陰キャでイジメられっ子だった彼について
二年生の
実は美少年でとある美容院のアシスタントとしてアルバイトをしている。
多数の処分者を出したあの事件をきっかけに瞬く間に学校中に広まった。
私は一年生のときに彼の顔を見ている。
ある事件をキッカケに。
でも、彼はそのことを知らない。
だって彼、頭を激しく打って気を失ってましたから。
彼を介抱したあの日。
思い出しても腹立たしい。
カーストトップという学校内身分制度の頂点に立つ生徒たち。
彼を保健室に連れて行って教室に戻ったらヤジが飛んでくる。
バーリア!バリア!って小学生のガキかよ。
ともあれ、居心地の悪いクラスだ。
友達もクラスではもう私と関わりたがらないから保健室登校ということにする。
先生からプリントを貰って自習室で一人で勉強をする。
それで出席扱いになるから有効に活用した。
教室に行かなくなったことで、友達が謝りに来てくれた。
「うるっち、ごめんね」
「ごめん、本当に」
彼女たちに悪気はないのは分かるし、私も私以外に犠牲者を作るのは本意ではない。
「仕方ないよ。こっちこそ気を使ってもらってごめんね」
もうこいつらとは関わることもないだろう。
二年生になるとこの子らとは違うクラスになった。
新しいクラスは平和で楽しい良いクラスだ。
願わくば、紫雲くんも良いクラスに恵まれて欲しい。
私は心からそう思ってる。
二年生になると、入学式の日に新入生代表で挨拶をした女子生徒と同じクラスになった。
定期テストの順位が気になるからそれとなく訊いてみたら「入試は首席だったのに、一度も一位どころか二位も取れないのよね」と愚痴を漏らす。
二位は私だ。新入生代表挨拶なんてしたくないから合格するラインよりちょっとだけ点を取る程度に調整するに決まってる。
もしかしたら同じことを考えている子が居たのかもしれない。
だとすれば性格的に思い当たるのは一人しかいない。ま、三年生になれば嫌でも分かる。
三年生のクラス分けは成績別だ。特に上位者は特進扱いで専用のカリキュラムが組まれる。とは言え問題の多い学年だからどうなることやらね。
◆◇◆◇◆◇
戸田美容院が店を畳んで一年。
ボクは先輩をおっかけて東高に入学した。
先輩の名は、紫雲和音。ボクは和音先輩って呼んでいたんだ。
ボクは先輩のママが働いていたころからずっと通い詰めていて、時々、和音先輩にも髪を切ってもらっていた。
そんなお店が閉店して家ごと売りに出されている。
戸田さん夫妻も随分と高齢で和音ママ……美希姉と相談の上で店を畳んだらしい。
ボクのママ曰く、戸田美容院は昔、商店街の一角にあったらしい。郊外の大型店舗ができるとあっという間に商店街が寂れてお客様が減ると戸田夫妻はその店を畳んで自宅を改造して移転。それが一昨年の年末まで営んでいた戸田美容院だという。
ボクはママに連れてこられて、この戸田美容院の常連のひとりになっていた。
そこにいる同じ年くらいのお人形さんみたいな男の子と遊ぶのが本当に大好きでいつも楽しみだった。
ボクも和音先輩も大きくなって年頃になっても一緒に遊んだし、和音先輩は美希姉や歩ママに教わったカットやセット、着付けをボクにしてくれた。
そんな楽しいことが思い出になってしまって、ボクはとても寂しくなった。
和音先輩は東高と言う難関校に進学したから、ボクもそこに行きたい。我がままを通して頑張ったよ。
中学最後の模試ではD判定。周りに心配されながら受験を頑張ってなんとか合格を勝ち取った。
我慢してた和音先輩成分を補充したい。
そう思ってママに相談する。
「ね、ママ。ボク、サロン・ド・ビューテでカットしたいんだけど」
「良いけど、予約、取れるかしら……美希さんのお店、人気すぎて予約が取れても二ヶ月以上先とかになっちゃうよ」
なんと、美希姉の新しいお店。予約が取れないらしい。
「和音くんがアシスタントで入ってるから着付けしだしてからSNSで広まって人気が出すぎちゃったみたいなのよ」
そう言ってママがスマホの画面を見せてくれたんだけど、和音先輩と振り袖の女の子の写真が何枚か見える。
「和音くん、お人形さんみたいだったから可愛くなるんじゃないかって思ってたけど、すごく綺麗になったよね」
ボク、唖然。
和音先輩、モテすぎじゃないですか!?
「それに着付けが上手だったものね。私もお姉ちゃんも柚咲乃も皆、和音くんに着付けてもらってたものね」
そう、ボクとお姉ちゃん、それにママも、和音先輩に下着姿どころか裸を晒している。
「むーぅ……」
お、面白くないッ!
「ママもこんなイケメンに着付けしてもらったらキュンキュンしちゃいそう」
と、ママがクネクネと身を捩る。
「はいはーい。オバさんキモイでーす!トシをわきまえましょう」
変態なママはさておいて、高校に入学したら先輩と同じ学校に登校だ。
楽しみだ!
