第36話 来たれ、元凶。来たれ、我が希望。

『明日の二十二時。お前のよく知る公園。私はそこにいるだろう』


 雲雀朧の言う公園とやらが俺にはよく解らなかった。

 公園なんてどこにでもある。

 近隣の比較的規模の大きな公園だけに絞ったとしても、選択肢は複数だ。二択にもならない。

 加えて不思議に思ったのが、俺と雲雀朧にはこれっぽっちも接点がないこと。岩座守はもうずっと因縁があるわけだが、俺はさっき出会ったばかりだ。

 『お前のよく知る公園』? 初対面の人間に電話でそんなことを伝えるものか?

 

 馬鹿げてる。

 しかし、岩座守にその話を投げかけたところ、すぐに解決することとなった。


「巻坂薫――嫌でも彼女の名前は覚えているでしょう」


「? あ、ああ」


 巻坂薫。コンビニ夜勤時代に少し交流のあった女子大生の名だ。そして、俺が超常現象というものを知るきっかけを作った人間でもある。

 「首ねじれ事件」。かつて岩座守は彼女の起こした非道な殺人事件を、そう呼んでいた。

 夜間、誰もいない“公園”で人形のようなバケモノを使役して、人を殺す。それも普通に殺すわけじゃない。首を360度回転させ、スポンと栓抜きのように頭部を飛ばして死に至らしめる。現実離れした、残虐な殺し。

 偶然その現場に居合わせてしまった俺はそれをきっかけに師匠たちと出会うことになった。

 彼女の犯行の動機は復讐だった。

 同情はできても肯定はできない。なんの関係性もない一般人を何人も殺した時点でそれは復讐の域を越えている。

 最終的に彼女自身も同じように首をねじって死んでしまった。

 誰もが不幸になった。思い出したくもない。


「それと雲雀朧がどう繋がる……いや……公園って、その公園か?」


 確かに彼女が犯行に使った大部分が公園ではある。


「そうです。その公園です。七楽さんにはまだお話していなかったことです。師匠にも話さないようにと忠告を受けていました」


 また隠し事か。岩座守の魔眼の件は仕方ないにせよ、少しげんなりするな。


「七楽さんをハブるような意図なんてありませんよ。それ以上深い場所で超常との接点を持たせないための簡単な防御策だったんです。でも、今はもう話すしかない」


 さっきも言われた。幽志朗に。まだ戻れる、非日常を捨てて日常に戻れるって。

 岩座守は間を空けて、事の真相を明かした。


「巻坂薫にあの人形型のバケモノを与えたのは雲雀朧です」


 そう言われても、なぜだか驚きはあまりなかった。


「それらしきことを師匠があの時に言ってたっけ」


『――――怪異の使役を教えたヤツがいるわけか。それは誰だ、言え!』


 当時は師匠の中でも推測の域を出ないことだったのだろう。だから明言はしなかった。でも事が終わって調査を進めるうちに、その憶測は確信へと変わった。


「実は七楽さんと最初に出会う前から、師匠から雲雀が関与している可能性を示唆されてはいたんです」


「当時の俺はまるっきり超常を知らない。必要最低限の情報しか提供しなかったのはわかる」


「俺は復讐をしようとしている。加担させる行為にどれだけの重みがあるか。師匠はきっと、ギリギリで七楽さんがどっちを選ぶか自分で判断してほしかったんだと思います」


「復讐に加担するか?」


 岩座守は頷いた。


「復讐には加担しねーよ。俺は紬希ちゃんを助けるだけだ」


 そう応えると、岩座守は苦笑した。


 ◆


【次の日 午後九時四十す七分】


 「岩座守。腕の調子は?」


「まだ違和感はありますけど、動かす分には問題なしッス」


 白く透けた髪は昨日と違ってつやがある。月光を浴びてうっすらと光っているようにも見えた。例えるなら、深海の海月くらげ


 岩座守の右腕は先の戦いで失われた。

 肩関節から上腕骨の半分が残るこの大怪我は、本来であれば病院でしかるべき処置を受けなければならない。

 それを彼は自分でなんとかした。 

 止血どころか義手の作成まで。 


「それ、どういう仕組み?」


「ただの義手ではないッス。幽志朗さんの力を模倣しました」


「いや、意味がわからない」


 既に俺たちは雲雀朧と対面する約束の公園とやらに到着している。にも関わらず、緊張感なくこんな会話だ。

 馬鹿と言われればそれまで。でも、ずっと俺たちはこんな風に仕事をやってきた。

 計画なんてあってないようなもの、その場その場で臨機応変に……悪く言えば雑に対応してきた。

 今更やめろと言われてもしっくり来ない。

 ルーティンみたいなものだった。


「幽志朗さんも俺や七楽さんと同じような特異能力者ってことッスよ」


「心が読めるのは知ってるぜ? 他にも能力があるってのか?」


 岩座守の腕を見て、幽志郎もなにか呟いてはいたけど。


「ええ。言ってしまえば物質成形能力です。……土や泥といったものから錬金術のように物をつくり出す」


 右手を開いたり閉じたりしながら岩座守は言った。


「錬金術ではないのか?」


「幽志朗の技は魔術じゃありません。分類的に異能って呼ばれるものです」


「魔術は魔力を使う。異能は魔力を使わない超常――であってたっけ?」


「厳密には違いますけど、解釈的にはそれでいいッスよ。ま、もっとわかりやすく言えば、魔術は魔力さえあればある程度は誰にでも扱えるということ。でも異能にはそれが通用しない。オリジナリティの高すぎる異能は魔術であっても完全に模倣することはできないんス」


「ふぅん。それで結局、お前はそのオリジナリティ溢れる幽志朗の異能をコピペしたと」


「そうなるッスね」


「インチキだ」


「今の俺なら、一度見ただけで模倣できるッス!」


「インチキだ……」


「しかし幽志朗にそんな力があっただなんて、知らなかったな」


「幽志朗さんは自分の力をホイホイ使うような人ではありませんから」


「心を読めるってのはすぐカミングアウトしてくれたぞ?」


「それは、やはりどこかで罪悪感みたいなものがあったのでしょう。勝手に知ることができるとはいえ、秘密にしたままってのはよくない」


「たしかに……」


「三年後とかにカミングアウトされたりしちゃあ、七楽さんキレるっしょ?」


「俺という人間を安く見積もりすぎだ」


「あはは。そりゃあ失礼」


 その数秒後、公園から音が消えた。

 ほどなくして岩座守の顔色が変わる。

 空間を裂くように、夜の闇から別の闇が生じる。


「約束どおり来たことは褒めよう。さぁ、その魔眼を渡せ」


 雲雀朧は側の闇に螺旋紬希の身体を固定して浮かせている。

 口にも拘束具がつけられており、紬希ちゃんに意識はあるものの顔はくしゃくしゃになって泣いている。


「どこまでも趣味の悪い」


「今度は、今度こそは、殺してみせる」


 岩座守は冷静でこそあるが、眼光はどんなときよりも強く、怪物を殺すためにあらゆる感情を捨てたような状態にも見えた。


「……」


 大丈夫だ。今回は俺がいる。

 万が一のときは……。

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