「あの、トイレどちらですか」と声をかければ歩みを止めることなく顎か親指でグッとその方向を指すだけ。

因みに一度大麻所持で捕まっているが、その間のことは「言うてデジタルデトックスだったし睡眠の質上がって神」と言っていた。何に対しても真剣味のない男なのだ。

ボソボソ喋るダウナー系の癖にビックリするほどプラス思考なのである。


『異世界?行く行く笑』


誘えば彼は簡単に親指を立てた。

オドロアンは別にいつ死んでも良かったから。

最近フラれたばかりなので本当にいつ死んでも良かったのである。マァしかし流石に異世界の話は冗談だと思ったのだが。


『いやちょっとマテ茶✋😅笑』


椅子に縛り付けられながらそう言って、抵抗する間もなくお蜜に刺殺された。

彼の種族は大怨霊であった。


『怨霊なんて種族あんの?ポ×モンのゴーストタイプみたいなもん?』

『ええ、霊族と言うんです。ヒューマンは霊長類なので結構多いのですが、大怨霊までいくと格が高いですね』

『どんな性格のヤツがなんの?』

『うーん…』


神の子みたいに純粋な男がなるものだ。

とても綺麗な夢を持っていて、雲や水のように流されやすい。しかし地を這うか如く自己肯定感が低く、それ故に執着心が高く…恨めば/愛せば三界に渡る。

純粋とは言うがそれ故非常に染まりやすく、特にこの男は悪に染まりやすい。

善に染まりやすいのであれば天族に分類されるが、悪に染まりやすければ霊族、中でも一際強いのは大怨霊。

それに一度好きになれば、一度嫌えば怨念のような感情を抱くので怨霊に〝大〟が付くのであった。


『苦労してんだねコイツ』


生き返ったオドロアンの姿は何も変わっていなかった。少し耳が尖ったくらい…かと思えば。

血を洗い流す時に気がついた。

彼の背中には巨大な幽霊画の刺青が浮き上がっていたのである。


『いやオレシンプルにお化け苦手なんだが笑 今日多分1人で寝れなくて草。泊めてほしくて笑う』


風呂から上がった彼はそう言っていた。

がしかし面白かったのが、電気を消せば彼の姿は見えなくなり、また付けると気が付けば真横に居るというホラーショーの定番ができるようになったことだ。

オドロアンは世界へ諦念を抱いているので、割とすんなり異世界に行くことを受け入れていた。

別に彼はコモンくんが変な宗教にハマってこれを言われているとしても、幻覚剤で超能力を見せられていたとしてもどうでも良かった。

本当に彼はいつ死んでも良いから。

好きな子から返信が返ってこなくて一週間になるし。


さて、コモンくんはこの辺りで種族によって使える魔法の種類が異なることを知るが、その辺は後に記載することとする。




「マァそんな感じで1人ずつ殺してってさ、オレ含めて5人の大所帯になった感じ」


SL内、向かい合って話を聞いていた狐のお兄さんは片目を細めて首を傾けていた。

指輪をはめた指に挟んだタバコの煙がまっすぐ上に上がっていき、唇からもまっすぐ上に上がっている。


「あのねコモンくん。普通は異世界で仲間集めすンだよ。地元で仲間集めすんな」

「え?異世界は異世界で友達集めるけど。普通に地球人の友達いた方が良くね?1人でやるより効率良いし普通に寂しくないし」

「それはそうか…。マァでも、よくも怨霊と白鬼と毒蛇が集まったモンだな。お前の役職何?」

「役職?」

「ヒーラーとか召喚師とか勇者とかあんだろ。バトルポジションだよ。最初に決まるヤツ」

「オレ?プッシャー」

「おおビックリしたそんなもんねぇよ。あってたまるか」

「や、ガチでお蜜ちゃんに言われたんだって。オレ役職プッシャー。だって実際異世界にそれしに行くし」

「異世界転生してプッシャーなんて絶対やるな」

「チャッキーはさ、なんなの?」