そんな夢を見てました。
現実は儚くも厳しい。
和音先輩は二年生で悪い意味で目立ってた。
野球部のエース格を中心としたカーストトップたちが先輩をイジメて殴ったり蹴ったり。
そんな場面に出くわすことがあった。それで先輩に声をかけそこねていた。
入学して二ヶ月。その日、お昼休みを終える前に突然、下校を言い渡された。
それからの臨時休校。
一体この学校では何が起きてるのかと思った。
そしたら入学してできた友達がSNSのリンクを張ったメッセージを送ってきた。
動画には、野球部の人たちに殴る蹴るのリンチにされる和音先輩。
野球部の人がカッターナイフを手に持ったと思ったら読モで有名な一条先輩に持たせた。
「おいっ!依莉愛ッ!クラスメイトの
という声がはっきりと収まってる。
一条先輩は動きを止めてワナワナして震えてるのに、もう一人の野球部の先輩と誰だかわからない女子が二人がかりで一条先輩の手を取って和音先輩の顔にカッターナイフの刃を突き立てた。
ザクッと刃を引いて頬が縦に切られるとだくだくと血が流れて一条先輩の手を紅く染め上げる。
『ね、これ、マ?』
『マ』
『このやられてる先輩。ボクの初恋の人なんだけど』
『マ?』
『マ』
『大丈夫?』
『大丈夫じゃないけど大丈夫。美海にはやらんよ?』
『なにそれ』
居ても立っても居られない気持ちで胸が押し潰されそうだ。
でも、今のボクは和音先輩の居場所はわからないし何ができるのかもわからない。だから強がるしかない。
それから他愛もない話をしていたら、ママが「学校に行ってくる」と行って家を出た。
どうやら保護者説明会というものが開かれるらしい。
二年生の事件に一年生の親まで説明会とかどんだけだよ。
そう思っていたら、帰ってきたママから話を聞くとなかなか大きな事件になっていた。
「和音くん、小学校のころからイジメに遭ってたんだって」
という話から始まって
「中学でもイジメにあってたけど、和音くんをイジメていた主犯格の保護者がこの辺の有力者みたいで教育委員会の偉い人や学校の先生にも取り入ってイジメを黙認させていたんだとか」
それから
「高校では教頭先生と、それと野球部の顧問になった学年主任と副担任にお金や贈答品を送ってイジメを容認させていたんだってさ」
つまり「学校ぐるみ」で和音先輩をイジメていた。
それがSNSに拡散されてしまって黙認することができなくなって、トカゲの尻尾斬りみたいなことをしようとしたけど、刃傷沙汰になってしまったからもう庇い立てができないらしい。
「教育委員会にも賄賂がバラまかれてるみたいだから、殺人未遂とか傷害とかもそうだけど贈収賄とかで調べられるんだってさ」
へー、と感心。
他の子から話を聞いたらどうも校長先生が教育委員会や教頭先生のことを暴露したんだとか。
ちょっとしたニュースになって暫く電話が鳴り止まないことだろう。
「それでマスコミが取材に来ても子どもたちには応じないように徹底してほしいって言ってたよ」
そっか。じゃあ、二年生はこれで大人しくなるのかな?
そうしたら先輩に会いに行こう。
先輩の周りが敵しか居なくても、ボクだけは絶対に先輩の味方でいるんだから。
けど、休校が明けて学校に行っても二年生は居なかった。
何でも一週間、学年閉鎖ということらしい。
マスコミは来ていたけど特に話すこともないから無視無視。
で、先生は
「二年生のフロアに行くのは当面禁止。しばらく見張りがつくからそのつもりで」
ということらしい。
いろいろあったからナーバスになっているのかもしれない。
落ち着いたら真っ先に会いに行きますからね!待っていてください!和音先輩!
◆◇◆◇◆◇
世の学生は夏休み。
私らはこの夏も稼ぎ時だ。
「ね、美希さん。これ和音くん、キツすぎじゃありません?」
聖愛ちゃんは予約名簿に目を通している。
「しっかしまあ、良く和音のスケジュールを把握してるものね。感心だわ」
というのも和音がスクーリングで居ない日は着付けの予約が埋まり切らない。
和音が居る日は開店から閉店まで着付けの予約がぎっしり詰まってる。
セットの有無でも変わるけど、和音はアシスタントでしかないからセットはできない。
けど、着付けはできる。何せ和音が一番着付けが上手い。
最近は聖愛ちゃんも上達してきていて商売に組み込んではいる。なのに、その時だけ埋まりきらない。
「ほんとだよなー。あたし傷ついちゃう」
聖愛ちゃんはヘラヘラと笑う。
「とはいっても、あたしも客なら絶対に和音くん居るときにしかいかないって思ってるからすっげーわかるんだよなー」
下手とか上手とかじゃなくて、と聖愛ちゃんは続けた。
「顔に傷ついて更に人気出るとか可笑しいよね」
「いや、あれで寧ろ、顔が男っぽくなっちゃったからお姉さん的にキュンキュン来ちゃうんだよ」
「傷がついても綺麗なままだしなー」
「本人は顔や容姿に無自覚なのが恐ろしい。和音くんは3Bを地で行く美容師になりそう」
「親としては息子がモテて嬉しい限りだけどさ」
「やー、あたしのライバル増やさないでくださいよぉ……」
「取られるのヤだったら、食っちゃいなよ。一応人並みに性欲はあるみたいだしさー」
「それ、母親が言うセリフー?」
「私、寛容だからね。理解のある母親で良いでしょう?」
「いやー、さ。ほんと。あたし、処女ですからね。こう見えても純情なんですぅ」
「まー、わかったよ。けど、和音のこのスケジュール。なんとかしないとねー」
「ほんと、そうですよ」
和音がマネキンで熱心に練習している間、私と聖愛ちゃんは予約台帳とにらめっこを続けて、結局解決策はわからないままだった。
和音のことだからなんとでもするんだろうけど。親としては無理していないか本当に心配なのよね。
特に学校で無理に我慢して事件が起きたばかりだったから。
こうして和音にとって忙しい夏が始まった。
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