なら、三人でする?

 師走を迎え、日々、冷え込みが厳しくなっていく中、俺は今日も母さんのサロンの手伝いに向かう。


 salon de beautéサロン・ド・ビューテ


 入口には実弥みみさんが手作りしたセイヨウヒイラギのクリスマスリースが燦然としていた。

 所々にヒイラギの真っ赤な実がアクセントになってとても綺麗だ。

 セイヨウヒイラギでクリスマスリースを作るのは魔除け的な意味合いがあるそうだ。

 日本の正月飾りのしめ縄と同じである。

 そのリースを飾ったお客様の出入口であるドアを開けてサロンに入ると、お客様たちの視線が一斉に俺に向く。

 髪を下ろしているからさぞ汚らしく見えることだろう。


「和音、おかえり」


 女性にしては低めの掠れ気味ながらも澄んでいてよく通る声で俺を出迎えるのは背が高くやや痩せているのに胸がとっても大きい俺の母さんだ。

 こんな女性が母親なのだから周りが霞んで見えてしかたないだろう。と思われがちではあるが、この母さんのサロンに勤める二人の若い女性もそれはまた美しい。


「おっは」


 聖愛まりあさんが忙しなく動きながらも挨拶で迎えてくれる。

 何でも彼女は今月が誕生月。イヴに産まれたから聖愛と付けられたそうだ。


「ん〜、アイくん。おはよう」


 お客様が居るというのに俺を見るなり身体を寄せてたわわな乳房を押し付けてくる。

 ちょっとバグってるお姉さんが実弥さんだ。


 この美容院は母さんの個人商店だ。

 法人化をしていないので個人事業主ということになる。

 俺は専従者と言う単なる家の手伝いで適当な扱いだけど、実弥さんと聖愛さんは雇用契約を結んでいる歴とした従業員という扱いでこのサロンに従事してくれている。


 そして、このサロンにやってくるお客様は母さんと長い付き合いの方も少なくなく、中には初代サロン・ド・ビューテがあった時の年配の女性までいる。

 このことを知ったのはつい最近。

 母さんを「美希ちゃん」と呼ぶお客様が来店してくださった、その時だった。


「この子は美希ちゃんのお子さん?」


 俺の耳に入ってきてしまったんだよね。


「ええ。そうです。木山さんと最後にお会いしたときは私のお腹が大きかった頃でしたものね」

「そうね。懐かしいわ。最後に美希ちゃんにシてもらってから十八年くらいかしら?お子様を産んでも相変わらず細くてお綺麗で羨ましいわね」

「ありがとうございます。木山さんもお変わり無くて、本当に」

「いえもう、私も良い年ですから……歩さんは元気にしてらして?」

「ええ。歩さんは元気ですよ。一昨年に南町のサロンを畳んで、今は北海道に移住しちゃってますが……。それで私、ここにサロンを開かせてもらったんです」

「あらそう。お元気そうなら何よりだわ。それにしても、またここでサロン・ド・ビューテを見られると思わなかったわね」

「そうですね。私はサロンを開くなら場所はここで名前はサロン・ド・ビューテって決めてたんです」

「そう。何だか嬉しいわね。昔と変わらず綺麗な女性が元気で良いお店ね」

「ありがとうございます」


 母さんのお客様の木山さん曰く、このお店は以前、母さんが勤めていた美容院をそのまま再現したらしい。

 その頃は今よりも商店街に活気があって賑やかだったみたいだし……と、聞き耳を立てていたら、また、お客様が立て込んできた。

 どうやら、その当時のお客様も戻ってきていて、更に新しいお客様もどんどん増えてる。

 そういった感じで今の繁盛があるっぽい。


 ほんのちょっとだけ、母さんの偉大さを知ったかもしれない。



 学校では学校祭の成功にもかかわらず相変わらず俺と依莉愛は孤立していた。

 というのも修学旅行に行かなかったことで扱いが難しくなり、腫れ物といった感じで、必要以上に関わらないと言う方向性に収まった。

 俺としてはこっちのほうが楽である。

 依莉愛なんかは、男子から言い寄られなくなっただけでも清々している風で、最近ではクラスの女子という存在にも辟易していた彼女だけど、柚咲乃とは気が合うのか放課後や休日まで一緒に過ごす仲になったと言う。

