さすがにご遠慮させていただきました。
只今の時刻。午後九時。
聖愛さんの車で再びサロンに戻ってきていた。
セット椅子に一条さんを座らせて俺が櫛とハサミを持つ。
横で聖愛さんが椅子に座って俺が一条さんの髪の毛をカットしていくサマを眺めている。
ミディアムだった一条さんの髪型を今度はボブに整えていく。
パッツリ切られたところがフロントからサイドにかけてだったからだ。
そういうわけでできるだけ早く、一条さんの髪の毛を施術していった。
耳より少し長い程度まで切った一条さんはかなりスッキリした印象に仕上がった。
小綺麗に見せるにはデコルテを隠す必要があるけれど、今の服装みたいに鎖骨が出ているとミディアムだったころよりも色香が強い。
おっぱいがデカいとバランスを取るのが難しいな。
母さんなんかは常に胸元を隠す服装だから気にしたことは無かったけど、聖愛さん以外の一条家の女性たちはどうもデコルテを強調する傾向があるみたいだ。
「紫雲くん、ごめんね。夜だって用事があったのに」
一条さんに仕上がりを確認してもらうと、下を向いてか細い声で言葉を発した。
まあ、素直に喜べないだろうし、今は、短くなった髪だって直視できないかもしれない。
「じゃあ、はいッ」
俺は一条さんからカットクロスを取って「おつかれさまでした」とセット椅子から下ろした。
それから後片付けを始めると「手伝うよ。何をしたら良い?」と一条さんがおずおずと聞いてきたので「聖愛さんと一緒に同じことをしてくれたら良いよ」とだけ伝えて俺は帰る準備も含めて掃除などを済ませていった。
翌日。
俺が学校に行き、教室に入ると既に一条さんが席に着いていた。
昨夜、ボブカットにした髪は聖愛さんにセットしてもらったのだと思われるゆるふわで可愛らしく、巨乳が押し上げるブレザーの邪魔にならず、首の細さが胸から下の印象を控え目にしている。
どうやら、一条さんをイジメているメンバーは教室では現在は大人しくしていて、二度目のイメチェンを施した彼女を恨めしく目線を向けるだけで何かをしようといった様相は見受けられなかった。
今はボブカットにした一条さんの印象が明るくて目立つからムダに注目を浴びるし、そんな状況で言い寄れば誰かしらの反感があるのは必至。
だからイジメの主犯たちは様子見していると言ったところだろう。
それから何事もなく昼休みになり、一条さんと二人で別棟の空き教室に向かう。
空き教室には既に柚咲乃が鍵を開けて待っていた。
「うっはー。依莉愛先輩、随分短くしちゃってー。めっちゃ似合いますやん」
髪の毛が短くなった一条さんを見て柚咲乃が燥ぐ。
「いろいろあってさ、昨日の夜に紫雲くんに切ってもらったんだ」
「いろいろ?って聞きたいところだけど言いたくなさそうな雰囲気だから良いや。てかー、それにしてもボブ似合ってるッスね。ショートも似合うんじゃないッスか?」
「ウチ、こんなに短くした記憶がなくて不安だったんだよね。柚咲乃ちゃんが似合ってるって言ってくれてホッとしたわー」
「それにしても、ボブだとゆるふわにしたりいろいろアレンジできるんスねー。ボクも少し伸ばそうかな……」
柚咲乃が前髪をチョイっと引っ張って摘んでいる指先を見るから目が寄っている。それでも柚咲乃は可愛い。
頭をポンポンしたくなる。
お弁当を食べ終わって鞄に仕舞い。机の上が空いた。
その机上に一条さんの大きなおっぱいがドサリの載る。机に載ったたわわな乳房はスライムみたいにふにゃりと潰れて広がる。
「やー、依莉愛先輩、はしたないッスよ……」
「何か今日、気を張りすぎて疲れちゃってさー。少しだけ楽になりたかったんだよー」
机に広がるおっぱい。俺の目には非常に良い。
昨日はもっとすごい光景を見たんだけど。
その机に載ってる乳房を柚咲乃がツンツンと突付くと反動でプルプルと揺れるから、柚咲乃はそれを面白がって遊び始めた。
「やーん♡って揺れてるってだけであまり感触ないんだよねー」
「へー。気持ち良くなんないんです?」
「なるわけないじゃん。あんなの男どもの幻想だよ」
「そういうもの?ボクもそんなに小さくないんだけどさー。依莉愛先輩の見てるのとボクって貧乳って思っちゃう」
「柚咲乃ちゃんっておっぱいどのくらい?」
「D65ッスよ。小さくはないと思うけど、依莉愛先輩みたいに机に載せるほどは無いっすねー」
「ウチもそのぐらいが良かったなー。お姉ちゃんなんか柚咲乃ちゃんより小さいんだよ。ほどほどが絶対に良いよ」
「おっきい人は皆そういうッスよ」
俺の目の前で繰り広げられるおっぱい談義。
柚咲乃が最後に言った「おっきい人は皆そういうッスよ」の言葉で一条さんのサッと目の色が変わる。
一条さんはその場で立ち上がってブレザーを脱いで椅子にかけた。
ブラウスのボタンを上からパチンパチンと外す。
アイスブルーのブラジャーが露わになり、ボタンを全部外したらブレザーをかけた椅子にブラウスを置く。
「ウチ、J65なんだよ。こう見たらどう見える?」
一条さんが身体を張ってる。
一体何のために?
