呪詛返しの魔術師と百奇夜行

九夏 ナナ

Ⅰ-ミュージック・カニバリズム・マンティス

第1話 宵、電子音楽の響く校舎で。

 天国のおじいちゃん、おばあちゃんお元気ですか。

 俺はわりと元気です。命を懸けて仕事をしています。

 比喩ではありません。事実です。いつ死んでもおかしくない仕事をしています。

 除霊とか、怪物退治とか、魑魅魍魎ちみもうりょうをぶっ殺すのがほとんどです。

 これは果たして労働なのでしょうか? 俺には分かりません。

 場合によっては人も殺します。一応合法です。

 これは罪なのでしょうか? 俺には分かりません。

 報酬は歩合性です。月々のお給料なんてありません。

 命懸けなのにブラック企業でしょうか? 俺には分かりません。

 何故大人になって、夜の学校にこっそり侵入するのでしょうか? ロリコンではありません。

 分からないことだらけですが、生きています。それと、最後の問いは余計でした。案外楽しくやっています。


「なにぼーっとしてんすか、七楽さん」


「悪い」


 わたくし、天河あまかわらくは普通じゃない。真っ当に生きていれば縁のない社会に入り込んでしまった異端者で、つまり、只者ではない。自称するのはおかしいことだろう。だが実際そうだ。自覚するくらいには

 世間ではとっくに空想の存在となった魔術師の弟子です。と言えば聞こえはいいが、実情は超常現象を相手に仕事をする、掃除屋だ。


『HEY! HEY! それが俺たちの運命ならばー♪』


 シンセサイザーを主体とした、ちょっと古いセンスの電子音楽が、不気味にも真夜中の校内に鳴り響く。

 俺たちはその不快極まりない音の発生源を探しに鋼戸小学校を徘徊していた。


「いや、不気味すぎ。やっぱり帰りたい」


 深夜に小学校をうろついているのも仕事の一環。不気味な音楽が流れているのも原因を突き止め、ご近所迷惑な騒音を止めるのが今回の任務である。

 決して我々が変質者なのではない。夜な夜な学校に侵入しリコーダーを舐めるロリコンとかではない。やってることはおかしなコトだが、ちゃんと許可は得ているので、そこは間違えないでほしい。


 校内は土足厳禁。だが、そんな規則も当然無視だ。靴裏についた泥土をまき散らしながらずかずかと奥へ進む。日々廊下掃除をしている生徒諸君。こればっかりは許してくれ。なんせ相手はバケモンだ。火を吹くかもしれんし、地面から針山でも作り出すかもしれん。律儀にスリッパ履いて相手しちゃあ命がいくつあっても足りんのだ。


「懐かしいな~。小学校なんていつ以来っスか? いや~、思ったより教室小せえなぁ~」


 隣を歩く男は、怪異に怯えることなんてなく、肝試しみたいな感覚で今を楽しんでいた。


「余裕なこったね」


 音は遠くなったり近くなったりを繰り返している。廊下を縦横無尽に駆け回るように移動を繰り返している。捉え方によっちゃあ、ルアーフィッシングの要領で獲物をおびき寄せているように、一定の距離を保ちながら。


「へっへーん。そりゃ七楽さんよりは慣れてますよ」


 なーんて余裕をこぼしつつ隣を歩く男は、岩座守いさりがみ鷹彦たかひこ。相棒と言えばいいのか? ともかく、仕事の同僚である。

 黒髪に金メッシュ。如何にもチャラそうな雰囲気。タンクトップにじゃらじゃらとした十字架やら髑髏の装飾品に身を包み、今から怪物退治をする格好とは思えないが、これはいつものこと。


『HEY! HEY! 魂燃やしてー!空を飛ぶッ♪』


「うーんやっぱり怖い」


 体は勝手に震え上がる。肩はビクビク上下に揺れ、歯はカチカチと音をたてる。いくら専門家とはいえ、夜間の校舎はやはり怖い。光なんて一切ないし、照らせるものはスマホのライトだけ。廊下はずっと先まで続いているけど、そのほとんどが暗黒で、施錠された教室の中も何も見えない。教室と廊下を隔てる壁が曇りガラスなのもポイント高い。余計何者かに見られているような錯覚に陥るし、当然こちらの視界は狭まる。似つかわしくない爆音の音楽がほとんどのノイズを打ち消すように鳴り響くだけ。体感温度も自然と下がるってものだ。


「随分乱雑な歌詞ッスね。作詞者の安っぽいセンスが垣間見えるっつーか」


 否定はしない。歌詞がまるで繋がっていなかった。魂燃やしたら空飛んだり、雨の中走ってたら急に水槽の中だったり。流れてくる音楽は派手でガツガツ勢いだけに任せてるような歌だった。昼に聴く分ならまだしも、今は夜中の十二時だっつーの。今からテンション上げてどうする。


「平成初期とかはこんなのが流行ったんだろ。知らんけど。もしくは本人の趣味だろ」


 それなりに有名だったのかもしれないが、平成末期世代の俺たちからしちゃ、何の思い入れもない曲だ。


「アハハ!ダセー!小児向けアニメの主題歌とか?」


「さぁな。だが、小児向けアニメを馬鹿にするな。あれはあれで、王道だし面白い」


 真面目に答えたのに、どうしてか岩座守は失笑しそうだ。


「あぁ、そうでした」


 七楽さんってそういうの好きでしたね。なんて目で見る。おいやめろ。アニメは日本の文化の極みだぞ。数十年前こそ大人たちやマスコミは「アニメなんて幼稚」って考えのヤツが多かったが、世代交代した今ではそんな考えとっくに失せただろ。


「これは主題歌でもなんでもねーよ。一時期バラエティ番組の挿入歌とかで流行っただけだ」


 スマホに音楽を聴かせると、数秒待ってその曲名が表示される。検索機能も随分進化したもんだ。音割れしていようが判別してくれる。

 岩座守に画面を見せると、興味なさげに「おー」と声を漏らした。


「問題なのは、どうしてそんな曲が真夜中に流れているか、だろ?」


「ガキンチョの夜更かしってオチならいいんですけどねー」


 とか言いつつ、岩座守の手には物騒なものが握られている。お巡りさんが見たら即座に応援を呼ばれて四方八方囲まれることだろう。

 はい、違法行為です。通常なら密輸した瞬間にバレてお縄。一般人がハジキを所持できるはずがない。

 だが、我々は一般人じゃない。警察やヤバい組織ともずぶずぶに癒着している。残念ながら、この程度は雑作もない。

 銃口には申し訳程度にサイレンサーを取り付けてある。夜中の校舎で銃声が聞こえる方が、騒音騒ぎよりよっぽど問題だからな。


「発砲は最小限にしてくれよ。この前みたいに壁に弾丸が残っていました~なんてのは――――って言った側からやる馬鹿がいるか!」


 先行して廊下を歩いていた岩座守が、爆音の音楽と共に異形を目撃した。そして間髪入れずに発砲する。だが残念。弾は影にかすりもせず、奥にあった窓ガラスを突き破った。


「あぁ、まったく!」


「見つけたぜッ!」


 チンピラっぽく、ひゃっはー!と、そのまま彼は廊下の角を曲がって暗闇へ消えた。やめてほしい。怪物を追い込むチャラ男とか洋画の死亡フラグじゃねぇか。

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