期待したんでしょ?
学校祭が終わり、その翌週。
修学旅行を辞退している俺は唯一人、教室に登校する。
その筈だった。
「おはよう。和音」
俺が教室に入ると既に先客がいる。
「お、おはよう……」
返す言葉が浮かばず挨拶で応じる。
「ははッ。和音だけだと思ってたんだね?……残念!ウチも修学旅行を辞退したんだよ」
どうやら今日から四日間、依莉愛とふたりきりの教室を過ごすらしい。
基本、一時間目から六時間目まで自習なんだけど。
「そうだったんだ。依莉愛は修学旅行に行かなくて良かったの?」
「まー、ウチも今はボッチだし、誰もウチと班になりたがらないって思ってたからさ。お金も結構掛かるしいっかなーってなって辞退したんだよ」
そうして依莉愛と話している内にチャイムが鳴ると俺と依莉愛は座席に着く。
先生はホームルームの時間に来るが、授業時間中は教室に見回りに来るものの自由自習。
午前で終わって帰って良いということなのだが……。
「え、ウチ、お弁当作ってきちゃった」
「俺も作ってきたわ。俺はサロンで食べれば良いけど」
「せっかくだから一緒に食べない?柚咲乃ちゃんもこの教室でさ」
そういうことなら吝かでない。
「そうだね。そうしよう」
お昼休みは柚咲乃を教室に誘うことを決めると依莉愛がスカートのポケットからスマホを取り出して柚咲乃にメッセージを送る。
「んじゃ、勉強だね」
依莉愛はそう言うと勉強道具を持って俺の隣の席を借り、机と椅子を寄せて教科書やノートを広げる。
「ところでさ、和音ってテストの順位っていつもどのくらい?」
いつか訊かれると思っていたこの質問。
けど、回答は決まってる。
「そこそこ上位のほうだと思うけど……」
「教えるつもりないってこと?いつもテストの結果の紙に順位書いてあるじゃん?」
「まあ、そうなんだけどさ……」
「むぅッ……言いたくないなら良いけどさ……なんかヤだな」
依莉愛が頬杖をついてむくれた。
口を尖らせるその顔もとても可愛いものだ。
流石、元とは言え読者モデルとして表紙を飾った美少女だ。
「ま、いいや。一緒におべんきょやろ。期末テストに向けて……だね」
ということで、俺は依莉愛と隣り合って勉強をした。
四時間。
一時間ごとに様子を伺いに先生が顔を見に来ただけで四時間目が終わると下校の許可を貰った。
けど、すぐに下校ということはなく、教室の戸がガラっと音を立てて引かれると元気な声が静かな教室に響く。
「あいおんせんぱーい!」
柚咲乃は教室に入ってくると俺の前に陣取りお弁当箱を広げる。
俺の右には依莉愛。
「今日さ、午前で帰って良いの聞いてなくてお弁当を作ってきちゃったんだよね」
「へー。もしかして和音先輩も?」
「うん。俺も聞いてなくて今日、四時間で帰って良いって始めて聞いた」
「そうなんスね……じゃあ、次、一緒にお昼を食べるのは金曜日かー」
三人でいつもみたいにおかずを交換し合ってお弁当箱が空になると依莉愛と柚咲乃の雑談が始まる。
「そう言えばさ。和音のテストの成績とかって柚咲乃ちゃん分かる?」
「んー、わからないッスね。ボクが訊いてもあまり教えてくれないんスよ。正直、東高に入れるくらい頭良いって知りませんでしたもん」
「そうなの……。ウチ、さっき訊いたんだけどそこそこ上位っていうだけで教えてもらえなかったんだよ」
「へー。そういうことなら同中で同クラだったひなちに訊いたらどう?」
「白下サンってウチのこと凄く嫌っててさー。あまり話してくれないんだよね」
「あー。ひなちは妙なところで正義感が強いから依莉愛先輩とは仲良くなれても相当時間かかりそう」
「だよねー」
「じゃ、ボクが訊いておくよ」
柚咲乃はスマホを取り出してヒョイヒョイと弄る。
「おっし。送った!分かったら教えるね」
「ん。ありがとう」
「ところで依莉愛先輩ってテストは何位くらい?」
「ウチは五十位くらいかなー」
「そっすかー……ボクの予想だと、めっちゃ勉強しておいたほうが良いッスよ。きっと」
「ウチもそれ今日思ったんだよねー。和音に教えてもらったところが多いし、教え方が上手いしさー。絶対四十位より上だと思うんだよ」