「依莉愛先輩、ほっそいッスね……ガリガリじゃないッスか!?ちゃんと食べてます?」
柚咲乃の言葉を聞いて満足したのか、一条さんは「ご飯はちゃんと食べてるよ」と言いながらブラウスを着る。
一条さんは確かに細かった。何なら腕も細い。
腕の細さは昨日見たんだけど何というか全体で見ると首と腕の細さが浮いちゃうんだよな。
それでボブにしたというのもあるけど。
「今度はどう見える?」
「ああ……ウェストは細いけど……」
柚咲乃は言葉を詰まらせた。
スカートにブラウスをインするからウェストだけは細く見える。
けど、上半身がふくよかに見えてしまう。
それを一条さんは柚咲乃に証明してみせている。
「そうでしょ?」
そう言ってブレザーを羽織り、ボタンを留めた。
「これでどう?」
一条さんがニコリと笑顔を柚咲乃に向けると、柚咲乃は下を向いて言った。
ブレザーが一条さん細いウェストを隠し、全体的にふくよかに見せてしまっている。
一条さんは柚咲乃に知ってほしかったんだろう。
巨乳であるということは既製服ではどうしてもデブに見えてしまうということを。
それを理解した柚咲乃は申し訳無さそうに声を振り絞った。
「ごめんなさい」
柚咲乃の謝罪を聞いた一条さんは椅子に腰を下ろす。
ブレザーのボタンを外して胸を机に再び載せた。
「分かってもらえたなら全然良いよー。何事もほどほどが良いよ。服にすっげー気を使うしさー。おっぱいって意外と重くてさ。これで一個2キロから3キロくらいあるんだって。両方で5キロもあるんだよ」
「やー、それは苦労するッスね……ボクのは絶対にそんなに重くない……」
柚咲乃はしおらしくなりながらも再び一条さんの机上に広がる乳房を指で突付いてゆさゆさと揺らしている。
「てか、良かったんスか?和音先輩も居たのに下着姿になっちゃって」
「昨日、ノーブラのシャツ姿にパンツまで見られちゃってるからね。もう今更感。ノーブラよりブラのほうが恥ずかしくないじゃん?」
「あー……恥ずかしいのは正直どっちもどっちッスけど、和音先輩、昨日何してたんスか?」
「昨日、お姉ちゃんと一緒に家に来て、ノートを届けてくれたんだよ。それと切られた髪の毛を綺麗に整えてくれてさ」
柚咲乃が俺への質問だったと思ったけど一条さんが代わりに答えた。
けど「切られた」なんて言ったら気になるだろうと柚咲乃の表情を見ると、案の定、「切られた」という単語を気にしていることが伺える。
「切られた?……聞きたいことは山程あるけど、そういうことだったんスね?それでボブカットかー」
それでも、まだ、柚咲乃は一条さんの乳房を横からツンツン突付いて揺れを楽しんでいる。
すげーなーと思いながら眺めていたら、一条さんが俺の視線に気が付いて───
「紫雲くんも触ってみる?」
と、訊いてきた。
さすがにご遠慮させていただきました。
昼休みが終わって午後の授業を受ける。
昨日の女子たちの会話が頭の中で反芻する。
『今日に限ってこのデブはサボりやがってムカつくわ』
『このデブの連絡先、誰か知らないの?』
『あのデブ、クラスのグループチャット、抜けちゃってるんだよね』
柚咲乃でも一条さんが胸と尻以外は実はガリガリだってわからないくらいだもんな。
巨乳は太く見える。そういう観点なら今のボブカットや、柚咲乃くらいのショートカットでも、前のミディアムよりはほっそり見えるはずだ。
それでも、一条さんに対するイジメはなくならないだろう。
例えばもう一度、モデルをするとかで良いのかも知れないけれど、一条さんはアルバイト許可を取り消されたし、もう二度目はムリじゃないかな。
俺がカットモデルにすることもできるけれど、それも一条さんがアルバイト許可が下りる前提になる。
一条さんは俺の頬の傷と過去のイジメを後悔している。
だから、今、イジメの標的であることを甘んじて受け入れる気で居るんじゃないか。
物理的な接触の多い男子のイジメよりも、陰湿なイジメを狡猾にすることを好む女子のイジメは足が付きにくいんだよな。
それでも髪を切ったのは傷害罪になる可能性もあった。けど、ボブカットにして見た目がさっぱりしたこともあって、同じことはもうないはずだ。