「オレ?」

「ウン。狐?の獣人だよな。役職は何?や、待った、黒狐で調べる」


お兄さんは狐の獣人だが、狐と一口に言っても種類がある。

この狐のお兄さん/チャッキー・ブギーマンは〝黒狐〟だ。

黒狐はどんな性格の人間がなるかと言うと、途方もない残虐色情家がなる種族である。

拷問をリラクゼーションだと思い、戦争をスポッチャだと認識し、イジメをワークアウトだと言い直り、DVを愛情表現だと宣言し、人が苦痛を浮かべれば行ってバードウォッチングみたいに穏やかな顔で眺め、死体を埋めに行くことをピクニックだと本気で思い、子供は簡単に捕まえられるから大好きで、人の悲鳴が小鳥の囀りに聞こえ、子供が夜に出歩くハロウィンが大好き。

人を攫うのが大好きで、逃げられるのがこの世で一番大嫌い。


丸焼きにした赤ん坊にマーマーレードを喰って生きているみたいなこの男、つまり。

黒い狐の獣人を見たら、〝何を犠牲にしても逃げろ〟のサインだ。


コモンくんはお蜜から持たされたタブレットでそれを見て、スッと息を飲み込んだ。

目の前の蓮華升麻の香りがするお兄さんは、単なるアングラ系のお兄さんでは無く。

どうやら種族の中でも〝ダークリスト入り〟らしい。


…マ確かに、よく見れば彼は左手に血の付いたナタとかを持っているし、「何か」が入った麻袋に肘を置いて座っている。

あと煙草の銘柄が「マルキ・ド・サド」だ。

全然見ればマズイと分かるし、むしろ危険だと簡単に分かる分親切だとも言えた。


〝リスト〟とは、特に危険な種族が入れられるリストのことである。

種族は性格や役職によって決められるものであり、プラチナリスト、ホワイトリスト、ブルーリスト、ブラックリスト、ダークリストの5つに分けられる。

プラチナリストが最上級に素晴らしい人格を持つ種族。

ダークリストは断頭台行きが確定している人格の種族。

お蜜ちゃんが地球人用のタブレットを持たせてくれたので、分からないことはこのタブレットに打ち込めば大体全部わかるのだ。

この狐は、ダークリストの男だった。


が、因みにコモンくんもダークリストである。


「ほな同種か」


コモンくんは血の気が引いたが、マァ自分もダークリストだしと頷いた。

特に問題ないかと思い直し、さてこの黒狐の役職は何かなと予測する。

まず間違いなく勇者ではないだろう。

であれば闇魔導士とか、もしや魔族なのだろうかだとか、色々考えて…。


「チャッキーの役職は…アレかな。闇魔導士かなんか?」

「いやオレ女神ですね」

「マジで!?!?!?」

「マジマジ。ほら、免許あるんで本当です。信じてください」

「え、これマジ免許証?」

「マジ免許証です。嘘免許証なんて作ったら本気で殺されますからね。ちゃんと女神だよオレは」

「い、いや、男じゃん。なんで?」

「マァそれはコッチの勝手なアレなんで…」

「言えや」

「…んー…オレもなる気はなかったんだが…酔っ払った日にノリで申請出したら通ってしまいまして。男なのに何故かと思えばLGBTへの配慮だったらしい。オレは心も体も男の子なのに。しかも申請取り下げできねぇモンだから真面目にやるしかなくてな。女所帯で肩身が狭いのなんの。トホホ…」

「マジかよ…。えっ、管轄の世界は?上手く行ってんの?」

「上手くいっちゃいましたね。転生者くんを沢山集めて植民地を作ろうとワクワク勤しんだン、だけどよ。一発目に大当たりを引いちまって…。社畜の男35歳山口哲平くんブラック企業勤務でした。彼、ちゃんとやればやるだけ評価が付いてくるっていうのに燃えちゃったみたいでして。凄く強い勇者になってしまいまして…仲間も集めて平和が保たれちまってもうやることねぇんだよ。悔しくて夜も眠れなかった。今日も寝れないんだ。助けてくれ」

