余すところなく堪能したい

 和音あいおんの家。初めて見た。

 なんて言うか……めっちゃでけぇ……ッ!


 和音ってどこぞのお坊ちゃん!?


 家の中も広い広い。

 ソファーの座り心地もふかふかでヤバかった。


 家がこんなに立派な理由を聞きたかったけど聞きそびれた。


 着いて直ぐ、和音は晩ご飯の用意を始めて、ウチは和音のママにお風呂に連れて行かれた。

 そして一緒にお風呂に入らされた。


 和音のママ、美希さんの裸体はそれはもう凄かった。

 ウチよりも背が高くてとてもバランスが取れている。

 細いけど細すぎず、張りのある乳房は双方ともとても大きい。

 ウチのより小さいけど、それでも大きい。それにウチのよりも全然垂れてない。重力に打ち勝っているのだ。

 腰は括れて艶めかしく、それでいてスラッと伸びる手足は羨ましいほど。

 ウチが美希さんに見惚れていたら、美希さんの視線がウチのおっぱいに突き刺さってた。


「依莉愛ちゃん、おっぱいすっげ!」


 美希さんが鼻息を荒げる。

 この人、一体どんな女性なのか……。

 それに何か視線が厭らしくて恥ずかしい。


「やっ……そんなに見られると、恥ずかしいです」

「くっくっく……ごめんごめん。つい、見惚れてたわ。まあ、風呂入って温まろう。外にずっと居て冷えてるだろ?」


 また美希さんに手を引かれる。

 浴室で身体を流してから湯に浸かった。

 湯船に浮かぶおっぱいを見て、やっぱり大きくても良いからこのぐらいが一番良かったなあとしみじみ思う。

 ウチのはいくらなんでも大きくなりすぎた。


「はあ……」


 と息を吐く。


「湯船に浸かるとさー。肩が楽だよな。おっぱいって意外と重くて肩がキツイんだよ」

「あー、ソレ、ウチもそれ思います」


 お風呂で温まっている内に緊張が解れて美希さんのことを見ても恥ずかしくなくなってきた。


「ところで、失礼ですけど和音のママっておいくつなんですか?」

「今年で三十五歳になったよ。美希で良いよ」


 わっか!ウチのママより十歳も若いッ!

 え?じゃ、産んだ時十八歳?凄い……。


「え、すっご……わかっ」

「私、中卒で美容師になったんだよ。で、死んだ旦那がしつこくてさ。付き合ってやったら子どもが出来ちゃってよー。それで結婚して十八になってすぐに和音を産んだのさ」

「凄い。若いママって羨ましい……」

「そうか?そうでもないぞ。保護者の集まりなんかに行くと私よりも十も二十も上なのばっかでさー。ほんと苦労したよ。それで和音にも悪いことしたなって今も思ってる」

「……そんな」


 ことないですよ。と続けたかったけど言葉が出ない。

 それを察したのか美希さんは続ける。


「うちは旦那が和音が小学生になって直ぐに死んでさ。それまで入院したり退院したりして私が働いてたから和音の傍にあまり居てやれなかったし、学校行事にも顔を出してやれなくてな。淋しい思いをさせていたんじゃないかって。今となっては和音が学校でどう過ごしたかも全く知らなくてさ」

「そうですか。それは淋しそうですね。和音も美希さんも」

「自分の子どもの思い出があまり無いっていうのは淋しいもんだよなー」

「それはウチも親が離婚してますから何となくわかりますね。ちょっと意味合いが違うかも知れませんが」

「依莉愛ちゃんのところは両親が離婚されてるのか、それは失礼なことを聞き出しちゃったかもな」

「い……いいえ、そんな」

「ま、とりま、頭と身体でも洗おうや。頭は洗ってやるぞ」


 頭だけじゃなく身体の隅々まで洗われてしまったのは言うまでもなかった。

 感想までは言うまい。敢えて言うなら流石、美容師。というだけだ。

 無論、ウチだって多少の反抗と仕返しはさせていただきましたが。


 ウチも美希さんも湯に浸かり直す。


「言いにくいなら言わなくて良いんだけどさ。和音は学校ではイジメられてたんだろ?学校ではどんな感じだったんだ?」

「ごめんなさい。本当に」

「謝らなくて良いんだよ。私は和音が学校でどう過ごしてるのか聞きたいだけだからさ」

「入学式の時は随分と華奢で手足が長いなって思いました。自己紹介の時も声がとても綺麗で印象的でした。でも入学式の当日だというのに南中から来た生徒たちにイジめられていてそれが高校でも日常化していった感じでした」