髪を切る以上のことをするのかもしれないけど、このクラスにはイキリちらした男子はもう居ないし、そもそも一条さんへのイジメ行為はこのクラスの女子たちだけ。
それに一条さんのイメージは校内ではそれほど悪いわけではないから他のクラスに働きかけても先日退学者を出したばかりのこのクラスが発信する呼びかけに応じる生徒は流石に居ない。
結局のところ、この一条さんに対するイジメは時間が解決するだろうけど、少しだけでいいから力になってあげたいと俺は思った。
放課後、一条さんが俺の席にやってきた。
「良かったら一緒に帰らない?」
「あ、良いけど……」
「良かった。じゃあ、よろしくね」
俺が考えていたことは杞憂だったのかも知れない。
俺は一条さんを隣に教室を出た。
「良かったの?」
「ん。良かったんだよ。柚咲乃ちゃんにメッセージアプリで相談したら良いことを教えてくれてさ。その通りにしてみようと思ってね」
「へー、何をするのか訊いて良い?」
「んー……内緒♡」
一条さんはにっこりと微笑んで肩を俺の腕にぶつける。
学校を一緒に出ると「紫雲くんの働いてるところを見てみたい」と言うのでサロンに連れてきてみた。
聖愛さんも居るから良いかなと思ったのもある。
「お、今日は女連れかー!さすがモテる美容師!」
サロンでは母さんに茶化される。
「あれ?依莉愛、どうしたの?」
聖愛さんは突然の妹の来店に面を食らう。
「あら、アイくん!その子は彼女?可愛いわねー」
実弥さんは嬉しそうに彼女を褒めながら俺の腕に胸を当ててくる。
三者三様の彼女たちに一条さんはにこやかに「お姉ちゃんの働きっぷりを見に来ました」と言ってのけた。
一条さんと初対面の実弥さんは「聖愛ちゃんに顔はどことなく似てるけど、ここは全然似てないのねぇ」と聖愛さんの胸をつっつく。
「家族で乳がないのあたしだけなんだよな……」
聖愛さんの周りに漆黒のオーラが漂った。
「あら、胸が小さいの気にしていたのね。気にすることなんて無いわよ。ほどほどが良いんだから」
ニチャっとした笑みを実弥さんは聖愛さんに見せる。
この人もたいがいだ。
閉店後。
閉店作業を終えると聖愛さんは実弥さんに着付けを教わっている。
俺はマネキンで練習中。
一条さんは俺の作業を見続けていた。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
横から一条さんが訊いてきた。
「何ですか?」
マネキンに被せたカツラをチョキチョキする手はそのままだ。
「紫雲くんって、柚咲乃ちゃんは幼馴染だから柚咲乃って呼び捨てなんだよね?」
「そうだけど……」
「お姉ちゃんのことは聖愛さんって呼んでて、柚咲乃ちゃんのお姉ちゃんは実弥さんって呼んでてさー?」
カツラの毛を切るハサミの音が周囲に染み入る。
「ウチのことは一条さんじゃん?」
「うん……そうだね」
「なんか不公平じゃない?」
「そうでしょうか……」
何を言いたいのか察してはいる。
けれど、ハサミを動かす手を休めることはしない。
ついにこのときが来たのかと俺は思う。
「ウチのことは名前で呼んでくれないの?」
一条さんは椅子に座っているから俺を見上げている。
その可愛さで上目遣いは卑怯だ。
「いや、それは学校では名前で呼びにくいですし……」
「なんで敬語ー!?」
口を尖らせて上目遣うと「じゃあ」と声を出して言葉を続ける。
「ウチも名前呼びしたら皆にしてるみたいに名前呼びしてくれる?」
あざとい上目遣いにその言い方はズルい。
「ね、どうかな?あ・い・お・ん」
「わかった。クラスメイトがいないところでならそうするよ」
俺は観念して、一条さんを名前呼びにすることにした。
「さんは要らないからね。柚咲乃ちゃんにしてるみたいに呼び捨てでね」
「ん。依莉愛、わかったよ」
突然、一条さん、改め、依莉愛が目を見開いたかと思うと頬が急激に真っ赤に上気する。
「その顔で名前呼びはヤバい」
耳に届くか届かないか、消え入りそうなほどの小さい声で依莉愛は言葉を泳がせて顔を背けた。
依莉愛が俺の名前を呼んだときだって、大げさに唇を動かすから、その動きが艶めかしくて男子高校生の俺には刺激が強かったのは俺の胸の内の話。
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