 今となってはこの二人の間に俺は居なくても良いのではと思うくらい二人の会話は気持ち良い程に言葉が次々と編まれて見ているだけで楽しくさえある。

 それにしても良く話題が尽きないなというくらい二人は言葉の応酬を繰り返してる。

 時折、唐突に俺に話が振られてくるので油断はできないのだが。


「そう言えば、もうすぐ期末テストじゃないスか?依莉愛先輩って成績良いんですよね?」

「んー。前回の中間テストはそこそこだよ。和音のほうが教えるの上手だよ」

「和音先輩忙しいじゃないスか?教えてくれる時間作ってもらえるんですかね」

「俺は今度は月曜火曜が休みだから一緒に勉強するか?」

「和音先輩ッ!良いんですか?」

「もちろん」

「え、ウチも和音に教わりたい!」

「なら、三人でする?」

「良いんスか?」

「良いの?」

「二人が良ければだけどさ」

「「お願いします!」」


 来週はウチのサロンは連休だ。

 どうせどっちも暇なので勉強も吝かでない。


「場所、どこが良いかな?」


 と、俺が訊いた。


「学校帰りスよね?」

「放課後だよね……ウチは家が近いけど今はお姉ちゃんと二人部屋だから勉強できるスペースがそんなにないんよだね……」


 柚咲乃の家は市の西側で遠い。

 すると中央図書館か俺の家かどこかの喫茶店かファミレスということになるけど、この美少女二人を侍らせて外遊する気にはなれない。


「じゃあさ、良ければ俺の家でってのはどうかな?どうせ母さんが迎えに来るし。かっこいい車ではないけど……」

「良いの?」「良いんスか?」


 俺は依莉愛と柚咲乃を家に招いて勉強会をすることを決めてしまった。

 その日、家に帰ってから母さんに確認を取ったら、もう既に依莉愛から話を訊いていて了承済みなんだとか。

 ついでにクリスマスもイヴから家で過ごさないかと話をしたみたい。

 その時には柚咲乃を呼んで聖愛さんも実弥さんも約束を取り付けたと言い張った。

 まあ、俺は冬休みに入ってるから良いかと思いつつ賑やかになりそうなクリスマスに気を揉んだ。


 それから数日、週末を挟んだ月曜日。

 放課後に両隣に依莉愛と柚咲乃を従えて校門を出ると母さんが迎えに来た。


「こんにちわ」


 柚咲乃と依莉愛が「こんにちわー。おじゃましまーす」と後部座席に乗り込むと母さんが挨拶をして「狭い車でごめんねー」と言う。

 母さんの車はSUVちっくな軽自動車で購入してから五年ほどになるものだ。

 家には死んだ父さんの車があるけれど、これがまたかっこいいスポーツカーで、燃費が良くないからと一ヶ月に一度運転するかしないか程度で滅多に乗らない。


「この車、可愛い」

「うん。ウチも思った」

「それに軽なのに後ろが広い」


 柚咲乃と依莉愛がぺちゃくちゃと喋り始める。

 それを母さんは微笑ましくミラー越しに見ていた。

 この車、後ろは広いけど助手席がちょっとだけ窮屈なんだよね。

 この二人はよくまあ喋る。

 たぶん感性が似通ってるんだね。それでああでもないこうでもない言っている間に同意し合って承認欲求が満たされていくんだよなきっと。

 どっちも姉が居て、そのどちらもウチのサロンの美容師さん。

 そう言えば聖愛さんと実弥さんは事あるごとに言い合っているし、プライベートではあまり関わってない。職場仲間として付き合うには良いけどって感じだな。傍目から見てると。