「三年のクラス分けって進路の希望と成績で決まるんだよね」
「そうそう。だから特進に入るにはここから頑張らないとって感じなんだ」
「だったら、この自習期間のうちに和音先輩から教わらないとッスね」
俺の目下の目標は来年のクラス分けで特進に入る上位四十名に入ること。
現状だとかなり余裕があるから手を抜かなければ問題はない。
そのために毎日家で勉強をしているしね。
その後も依莉愛と柚咲乃は延々と会話を続けあっという間にお昼休みが終わった。
柚咲乃は一年生のフロアに戻り、俺は依莉愛を学校を出る。
依莉愛はサロンまで一緒に来てくれて、そこで解散した。
翌日。
前日と同様に依莉愛と教室で机を並べて自習をする。
そして、放課後。
下校時間に合わせて迎えが来る。
二人乗りの赤いオープンカーだ。
「アイくん!迎えに来たよー」
幌を閉じているから助手席側の窓を開けて俺に声をかけてきた。
俺は車道側、依莉愛が校舎側にいるわけだが。
「お、彼女?ちょーかわじゃんね!おっぱいも大きい!流石アイくん」
実弥さんの声が大きい。
依莉愛の耳に届くと車の中に実弥さんを見つけると「どちらさん?」と声を出す。
「わたしは
「ウチは一条依莉愛。知ってると思うけど、一条聖愛の妹です。姉がお世話になってます」
「へー。聖愛ちゃんの妹?全ッ然、違いすぎてびっくりだよ。聖愛ちゃん、おっぱいそんなにおっきくないからね」
「あはは……それはよく言われるけどお姉ちゃんの前では……」
「みなまで言わなくて大丈夫!ところで依莉愛ちゃんはアイくんの彼女なの?」
「いえ、違いますよ。大切なお友達です」
「そう。わたしは一応幼馴染ってことになるのかなあ。よろしくね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「早速で悪いけど、今日はアイくんと約束をしていてこれからお買い物に付き合ってもらうの。だからここで連れて行っちゃうね」
「あ、はい。わかりました」
実弥さんと依莉愛は初対面だった。
いくつかの言葉を交わして、俺は「依莉愛、じゃあ、また明日」と依莉愛に言って実弥さんの車に乗り込む。
「ん。明日ー」
依莉愛が俺に手を振って、それを確認した実弥さんは車を走らせた。
「顔はちょっと似てるけど、身体は全然似てないね」
絶対にネタにして聖愛さんを揶揄うやつだ。
車は近郊にある大型のホームセンターへと向かった。
「今日は何を買いに行くんですか?」
運転する実弥さんに訊く。
「十二月になったら店の入口にクリスマスリースを飾ろうって話になってね。それでホームセンターに結束バンドを買いに行くのよ」
「え、それだけ?」
「ん。それだけ。あとはわたしがアイくんとお出かけしたかったからよ」
「俺とお出かけですか……」
「うん。ホームセンターのあとはショッピングモールに行きたくて……良いでしょ?」
「良いも何も俺は実弥さんが運転する車に乗ってるんだから実弥さんにお任せですよ」
「へへへ。分かってるわね。では、そういうことで」
実弥さんは一旦会話を止めて、交差点の信号が黄色から赤に変わったので車を止める。
「でも、買い物の前にお腹空いたし、ご飯にしよう?」
実弥さんの一声で俺はイタリアンレストランに連れて行かれて随分とオシャレなランチを奢ってもらった。
ホムセンでは目的のものはすぐに見付けられたけど、実弥さんはサービスカウンターで何やら話し込んでいて種苗や苗木などことなど話を交えていた。
俺の知らないことばかりで何を言っているのか良く理解できなかったけど、クリスマスリースを作るための材料についてを話し込んでいたみたい。
話が纏まったのか、実弥さんは俺から買い物カートを奪ってだらしなく肘をついてカートを漕ぎ始める。
「話、良かったんですか?」
様子が心配だったので訊いてみた。
「ああ、それなら大丈夫。今月末には手に入るからってことで話が纏まったからもう心配ないわよ」
「それなら良かった」
「えー、わたしにとってはアイくんと一緒に歩く時間が増えるのは嬉しいけど、その分減っちゃう時間もあるから、それを惜しんでた」
