三〇章 クレタが食べられる⁉
「ええ、その通りよ。どう? すごいでしょう? 最高の栄誉なんだから」
「す、すごいでしょうって……」
クレタが
それと聞いたアーデルハイドたちはすぐに集落にとって返し、クレタに確認した。そのときのクレタの反応がこれだった。澄ました笑顔でポーズまで作り、得意満面に肯定してのけたのだ。アーデルハイドはそんなクレタをじっと見つめ、カンナとチャップはあきれていいのか、おののいていいのかわからないといった様子で表情をコロコロかえている。
「あ、あなた、本当にわかってるの? あなた、食べられちゃうのよ? 食べられちゃうってことは、ひょっとしたら死んじゃうのよ?」
「ひょっとしてなくしても死ぬわよ。当たり前じゃない」
泡を食って質問するカンナに対し、笑って答えるクレタだった。
「あ、当たり前って……ねえ、本当にわかってる? 本当に食べられちゃっていいわけ?」
チャップのその問いに――。
クレタははじめて眉をひそめて見せた。
「あなたたち、どうしてそんなに『食べられる』ことを問題にするの? もしかして、あなたたちは誰にも食べられないわけ?」
「当たり前でしょ! 人間は誰にも食べられたりしないわよ!」
「ひどい!」
同時に叫んだカンナとチャップに対し――。
クレタはそう叫んだ。恐怖の表情を浮かべながらの悲痛な叫び。カンナたちにとってはあまりにも意外すぎて
クレタはそんなふたりに向かって強く語った。
「誰にも食べられないなんて……それじゃ、そのうち歳をとって、醜くなって、地面に打ち捨てられて、ちっぽけな虫けらたちに食べられて終わりってことじゃない。わたしはそんな役にも立たない死に方はゴメンよ。わたしたちは鬼に食べられることで鬼の一部となり、生まれかわる。小さくてか弱い人間の体を脱ぎすて、鬼の体の一部となるのよ。
この
こんな素晴らしいことがある?
だからこそみんな、より強い鬼に食べてもらえるように自分を磨くのよ。
まして、
少しでも魅力的に映るように。
少しでもおいしく見えるように。
少しでも欠点があったらだめ。かすり傷ひとつあったってだめ。すべてが完璧でなくちゃいけない。わたしだってそのために死に物狂いの努力をしてきたんだから。そして、やっと、この栄誉をつかんだのよ。わたしを友だちと思うならそのことを祝福して」
クレタのその言葉にはアーデルハイドも、カンナも、チャップも、なにも言えなかった。クレタの両親や友だちにも話を聞いたが皆、同じ反応だった。
「ああ、もちろん、クレタが
「
「クレタに決まっちゃったのは残念だけど……でも、仕方ないわよね。あの子は生まれたときから本当にきれいで、おいしそうだったから」
「ずっと、真剣に努力してきたしね。くやしいけど、クレタに負けたなら納得だわ。こうなったら、大役を立派に勤めあげてくれるよう祈るだけだわ」
「でも、やっぱり、うらやましぃ~」
「そうよね。うらやましいわ。でも、あたしたちだってまだ機会はあるわ。来年こそ、
「おおっー!」
誰に話を聞いてもそんな調子で、誰ひとりとしてカンナやチャップの望む反応を示す人間はいなかった。
集落の
「なんで、人間を食べることを隠していたのよ あんなに仲良さそうに見せたりして……」
「隠してなどおらん。当たり前のことじゃからわざわざ言う気にならなかっただけじゃ。それに、
「感謝って……!」
カンナはなおも詰め寄ろうとした。アーデルハイドはそんなカンナを制し、自ら質問した。
「ひとつ、確認しておきたいことがあります。あなたたちは人間を食べてきた。これからも食べつづける。そのおつもりですか?」
「むろんじゃ」
「人間を食べることをやめるつもりは?」
「ない」
アーデルハイドの質問に――。
迷いなく断言するスモオである。
「人間でなければいけない理由があるのですか? 他の生き物の肉ではだめなのですか?」
「むろん、『生命を繋ぐ』と言うだけのことなら他の生き物の肉でも問題ない。じゃが、わしらは鬼。鬼は人間を食うもの。そのように生まれ、そのように進化してきた。
人を食うから鬼なのじゃ。
人を食うことをやめるのは、鬼であることをやめること。
そんなことは出来んし、する気もない。やめさせたければ力ずくでこい。我らを襲い、皆殺しにし、力でやめさせてみるがいい」
「なんとかならないんですか⁉」
一通り、話を聞いた後、カンナはたまりかねてそう叫んだ。その叫びに対し、アーデルハイドは静かにかぶりを振った。
「わかっているはずでしょう、カンナ。わたしたちは、わたしたちを襲うかんなぎ部族との戦いだけで手一杯。文明化され、遙かに強力な存在であるかんぜみ部族まで敵にまわすことは絶対に出来ない。そんなことをすれば、わたしたちが滅ぼされる」
「それは……」
「そもそも、本人がその状況を望んでいるのに、わたしたちが口出ししようもないでしょう」
「で、でも、やっぱり、おかしいですよ。食べられることを望むなんて……」
チャップの言葉にアーデルハイドは小首をかしげた。
「そんなに、おかしいことかしら?」
「おかしいです!」
カンナとチャップは口をそろえて叫んだ。
アーデルハイドはそんなチャップに向かい、冷静に質問した。
「それなら、チャップ。あなたはなぜ、騎士になったの?」
「えっ?」
「なぜ、騎士になったの?」
「そ、それは……他の人たちを
「
「え、ええ……」
「それなら、クレタも同じでしょう。あなたが自分の生命をすてて騎士となったように、クレタも自分の生命をすてて鬼の一部となることで、他の人々を守る力になろうとしている。それを『おかしい』と言うことはできないでしょう」
「で、でも……」
「とにかく。本人が『助けて』と言ってこない限り、部外者であるわたしたちがどうこうすることは出来ないわ。残念だけど……受け入れるしかない』
アーデルハイドのその言葉に――。
チャップがうなだれるなか、カンナはギュッと拳を握りしめていた。
その夜。
カンナはクレタを集落の外に呼び出した。人目につかない場所でふたりきりで話をした。
「なんの用なの、カンナ?
「あなたの本当の本心を聞きたいのよ。建前なんかじゃなく。食べられて死んじゃうことが本当にいやじゃないの?」
「また、その話?」
クレタはうんざりした口調で言った。
「
クレタはそう言って家に帰ろうとした。カンナの視線のなかでクレタの後ろ姿が小さく、遠くなっていく。この姿はもう見られない。間もなく、クレタは切り刻まれ、料理され、皿に盛られ、
ダメ!
カンナの心が叫んだ。
そして、思い出した。
『かすり傷ひとつあったってだめ』
クレタのその言葉を。
だったら――!
カンナはその場に落ちていた枝切れをひろった。駆けた。クレタの眼前でその枝をふるった。鋭い音を立てて枝先がクレタの頬を裂いた。皮膚が破れ、血がしぶいた。
恐ろしい絶叫が響いた。
クレタの絶望の叫びだった。
クレタは頬の傷を手で押さえながら、狂ったように叫びながら駆け戻っていく。その姿を見て、カンナは思った。
――これでいい。
これで、クレタは
「……きっと、わかってくれるときがくる」
翌日。
カンナが聞いたものは、クレタが
そして、見たものは――。
自ら首を吊り、生命を絶ったクレタの死体――。
第五話完
第六話につづく
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