「二人は仲が良いんだね」


 母さんが依莉愛と柚咲乃を見てシミジミとする。


「いやあー、何か意気投合しちゃって……」

「同じく、そんな感じです……」


 とまあ当たり障りない会話を母さんと交わしている内に家に着いた。

 依莉愛は前に連れてきたけど柚咲乃は初めてだったな。


「うっわー。和音先輩の家って大きいッ!」


 柚咲乃が感嘆すると車を仕舞い終えた母さんが柚咲乃の隣に並ぶ。


「そう言えばゆっちゃんを家に連れてきたことがないんだよな」

「そうなんです。初めてなんですよー」

「依莉愛ちゃんはこないだ家に来たもんな。一緒に風呂に入ったし」

「そうですね。でも本当に大きいですよね。前は暗かったからあまり見えませんでしたが」

「大きいったって、そこまでの大きさではないけどよ。まあ、ちょっとだけ良いご身分の旦那が私と和音のためだと大きく作った忘れ形見みたいなもんだからな」


 母さんはそう言って二人を家に招き入れた。

 俺はその二人の後ろについていって最後に家に入った。


 亡くなった父さんのこだわりで北向きの玄関は四枚建ての引き分け戸。

 何でも北向きだと車庫や駐車スペースを建物の陰になる北側に置けるからだという。


 一旦、リビングに二人を招いた母さんは俺が二階の自室で着替え終わるまで相手をして、それから俺の部屋に二人を通した。


「わあ、良い匂い!」

「凄く綺麗だけど、ちょっと雑ね」


 あ、ハイ。すみません。急いで片付けたもので……。

 柚咲乃はクンカクンカと鼻を鳴らして部屋の匂いを嗅ぎ回ってるけど、依莉愛は俺の部屋を見渡して観察に余念がない。


「化粧道具とか凄いの揃ってるのね」

「ちょくちょく買い足してるから増えるだけ増えて片付けるのが大変なんだよね」


 買ったものを溜め込んでしまうのでどんどん増えて最後は収拾がつかなくなって適当に片付けてしまっているのが現状。

 ハサミとか櫛、ブラシなんかも割りとある。

 女性なら興味を持てるものがある程度揃っているはずだ。


「それでも勉強するスペースは余裕があるんだね。さすが」


 依莉愛はそう言ってローテーブルの近くに置いている座布団に腰を下ろして鞄から勉強道具を一式取り出してテーブルに置いた。

 柚咲乃も依莉愛に倣って勉強道具をテーブルに広げる。


 三時間近く勉強して、外はすっかり日が落ちて真っ暗だ。

 依莉愛も柚咲乃も迎えが来るというけれど一向に来る気配が見えない。

 ちなみに依莉愛の迎えは間違いなく聖愛さんだ。

 二人を連れてリビングに降りたら母さんが晩ご飯の支度をしていた。


「お、勉強はもう良いの?」


 俺たちに気が付いた母さんが料理をしながらキッチンから話しかけてきた。


「あ、うん。もう良い時間だしさ」


 俺がそう答えたら母さんがキッチンから出てきて依莉愛と柚咲乃に話しかける。


「お二人さんは、迎えはまだだから晩ご飯、一緒にどう?聖愛ちゃんにも香苗さんにも伝えてあるしさ」


 二人はきょとんとして、既に根回しが済んでいた母さんに「お言葉に甘えて」と返事をした。



 晩ご飯のメニューは大したことはない。

 ごくごく普通に鶏むね肉のトマト煮が主菜で他にマリネやら野菜などがあって、ご飯には麦などの雑穀や玄米などが混ざった白飯だ。

 味噌汁もある。


「前に作ってもらったのも美味しかったけど、これも凄く美味しいです」

「美希姉のご飯、すっごく美味いッ!」


 二人とも母さんの料理を楽しんでもらえて何よりだ。

 この日はご飯を食べ終わって少しばかり歓談を楽しんだ後、夜の八時くらいになって、先に依莉愛の迎えに聖愛さんが来て、そのすぐ後に実弥さんが来た。

 今日のテスト勉強は結構詰め込んだ感じだけど、明日も来るそうなので、明日も頑張ってもらおう。

 そう思いながら、今日は二人を送り出した。

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