「何のことかさっぱり」
「ま、わたし、収納のとこ見たいから付き合ってよ。アイくんはどこか見たいところある?」
「付き合うのはいくらでも良いよ。俺は実弥さんと同じで収納が見たいかな。あとは文房具」
「文房具ね。わかったわ。一緒に収納を見てから文房具も見ようね」
二人で収納コーナーを見て回ったけど、そこでは何も買わず、文房具コーナーでは俺の筆記用具を少し購入した。
実弥さんも何故か俺と同じシャープペンシルとマーカーを買ってるし、何だか持ち物をお揃いにされているような……。
とまあ、こんな感じでホムセンでの買い物が終わり、次はショッピングモールに連れて行かれている。
現在進行系なのは俺が、下着屋さんの前の通路で実弥さんを待っているからだ。
下着屋さんから香る甘い匂いと目に眩しい煌びやかなブラジャーやショーツの数々。
煩悩のまま視界に収めたいのに目を反らしてしまう気恥ずかしさ。
それは刺激的で、DKの俺には背徳的にすら感じる。
聖域とも魔界とも言える不可侵領域。男の俺にとっては少なくともそのはずだ。
下着屋さんを見ると実弥さんが居て、目が合うとニヤニヤして大きなブラジャーを俺に向けて掲げてくる。
いや、ほんと。このヒトは……。
手招きされるけど、俺は
顔にかーっと熱が上がっていく感覚。もしかしたら耳まで赤いかもしれん。
いやそれでも美容に関わる仕事を志しているから、そういう面でも見たいという気持ちは少なからずある。
下着屋さんの前でまごつくこと二十分。
さぞ不審者であったろうが、残念ながら俺の周りには似たような男性が多々いらっしゃった。
そこに下着を買い終えて手提げ袋を持つ実弥さんがやっと来た。
「ごめんね。待たせちゃったね」
上目遣いして謝ってくるあざとい実弥さん。
「あ、いや、大丈夫だけどさ。ちょっと恥ずかしかったよ」
「へえ、そんなに恥ずかしがらなくても彼ピと下着を選んでる女の子も居たから堂々としてれば良かったのよ」
「いや、俺はそんなんじゃないっていうか……」
「わたしはアイくんのそういう反応、すっごく面白くて良いわね」
「揶揄わないでほしいなー」
「ふふふ。アイくん、可愛い!」
俺が荷物を持つと実弥さんは腕にしがみついてきた。
まるでお買い物デート。
下着売り場から離れて、次はどこを見るのか。
「あと、服を少し見たいわ」
と言うので、実弥さんの気が済むまで買い物に付き合った。
「本当はアイくんにも買ってあげたかったんだけど、成長期でかなり伸びてるでしょ?」
帰りの車で実弥さんに謝られる。
俺は何も買わなかったし、最後にカフェでコーヒーを飲んだだけだ。
目の保養として楽しんだものは多々あったけれど。
「そう。最近背が伸びてきてるのか服が軒並み小さくて、制服も直したいんだよね」
どのくらい伸びたか分からないけど同じくらいの目線だった母さんが最近小さい。
それで伸びたって思ったんだよね。
「だからね。すぐに着てもらえなくなるのって哀しいじゃない?アイくんにいろいろ着せたいけど諦めるしかないわねってなったのよ」
「俺は実弥さんのその気持ちだけでも充分嬉しいから大丈夫!」
「ということは、わたしからするキスも嬉しい?」
「いや、それはそれですよ……さすがに」
「ふふふ。何ならラブホ行く?」
「それはちょっと……」
「まあ、運転手はわたしだからねー。行けちゃうよ?」
「マジでですか?でも、夕飯までには帰りたい……」
「あはははは。まあ、美希姉に夕飯までには返してねって言われてるから今からホテルはムリだわ」
「はー……揶揄わないでくださいよー」
「ぷぷぷぷぷっ。美希姉に聞いた通りだね。アイくんも人並みに性欲はあるんだね。期待したんでしょ?だったらわたしは嬉しいなー」
車の中で散々に揶揄われて、俺の言葉に力がこもらない。
期待というより、想像しちゃいました。
綺麗なお姉さんが嫌いなDKっているか?いないだろう?俺はそう思う。
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