「女神がなんでこの鉄道乗ってんの?」

「副職禁止されてねぇから鉄道員のバイトしてンだよ。転生者くんをからかってなぶりたくて始めた。本当にやることないんだもの。困っちゃうネ…」

「マジで頭おかしい…」

「見りゃわかんだろ」


女神・チャッキー・ブギーマンはボサボサのウルフカットの髪をかきつつ溜息をついた。

鉄道員の真っ黒な制服を着て下駄を履いているから、てっきりSLの案内人かと思えば暇を持て余した女神だったらしい。

転生者でもないのに地球に詳しいはずだ。

コモンくんはそんなんアリかよ、と思いつつ…いや異世界だしなんでもありなのかもしれんとも思う。

最早考えても無駄なのだ。

だって異世界人というより、宇宙人なのだから。


「で?オレの話はいいから続き話せよ。何人まで殺したんだったか」

「アー、2人。3人目はダイダラ。あの、アイツね。オタクね」

「おお、シューティングバーのボーイか」

「ウン。ダイダラは本名じゃないらしいぜ。でもなんか、ボッチだから自分のことダイダラって言ってる」

「自分を俯瞰で見れるのは良いことだネ」

「ダイダラめっちゃ異世界のこと教えてくれてさ。皆でめっちゃ異世界転生系のアニメ観たぜ」

「へえ、どうだった?面白かったか?」

「んー、なんか。そこまで環境整えてもらえないと何も出来ねーの?って思った。現実で頑張れば?的な。高校デビューできなかった奴が異世界デビューできるわけなくね?」

「おお向いてねぇよお前」

「つーか虐められてる主人公多くね?別に立ち向かえば良いしそれができないお前が悪いよな。虐められてる方が悪いし虐められンなら学校向いてねえから辞めろ。邪魔」

「お前人格ゴミ袋か。お前が地球に向いてねえよ」

「なんで?オレ間違ったこと言ってなくね?だってさぁ、人類って出来上がってからクソ時間経ってんのに差別とかイジメってなくなんないじゃん。じゃあもうしょうがないんだから虐められないように対策すべきじゃん。なんで虐められたら被害者みたいな顔するわけ?お前が悪いんだから不快感与えてすいませんって謝れよ。あと慰謝料もお前が払え」

「これがダークリストか…。独善という名の現代アートかと思った。お前を待ってる博物館はいくらでもあると思うよ。イジメは無くならないがそれでも無くしていこうとするのが人の道というものじゃないんですか?マァオレも楽しいので普通に虐めますけど。一つのテーブルに悪気のあるいじめっ子と自覚が無いいじめっ子が集まるのかなりのレアケースだなこりゃ。誰か写真撮って送って欲しい」


