結婚してよ

 夏休みが終わり新学期を迎えた。

 高校生活最後の夏休みはサロンの手伝い、専門学校のスクーリング、車の免許で忙しなく終える。

 それに夏休みの終盤は日下部くさかべさんと日野山ひのやまさん、それにひなっちこと白下しろした陽那ひなと受験勉強という名目で日下部さんの家で何日か過ごした。

 依莉愛や柚咲乃とは東町商店街の祭りでしか会っておらず、ほとんどメッセージのやり取りでしかコミュニケーションを取っていない。

 だからなのか、


「おはよう。和音あいおん。一瞬誰だか分からなかった……髪、切ったんだね」


 母さんの送迎の車から下りると依莉愛が待ちかまえていて、俺に話しかけてきた。


「和音先輩!おはよ──って……髪の毛ッ!」


 柚咲乃も一緒に居た。

 校門まで数十mと言う距離で彼女たちと合流し、肩を並べて学校に向かう。

 二人は俺を左右に挟んで歩いているけど、やけに距離が近い。一歩、足を進める度に彼女たちの体が当たる。

 ハーフスリーブのシャツ同士、当然、素肌が触れ合っていた。


「お、おはよう。ああ、昨日、母さんの練習に付き合って切ったんだよ」


 そう。昨日、俺は母さんに髪をカットされた。

 これまでセット中心に伸びてきたら少しずつカットして調整してきたのだけど、昨日は珍しくガッツリと切られたのだ。

 髪を結わえてマンバンを作らなくても良いくらいの長さになった。

 こうして生徒玄関に入るまで二人と歩いていたんだけど、これがまあ、視線が刺さりまくって痛い。失血死しそう……。

 やはり、二年生の間でも人気のある柚咲乃と、元読者モデルとしてファッション誌の表紙を飾ったほどの美少女である依莉愛を従えているのだから注目されるのは仕方ないのかも知れない。


 依莉愛と一緒に教室に入るが、ここではそれほど視線を集めない。

 基本的にこのクラスは他人に対する関心が薄い。それでも依莉愛の周りにはカーストが高めなクラスメイトが集まってくるし、俺の周りには誰も集まってこないのだが──


「おはよう。和音さん。髪の毛、短くなったわね」


 俺が席に座ると日下部さんが挨拶をしにわざわざ俺の机近くにやってきた。


「おはよう。紫雲くん………って、愛紗ちゃん、名前呼び?」


 日野山さんは日下部さんが俺を名前呼びしたことの方を気にした。


「ええ、夏休みに何度か会ったし、遠い親戚なのよ。和音さんのお母様ともご一緒することが何度かあったから名前で呼ばせてもらってるのよ」

「えーーッ!親戚!?」

「そうなのよ。遠いのだけどね。先週も和音さんと和音さんのお母様が来てくださってね」


 日野山さんの声が大きいおかげで依莉愛からの視線が突き刺さる。


「わ、家族ぐるみの付き合いじゃん」

「や、母さんが日下部さんのお祖母ばあさんの髪の毛を切ったんだよ」


 そう、先週のサロンの定休日に俺と母さんは日下部さんの家に行った。

 お勉強会も兼ねていて、その日はひなっちも一緒だったけど。

 そして、この日、初めて知ったのが、母さんは今年になってからサロンの定休日で時間が空いていると北町の施設に行って子どもたちの髪の毛をカットしたり、介護施設や自力での移動が困難な老人宅でカットなどの施術を行っていたらしい。