 一旦区切って美希さんを見るととても聞きいってる。

 ウチは続けた。


「その所為で学校行事やそういうものでは孤立してました。その学校行事に関連するホームルームは不参加でしたし、いつもどこにいるか分からない感じですね。それが学年でも日常になってしまってイジメの一環として汚い言葉で罵ったり暴力を振るったり、輪から追い出して孤立させたり、そういうことは当たり前っていう認識に皆、なってましたから……」


 美希さんはまだ聞いている。

 ウチもまだ続ける。


「イジメの中心だった南中出身の生徒が居なくなって、南中の生徒は和音だけが残ったし、担任以外の学校の先生が何人か変わったけど、イジメそのものは変わらなくって和音に対して少なくなった分、ウチにも来ちゃって、今はそれを和音がかばってくれて一緒にお昼ご飯を食べたり一緒に帰ったりしてます。あれ、なんかウチ、ヒトに伝えられるほど和音のことあまり分かってないですね」


 ウチが言えるのはこれだけ。

 和音のことは何も知らないからさ。


「そうか。まー、そんなに絡みはなかったんだろうからそんなもんだろうよ」


 それから一呼吸置いて、美希さんが語りだした。


「和音がイジメに遭ってるのは何となく察していたし訊いてはいたんだ。それで何とかしてイジメを止めさせたい。和音を救いたいって動こうとしたんだ。

 でもさ、母子家庭で尚且つ保護者の中で最年少。私にできることは何もなかった。あちらさんは県議会議員でこの辺りの有力者さ。学校や教育委員会、警察や弁護士に訴え出たところで私みたいな社会のゴミじゃ抗うことなんでできやしない。

 だから、寂れつつあった東町商店街にサロンを開く計画を立てたんだ。そしたらサロンに近い高校を希望するだろうし、和音なら難関校だろうが東高を選ぶって思ってたからな。案の定、和音は先生に反対されてもインターネットを使って出願した。

 それからは私の予想通り、東高に合格してサロンで手伝いたいと言ってきた。

 東高はアルバイトが禁止されているけど家業の手伝いを禁じることは出来ない。だからそれを抜け道にしてサロンに出せる。

 和音は顔が良い。高校生になってアシスタントとしてフロアに出せば和音の顔で寄ってくる女が絶対に出るって分かってたんだよ。

 和音の顔が売れれば私の馴染みのお客様以外に人が呼べて商店街に多少の貢献も出来る。

 それが上手く行けば商店街が私と和音のバックアップになるって思ってたんだよな。

 そうすりゃ、イジメに対して多少の抵抗になるし、商店街っていう後ろ盾ができれば学校での立場は良くなるんじゃないかってさ。

 アイツには普通の高校生活を送らせてやりたかったんだ。

 親バカな私の皮算用かと思ってたんだけどさ。ここまで上手く事が運ぶとは予想もしてなかったんだよな」


 ひぐ……えぐ……ううっ………。

 あ、ウチ、泣いてた。


「かっはっはっは。泣くほどのもんかよ」


 けどさ。ウチだって母子家庭だったんだよ。

 お姉ちゃんは働きながら美容師を目指して家から出ていったし、そのために、いなくなったパパからお金を貰ってた。

 残った私たちの生活はかなり困窮するくらい大変だったし、日々、どうやって食べていこうかママと悩んでたから。

 それを女手一つでここまでやってこれたんだから凄いんじゃないかって、それだけ、美希さんの母親としての責任や愛情の深さとか、そういうものがウチの心を動かしてしまったんだ。