狐のお兄さん・チャッキーは自分よりも人格が糸クズの人間を初めて見たので、流石に感動してしまった。

チャッキーはキチンと何が悪くて何が良いことなのか全て理解している。道徳のノートはビッシリ埋めたし、倫理観は人一倍あるのだ。

マァしかし分かった上でやるので救えない。

コモンくんは誰が何を言っても治らないし最期まで自覚しない糸クズなのでもっと救えない。

因みに差別主義者でもあるため、お蜜がいじめられれば劣化の如く激怒する。お蜜は彼にとってかわゆく愛しいマヌケなもちもちなのだ。

何があっても守ると決めている。

そういう徹底した糸クズであった。


「…話が逸れたな。そうそう、ダイダラは一番簡単に殺せたし、ほとんど自分から分かってて睡眠薬飲んでたぜ。未練なんてなかったんだってさ」


コモンくんは窓を開けて、真っ黒な外にフーッと煙を唇の右端の隙間から真横へ吐いた。

SLの暖色の照明に照らされた彼はやはり、悔しいほどの美男である。色んなコミュニティを壊してきた破滅的な美男だった。


「あ?なんだよ。オレの話?」

「そぉ、お前の話してる」

「勘弁しろや」


ダイダラはニヤニヤしながらコチラに絡んできて、ダラッと肘掛けに肘をついて電子タバコの煙を唇から落とすようにこぼしている。


「コイツ。用心棒で連れてきたんだよ」

「え。コイツが?」


コモンくんは当然、何も適当にメンツを選んだわけじゃない。

彼が一番重要視したのは強いヤツより、〝躊躇いのないヤツ〟だ。

人を殴ったり怒鳴ったり迫害したり、殺したりするのに躊躇のない男たちを慎重に選んできた。

結局大事な時に困るのは殴る度胸もないヤツがグズグズすることだ。

中途半端な善性がある人間は単に臆病なだけで、いざという時に使い物にならないしメンタルも弱い。

よって選んだのは中途半端な頭の良い善人ではなく、極端に人を人とも思っていなくてズル賢い連中だった。

だから別の意味で扱いづらくはあるけれど、重要な局面で引き金を引ける者ばかり。

これから先誰かを見殺しにすることも、罪のない人を引き摺り下ろして泥沼化させることも、泣いて縋り付く子供を蹴り飛ばさなければいけない場面も当然来るだろう。

異世界でプッシャーをやるのだ。当然である。

ならば悪人に徹底しても心が壊れない人間を集めなくてはならないのだ。

彼がしたのはつまり、人格破綻者コレクションである。


「ダイダラはマジで容赦ねぇから呼んだ」


ダイダラは帰国子女だった。

治安の悪い国で生まれて、思春期でそれなりに捻くれて家を出て、そこらの酒場の床でいつも寝ていた。

毎日酔っ払っていたから昨日の記憶が常にない子供だった。

ドラッグはいつも仲間が持っていて、トイレには注射器が落ちているのが当たり前の日常だったのだ。

使う食器はだいたい割れていて、ヒップホップが友達で、周りの大人は薬か酒でダメになっているか…目付きが異様に恐ろしいギャングがウロウロしていた。

それがすごく怖かった。


彼は家出してから一度も家に帰っていないし、両親にも会っていない。理由もなく家出したけれど、なんだか帰ったら怒られる気がして帰らなかった。

そしたら両親の居場所がわからなくなって、マァ仕方ないかと幼いながら時間をかけて諦めたのである。


さてダイダラ少年は思春期の終わり頃、ギャングの金を盗んだ。それがバレてそこには居られなくなった。

見つかったら間違いなく殺されると思って、仲間のボロボロの車で延々1人で逃げて、泥水を飲んで生きた。

金だけはザックリあったがどこかまともな場所に留まっているのが怖くて格安のモーテルに泊まったり、ゴミ捨て場で寝たり、草むらに体を縮めて過ごしたりしていたので金は減らなかった。

随分遠くへ行った頃、ダイダラはやっと空港へ行き。

ピカピカの白い綺麗な飛行機に乗ったのだ。


行き先は日本だった。

理由は両親が日本人だから。

日本語は少しくらい喋れたし。

金は換金して日本にやって来た彼は、行く宛もなくほっつき歩いた。

そうして驚いたものだ。あまりに治安がいいものでその辺の公園で寝たって殺される心配がなかったから。

彼にとってここは楽園だった。

野宿も辛くなかったし、愛車との哀しい別れもスグに忘れた。

クラブに行けば簡単に女が釣れて、その女を殴って殺して金を奪って逃げ、奪った金でホテルに泊まった。

ホテルは安全で暖かく、日本に永住しようとその時決めたのである。

彼はそれから悪いことも良いこともそれなりにやって金を稼いだ。異様に肝が据わっているのでどこに行っても苦労というものをせず、よく彼は「若いうちの苦労は買ってでもしろ!笑」と親指を立てて言う。

