学校から、出られません

@umibe

第1話 名を馳せる。

 学校から、出られない。見えない壁があるのだ。


 何よりもまず、僕について説明しよう。名は坂田龍太郎。高校一年生である。家族からは龍ちゃんと呼ばれている。趣味は読書、筋トレ……そのぐらいだ。身長は168センチ(あと2センチは伸びてくれ!)で、体重は62キログラム。BMIによれば適正体重らしい。髪は短く……これ以上はちょっと長くなるからよそう。あ、最後に長所と短所だけ。長所は他者に惑わされぬところで、短所は頑固なところ。何事も表裏一体であると、以前呼んだ本に書かれていた。


 そして、話は戻る。学校から出られない! 放課後になったのでさっさと帰宅しようとした僕は、校門から出ようとしたのだが、見えない壁におでこから衝突してすってんころりん。ころりんと同時に視界が瞬く間に暗くなり、まるで真夜中になった。周囲にちらほら居た生徒達も消えた。

 恐怖に慄きながら腕時計で時刻を確認しようとするけれども、暗いので無論見えない。硬くなった腕でがさごそポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。時刻は17時にもなっていない。季節も春。太陽とお別れするような時刻でも、季節でもない。

 

 見えない壁があったのは何かの勘違いで、僕は一人でに転び気絶し、誰にも助けられず夜になり、今しがた目覚めたのであろうか。しかしそれなら、時刻が妙だ。第一、いくら軽薄な世の中とはいえ、教師含め誰一人僕を助けないなんてことは考えにくい。


 後ろからいきなり、とんっ。小突かれて「ひいっ」と悲鳴上げて振り返る。そこにはクラスメイトの女の子が、ローファーを片一方脱いで立っていた。どうやら脱いだ片足の裏で、僕の背中を小突いたようだ。ローファーで突かれなかっただけ、優しかったと解釈するべきだろうか。


 彼女の名前は、確か春野琴はるのこと。大人しく、余り喋っているところを見たことがない。顔やら手足やら、どこを取ってもこじんまりしている子だなという印象である。

 春野は片足をぷらぷらさせて「おっとっと」と言いながら両手をかかしのように伸ばし、からだを左右に揺らした。そうして「すぽっ」と口に出しながら見事なタイミングでローファーに足を突っ込んだ。間近で聴くその声は、ふわふわ、浮いているみたい。

「よっしゃ」と万歳して、まるで体操選手である。


 僕は思わず拍手していた。


「おい、何か面白いことを言え」

 と春野は僕を睨んだ。

「え?」

「だから、面白いこと言えって」


 随分といきなりだ。偏見だけれども、容姿だけなら読書少女な春野が、いじめっ子のようなことを言うだなんて。

「ふとんがふっ」

 と僕が言いかけたところで「くだらねえ」と遮られてしまった。

「私が面白いことを言うから、耳をかっぽじってよおく聴けよ」

「わ、わかった」


 春野はすーっと息を吸って目をつぶったかと思うと、すぐに開いて「はっ! はんにょむ……ポーチ」と割に大声で言った。


 僕は、何と言ったらよいかわかりませんでした。


 僕は気を取り直して「ねえ、これどういうことかわかるかい? いきなり暗くなって訳がわからなくて」と言った。

「ここは、さっきまで居た場所とは、ちょっと違う。一瞬を永遠に引き延ばした世界なんだ」


 何を言っているんだこいつは。


「何を言っているんだこいつって、思っただろ」

 春野はほほをぷんぷんにふくらませた。

「思ってません!」

「嘘つくな!」

 春野の正拳突きが、僕のみぞおちに命中し、僕はそのまま「見えない壁」にまで吹き飛ばされた。痛い、痛いです。壁にぶつかり、地面に倒れた僕は、何とか上半身のみ起こして「思いました、ごめんなさいっ」と彼女に精一杯謝った。

「よかろう、許す」

 春野はあっさり許してくれた。


 それにしても、凄まじい正拳突きの威力であった。体だって10メートルくらい吹き飛ばされた。


「この世界は、君がつくったのかい?」

 と僕は質問する。

「うん、そうだよ」

 春野はあっけらかんと、日常会話のように答えた。

 余りにも彼女があっさりそう答えたので、僕は「へえ」と言うしかなかった。

「本当はね、私だけでこの世界を楽しむつもりだったんだけれど、間違って貴様が迷い込んじゃったみたい」

「貴様って、そんな敵みたいに」


 春野は笑い出した。それも腹を抱えて。最初は僕が突っ込んだのを笑ったのかと思っていたが、一分経っても収まらぬので僕は怖くなった。

「可哀そうに貴様、貴様はもう二度とこの世界には帰れぬぞ、ふふふ。この世界で一生私の奴隷として過ごすんだ」


 春野は高く笑い、未だ腹の痛みのせいでうずくまる僕を嘲った。


 そ、そんな! 僕は何も成し遂げてないのに。こんな訳わからんところで一生を送るだなんて嫌だ。第一僕は女の子の連絡先を誰一人として知らないんだ。これ以上哀れなことがあろうか。ない! 


「もういいや、飽きた」

 という春野の小声をよそに、僕は「僕はもっと女の子といちゃいちゃしたいんだー!」と叫んだ。


 叫び出すと同時に、視界はいつもの夕方。他の生徒もちらほら居た。


 僕は「女の子好き」として、瞬く間に学校中へ名を馳せました。










 





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