三四章 力の仏
男子とも女子ともつかない中性的な美しい顔立ち。小さな体を見慣れないゆったりした服装に包んでいる。どう見ても、このような山の
しかし、立っているだけで見て取ることの出来る気品ある物腰。その姿はまるで、人里はなれた寺院で生涯、神に仕える神官のようにも見えた。
「よくぞ、おいでくださいました」
「あなたが目覚めしもの?」
そう問いかけるアーデルハイドの声がめずらしくとまどっているのも無理はない。
――人は見た目ではない。
よく言われる言葉だが、それにもしてもやはりこの
「いいえ、ちがいます。ぼくは目覚めしものではありません」
――でしょうね。
アーデルハイドたち全員がそろってそう思った。
「ぼくは目覚めしものの
「しきがみ?」
はじめて聞く言葉にアーデルハイドが首をかしげた。
「
「風呂⁉」
チャップがはしたないほど嬉しそうな声をあげた。自分でもすぐにそのことに気付いて口を押さえ、顔を真っ赤にしたが、そう叫びたくなるのも無理はない。それぐらいここに来るまでの道のりは大変なものだった。
「食事の用意もしてあります。風呂からあがりましたらお召しあがりください」
食事の用意。
そう聞いた途端――。
チャップの腹が恐ろしく健康的な音を立てた。
チャップはまたも真っ赤になったが誰も責められないだろう。地獄のよう山道を
「目覚めしものは『訪れたいものはいつでも来るように』と言い残していたと聞いたのだけど」
「ええ、その通りですよ。
アーデルハイドの言葉に
「その割には人を寄せつけない場所に住んでいるのね。あの道のりは目覚めしものに会うための試練と言うこと?」
「いえ、そう言うわけではないのですが……」
「あなた方が体験した苦難は単なる自然現象なのですよ」
「自然現象? あれが?」
チャップが思わず『嘘つけ!』とばかりに言ってしまった。失礼な態度にはちがいながあの苦難を思えば無理もない。
「この山は
――ああ、なるほど。
「ですから、
苦笑せずにはいられない、と言うことなのだろう。
「自分が平気で
「平気で
チャップがさすがに、あきれた声を出した。
「それは、目覚めしものだからと言うこと?」
アーデルハイドの問いに
「いえ、あの方は目覚めしものになられる前からそうでしたよ」
「なる前? 生まれつきの目覚めしものではないと言うこと?」
「ええ。あの方は修行を重ねることで目覚めしものとなられたのです」
やがて、風呂場に着いた。
アーデルハイドたちは雪に濡れた服を脱ぐと体を洗い、
「お着替えはこちらに。皆さまのご衣装は洗濯しておきます」
アーデルハイドたちは風呂からあがった。乾いたタオルで体をふき、用意されていた服に着替えた。
――ああ。乾いた服を着られるのがこんなに贅沢なことだったなんて。
三人ともにそう思った。
それから、食事をご馳走になった。『
「心のこもったおもてなし、感謝いたします。世話になっておきながらさっそくで失礼かとは思いますが……」
アーデルハイドが口調を改めて
「目覚めしものに会わせていただけますか?」
「もちろんです」
「
「お務め?」
「この山の邪気を払うのですよ」
「邪気を払う?」
「実際に見ていただいた方が早いでしょう」
同時はそう言って立ちあがった。
案内された庭は雪山の
楽園。
まさに、そう言いたくなるような場所だった。
そのなかに、ひときわ大きく古い木があった。その前には小山が盛られていた。いや、『小山』と思えたのは一瞬の錯覚で、それは一個の生物の肉体だった。ただ、その肉体の放つ気があまりにも大きく、濃密なものだったので一瞬、小山と思ってしまったのだ。
それぐらい、巨大な肉体だった。
その生物は巨木に向かって、大きく腰を割った姿勢で立っていた。両足をまっすぐ横に伸ばし、
恐ろしく大きな肉体だった。頭部は一抱えもある巨岩のよう。その頭を支える首は千年を
この肉体の前では、かの
ふいに――。
その肉体が動いた。
その巨体からは考えられないほどに軽々と足がもちあがった。それに連れて上半身が横に倒れ、ほとんど地面と水平になった。もちあげられた足はまっすぐに天を突いている。
――この巨体がこんなにも柔らかい仕種が出来るのか。
そう思わせる仕種だった。
突然――。
天を突いていた足が振りおろされた。轟音を立てて、足の平が地面に打ちつけられた。地鳴りか響き、大地が揺れた。それぞれに戦士としての訓練を受けているアーデルハイド、カンナ、チャップの三人がそろってよろめいた。雑に作られた掘っ立て小屋程度ならこの一撃で崩れ去っていたにちがいない。それほどにすさまじい衝撃だった。平然としていたのは
逆の足がもちあがった。体が逆方向に水平に倒れ、足が天を突く。そして、また、地面目がけて振りおろされる。
轟音。
地鳴り。
地響き。
それが交互に繰り返された。
「
「しこあし?」
「はい。ああして地面を踏みつけることで、その地に住まう邪気を追い払うのです」
――邪気を追い払う? あんなことで?
そう思わなかった言えば嘘になる。しかし――。
その
「この
「それぞれの庭が
幾度か
ふうう~、と、長く太い息を吐く音がした。どうやら、『お務め』が終わったらしい。その巨大な肉体からはまるで真っ赤に熱した金属のように
その生物がまっすぐに立った。振り向いた。一糸まとわぬ姿をアーデルハイドたちに見せつけた。にかり、と、その顔が笑った。
それは、人だった。
頭に角はなく、口に牙も生えていない。その特徴からすればまぎれもなく人間。しかし、その肉体はいままでに見たどんな
「よくきた」
その生物が言った。
アーデルハイドたちがなにをしてに来たのか、なにを望んでいるのか、すべてを承知しているかのような物言いだった。
「わしが目覚めしもの。力の
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