「とはいってもよ……聖愛ちゃんには「和音くんに依存し過ぎてるんじゃないの?」なんて言われてさー。これが結構堪えててなー」

「それはきっとお姉ちゃんが子どもを持ったことがないからわからないんだよ。間違いなく」


 いや、美容師の仕事して子育てしてお金を貯めて店を持つなんてどれだけ大変なことか。

 それを考えたら美希さんは不退転の覚悟でやってきてたんだろうし、とてもじゃないけどウチには依存しすぎてるだなんて言えないし思えない。


「そうかもしれないし、依莉愛ちゃんにかばってもらえて嬉しいと思う反面、やっぱ、凹むんだよな」


 などと言いつつ、浴槽をザバンと豪快に立ち上がって風呂から出ると、何かを手に持って出てきた。


「顔、上に向けろ」


 美希さんに促されるまま上を向いたら顔にヒヤリとしたものが貼り付けられる。


「泣いた目で出られないだろ?パックだパック」


 目を開けたら美希さんもパックをしてた。



 風呂から上がり、晩ご飯を食べる。

 ご飯が終わるとウチは今日の出来事をふたりに打ち明けた。

 そしたら──。


「家か依莉愛ちゃんのスマホに電話がかかってきてるんじゃないか?」


 と、言われたので、それもそうかと思いスマホを取りに行ってくる。

 制服のスカートからスマホを取り出したら何件かの着信とママとお姉ちゃんからのメッセージが届いていた。


「あ、もしもし……ママ?」

『依莉愛?どこに行ってたの?警察から電話が来てて、どこに行ったのかと』

「ごめん。今、紫雲さんの家に居て──」

『そう。じゃあ、聖愛と迎えに行くから警察に行くよ』


 えー、ウチ、ここにまだ居たいのにー。

 とはいえ今日のコトがコトだけにそうもいかないか……。

 仕方ない。和音と美希さんに言おう。


 それから三十分くらい経ってお姉ちゃんが迎えに来た。

 美希さんが服やカーディガンコートだけじゃなく靴まで貸してくれて何から何まで申し訳なく思いながらも、挨拶をして紫雲家を出て西警察署に向かう。


 ウチは後部座席に乗った。

 空いている座席には、袋に入った土埃に塗れた制服のブレザーとスカート、破れたブラウス、穴の空いた靴下と、それと別の袋に片方しか無い靴を置いている。

 今履いてる靴は美希さんのスニーカーでサイズがピッタリだ。


 警察署に着いたらウチの鞄と買い出した品々、それと片方の靴があった。

 で、お姉ちゃんの言う通りにママと被害届を出して証拠品を提出して帰宅。


「事後になっちゃうけど弁護士はあたしが探すからさ」


 提出後どうするかはお姉ちゃんに任せることにした。

 ウチはママとその後のことを傍観するだけになるのかな?

 お話、することもあるのかもしれないけど。

 でも、社会人になったお姉ちゃんはこういうときに頼りになる。


 それにしても学校、どうしようかな。

 制服、提出したから返ってくるまでジャージとかで行くしかないか。

 明日、学校に行って聞こ。


 ウチが事件を起こしたあの日の少し後から、お姉ちゃんとウチは同じ部屋を使っている。

 だから寝る前に今日のことを少しだけ話した。


「美希さん。良い人だよね。一緒にお風呂に入ってお話したんだけどさ。美希さんのスタイルが良すぎてウチ、女なのにムラっとした」

「一緒にお風呂に入った?マ?」

「マ!」

「あたしも美希さんとお風呂に入りてぇ!隅から隅までクンカクンカしてみたい」

「お姉ちゃんやめて。それ変態だよ」

「や、美希さん綺麗で尊い東町商店街の聖女様だよ。一緒に風呂に入れたら余すところなく堪能したいに決まってんじゃん」

「それを変態って言うんだよ」

「で、どうだった?良い匂い?」

「んッ!めっちゃ良い匂いだった!」

「くーーーーッ!うらやまッ!」


 などと姉妹で話している内に互いに寝息を立てていた……らしい。

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