だが苦労し過ぎの上に全て自業自得なので同意は難しい。


そんな風にずっと外にいたので引き篭もりたい時期が来たらしく、新宿に一部屋借りて引きこもって女とアニメばかり観ていたらスッカリオタクになってしまった。

今は知り合いに紹介されてシューティングバーとSMバーのボーイをやっており、銃とセクシーな暴力にも詳しい。

この中で唯一人を何人も殺しているシンプルな前科者、救えない最悪だ。


「ダイダラ、一番殺すのに苦労すると思ったから無抵抗で助かったぜ」

「現代社会で無双してるヤツ連れてくんな」


ダイダラの過去を聞き。

チャッキーは自分の常識とあまりにかけ離れた人種と話すことに疲労と楽しさのどちらもかじるハメになった。

嫌なフランス映画を観ている気分にも、夏の東京を見ている気分にもなる。

つまり、振り回されているというわけだ。


ダイダラは燻んだ青レンガ色のふわふわの髪を肩まで伸ばしていて、毛先は黒に染めていた。それをバッ×バツ丸の髪ゴムでチョンと結んでいるのだ。

右の瞼に、「MOM」というタトゥーが入っている。


「ママとはもう会えねえけど。愛してたから入れた」


ダイダラは瞼をトントン触って言った。

彼は死神という種族である。

死神は基本的に無力だが、Sランク魔法「絶望」のデバフを使用できるカードだ。習得に時間はかかるが、やろうと思えばできるのは大きい。


「…へぇ、死神か。で?ダイダラの役職は?」

「ダイダラ?ヒーラー」

「マジで…!?!?」

「マジマジ。デバフは一個しか使えない代わりにヒーラー系になった」

「戦闘要員なのに!?!?」


流石にこれにはまたしても驚かされた。

ダイダラは死神のくせにヒーラーなのだ。

傷や心を癒してくれる治癒魔法を得意とし、セラピストの役割を果たす者。

信じられないくらい向いてなさそうだが、お蜜が適性を見て決めたのだから間違いない…らしい。


「シャオさんの役職はラブソング」

「マァそりゃシャオさんはラブソングだろうよ。オドロアンくんは?」

「オドロアンは召喚師」

「おお、やっとそれらしいモンがきたな…」

「ギラ兄さんはスプラッター」

「スプラッターか〜」


アタッカーを王道の勇者タイプとするならば、スプラッターとは邪道の悪党タイプである。

同じアタッカーではあるが、やり方が本当に汚いのがスプラッターだった。

シャオさんのラブソングという役職は、マァ簡単に言えばプロパガンダ役である。

誘惑を最も得意とする役職なのだ。


チャッキーは疲れた顔で頷いた。

成る程、つまり。


シャオ・カルト/ホワイトリスト

種族:白鬼 役職:ラブソング


オドロアン・ブルー/ブラックリスト

種族:大怨霊 役職:召喚師


ダイダラ・ボッチ/ダークリスト

種族:死神 役職:ヒーラー


コモン・デスアダー/ダークリスト

種族:毒蛇 役職:プッシャー


ギラ・ヴォイニッチ/ダークリスト

種族:猫 役職:スプラッター


以上が揃ったというわけだ。

チャッキーはここまで見事に真っ黒なリストを見たのは生まれて初めてで、こんな偏った極振りのパーティを見たのも初めてだった。

ダークリストのカードが3枚も揃っている。

ホワイトリストがかろうじて1枚あるが、シャオさんの役職はラブソングだ。

この役職自体スプラッターと並ぶほどドス黒いので、種族だけでなんとかホワイトにして貰ったというところだろう。

本来ならブラックリスト行きだ。


よくもマァ…ここまで徹底して糸クズたちを集めたもので寧ろ感心してしまう。

普通ならもっとこう、プラチナリストとホワイトリストしかいなくて、賢者とか精霊使いとか魔法戦士とか勇者とかが上手い具合に集まるはず。

その中にブラックリストが1人スパイスとして居れば歯応えがあって良いくらいで、ダークリストなんて論外。


コモンくんのパーティを分かりやすく例えるなら、剣士しかいないパーティみたいなものだ。

そのくらいバランスが最悪なのだ。


「ダークリストのスリーカードなんて前代未聞だ。今から人殺し旅行にでも行くのか?その場合は混ぜてください」