 サロンの定休日は基本的に平日。だから俺は学校だったりスクーリングに行っていたから知らなかったのだ。


 日下部さんの祖母の鏑木かぶらぎさんは何年かぶりに髪を切ったとかで大変喜んだ。

 話は戻り、日野山さんは俺の答えを聞いて更に問い掛ける。


「髪の毛と言えば紫雲くん、短いじゃん。顔も見えるし!」

「昨日、母さんの練習で切ったんだよ」

「ああ、なるほど!」


 それからチャイムが鳴るまで日野山さんと日下部さんと会話を交え、その間、依莉愛がこっちをチラチラと見ていて、目が合う度に気不味かった。


 始業式を終えて、その日は依莉愛と柚咲乃と下校する。と言っても俺はサロンの手伝いがあるから途中まで一緒というだけ。

 その日以降、依莉愛と過ごすのは登下校時が中心で昼休みは柚咲乃だったり日下部さんや日野山さんたちと過ごす機会が増えた。

 特に実力テストや模試の後は日下部さんと日野山さんグループに囲まれて答え合わせや解法の確認を繰り返し、依莉愛たち陽キャグループはギャーギャー騒いでいるだけだった。


 この特進クラスは毎月実力テストか模試が実施される。

 特進クラスはできる限り偏差値の高い大学への進学が薦められるので、この毎月のテストが進路を左右する。

 そして、その差が学校祭を終えた頃には出始めていた。


「柚咲乃ちゃんとお昼一緒にするの、久し振りだね」

「ほんと、そうッスよね。いつ以来?」

「ゴールデンウィークが終わって直ぐくらいからウチらって一緒にご飯食べてないよね」

「だよね。学校祭も依莉愛先輩と回らなかったッスもんね」


 最後の学校祭は依莉愛と一緒に回ることはなかった。

 俺は柚咲乃、日下部さんと日野山さん、それと母さんとひなっちと言う面々と校内を一緒に回り、最終日の最後は柚咲乃と日下部さんと日野山さんの四人で後夜祭を過ごした。


「ウチも疲れたよー。逃げたいのに逃げられない。今日だってようやっとだよ。何とか無理言ってここに来れたんだからさ」

「やー、人気者も難儀ッスね」

「そういう柚咲乃ちゃんだって私よりもずっと人気じゃん?」

「ボクはほら、和音先輩へのラブを隠してないッスから。そのお蔭で和音先輩と勉強が出来て、こないだの中間テストだって、ついに一桁台ッスよ」


 柚咲乃は前回の中間テストの結果を大切に持っていた。何せ初めて一桁台。もっというと五位という快挙を修めた彼女にとってはとても自信に結びつく順位だった。


「柚咲乃ちゃん、頑張ってるよね。ウチ、ようやっと十位に届くかどうかってところなのに……」


 テスト勉強は俺と依莉愛と柚咲乃ですることもあるけど、依莉愛は陽キャグループに予定をおさえられることが増えた。

 それで依莉愛が合流できないときは日下部さんと日野山さんコンビに柚咲乃を交えて勉強をする機会を設けた。すると、柚咲乃がメキメキと実力を付けていくのが目に見えてわかり、良い結果が出ると思っていた矢先の五位である。

 そんな柚咲乃は日下部さんと日野山さんともとても親しくしている。本当に人当たりが良いのか誰とでも仲良くしているし、誰に対しても俺とは幼馴染で柚咲乃にとって一番大事な人なんだと遠慮をしない。

 それでも、柚咲乃は依莉愛と気が合うのか言葉が絶え間なく行き交う。依莉愛も同性では柚咲乃と居るときが一番イキイキしていた。


「来週、修学旅行なんだよねー」

「そうなんスよー。和音先輩と一緒に過ごせなくて本当に残念ス」


 そう、来週は柚咲乃が修学旅行で居ない。だからこうして依莉愛はここに来ていた。


「やー、それにしても和音のお弁当。本当に美味しいわ。やっぱ毎日食べたいなー。日下部と日野山、ズルい……。和音、ウチと結婚してよー。毎日、このご飯が食べたーい」


 こういった雑談でこの日の昼休みを過ごした。

 空き教室での昼休みは依莉愛が居なければ日下部さんと日野山さんを連れてきて柚咲乃も一緒に過ごしている。

 四人で過ごしている昼休みはほぼ勉強である。受験生だからね。そんな中で柚咲乃は勉強を中心に分からなかったところや俺たちの問題を見て質疑を投げ掛けたりしている。

 こうした三年生でも有数の秀才である彼女たちとの意見交換を繰り返している内に柚咲乃は学力を付けた。



 その後、柚咲乃は無事に修学旅行に行って戻ってきたし、俺と依莉愛は柚咲乃からお土産を貰った。

 依莉愛もだろうけれど、俺は修学旅行に行ってないから、忍びない。

 そして、最後のマラソン大会は、昨年と同じく柚咲乃と一緒に走った。今回は依莉愛も一緒だ。


「ウチも、柚咲乃ちゃんと一緒に学校行事を楽しみたかったんだ」


 去年、柚咲乃が俺に言った言葉と似たことだけど、学年が違うから同志として行事に取り組めるのは全校一斉にするこのマラソン大会だけ。

 だからこの三人で走ることになった。


 それからは月に一回、柚咲乃と依莉愛のカットをしてサロンの手伝いと勉強を繰り返した。

 高校最後のテストも恙無く終えて俺は最後まで学年一位を譲ること無く終わった。

 クリスマスは昨年集まったメンバーで朝まで明かして、翌朝には日下部さんや日野山さんと会い祝う。

 年末年始は昨年と同じくひなっちと初日の出を見て、元旦の午後は柚咲乃と依莉愛と、翌日の午後は日下部さんと日野山さんと初詣。


 年を明けたらセンター試験だ。

 依莉愛は俺と同じ大学を受けるのは早々に諦めた。その代わり、俺が受ける大学から一番近い女子大を第一志望に変えた。

 日野山さんは同じ大学だけど学科が違う。日下部さんは同じ学科の合格を目指す。


 センター試験の後は志望校の願書を出して、美容師の実技試験。

 受験と資格試験といろいろ重なっているけれど、どれも順調にことが進んだ。

 俺の周囲の人たちも落ちたという話はなかった。二次試験も無事に終わりあとは合格発表を待つだけだ。


 月を跨ぎ、高校生活最後の一ヶ月を迎え、久し振りの登校。

 母さんに送ってもらって学校近くで車から下りると、柚咲乃と依莉愛が待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る