「え、何言ってんの?スリーカードじゃなくてフォーカードだぜ」

「は?まだダークリストの仲間が居んのか?もう狐さんはお腹いっぱいなのですが」

「いや、お前だよ。お前ダークリストじゃん」

「…はい?」

「お前もオレのパーティに入るんだよ。もう友達じゃん。一緒に行こうぜー」


コモンくんは窓枠に肘をついてニコーッと微笑み、優しく言った。

なんせチャッキーはダークリスト、躊躇もなければ明日もない残虐色情家だ。その上役職は女神であるため、これ以上強いカードもない。

彼は絶対に欲しい手札なのである。


「…オレ?いや、え?ジョークか?」

「本気だけど。女神ってダブルワークオッケーなんでしょ?だから入れよ」


チャッキーはボワ、とふわふわの大きな尻尾を膨らませ、耳をピンと立てて目を大きくしていた。

あんまりびっくりして声も出ないと言った感じ。

それは当然、自分は女神だし、プレイヤーでもない。その上ダークリストなのだ、誘われるなんて思っても見なかった。

だから当惑して固まり、黙り込んでいると。


「言ったじゃん。オレ、異世界勧誘でココ来たんだって」


彼は最初の頃確かに言った言葉を繰り返した。

チャッキーはまばたきを沢山して、なんとか誘われていることを認識してから。

スーッと歯の隙間から息を吸い込んで、自分の後頭部をさすり、


「…いやぁ、乗りたいのは山々なんですが。キャリアがあるんでね。神様に申請出さねえと」


と、重たい返事をする。

当然だ。女神なのだから立場もあろう。

スグに明るい返事など出せるわけがない。

なのでコモンくんは、


「シャオさん」

「あ、うん。わかった」


ホスト、シャオさんに勧誘を頼んだ。

彼の役職はラブソング。プロパガンダ、誘惑、魅了、全てが揃った恐ろしいカードを持っているこの男にできないことはないのだ。

よってシャオさんはトス、とチャッキーの隣に座り、にこにこふわふわ微笑む。


「、」


チャッキーは彼から香ったとろりとした桃の紅茶の香りに人の当たり前としてドキ!として、カルト的なその美貌に自分を忘れた。

そして、目と目があって…


「チャッキーくん。オレね、地球で練習して、デバフ一個使えるようになったんだ」

「えっ。あ」

「チャッキーくんに使ってもみてもいい?痛くないから、怖くないよ」

「あっ。え」

「これね。近付かないとできないんだ。オレ下手くそだから…」


シャオさんはそう言って、素人童貞みたいになってしまったチャッキーの足の間に膝をつき、向かい合って腰をかがめ…。

顔を傾けて唇同士を限界まで近づけてから、


「あっ……!?!?♡♡♡♡♡♡♡♡」


フーー…ッと、チャッキーの唇に息を吹きかけた。

これにより当然チャッキーは椅子から崩れ落ち、綺麗なメス堕ちをしてしまう。

最早アートとも言えるほど完膚なきまでのメス堕ちである。

これをされて人生が壊れない人間は存在しなかった。

シャオさんはふわふわ微笑んで、「ごめんね」とのんびり言う。


「嘘。オレデバフ使えないよ。今のは息吹きかけただけ」

「っ、っ♡、?」

「安心して。…冗談のつもりだったんだけど、怒った?」

「おこっ、あ、怒って、な…」

「…本当?」

「あ、は、はい、」

「許してくれるんだ。優しい子なんだね」

「はい、」

「…ねえ。オレと一緒に遠く行こう。優しいから、それも許してくれるよね」


シャオさんは優しくチャッキーを撫でた。

チャッキーは流石に、もう訳がわからなくなってしまって、人生が壊れてしまって、何も分からずに頷いた。

気が付いたら着ていた服はセーラー服になっていたし、ルーズソックスを履いていた。

三つ編みを靡かせてしまい、彼もまた女学生となってしまったのである。


「トホホ…」


というわけで異世界行き列車の中にて。

まだ異世界にもついていないのに、チーム歌舞伎町は、


チャッキー・ブギーマン/ダークリスト

種族:黒狐 役職:女神


のカードを手に入れたのである。




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