一一章 羅刹隊、出陣!
「
その報告を受けて――。
場の雰囲気は一気に歴戦の武人たちの集まりとなった。
「それはちょうど良い」
ニヤリ、と、不敵な笑みと共にジェイが言った。
「我ら
ジェイはアステスにそう尋ねた。いかにジェイが諸国連合軍の総将であり、アステスの上に立つ身とは言え、この地の警護責任者はあくまでもアステス。そのアステスを差し置いて自ら判断するような真似をすればそれは明らかにアステスの指揮権を侵す振る舞いであり、越権行為。だから、ジェイは筋を通すために許可を求めたのだ。もちろん、アステスには否やはない。
「もちろんです。お任せします、ジェイ総将」
「ボクも行くよ! カナエにいいところを見せたいからね」
シルクス王女サアヤが力瘤を作りながら言った。
「あなたが……ですか?」
ハリエットが戸惑った声をあげた。サアヤはどう見てもまだ一六、七の女の子。体が大きいわけでもない。この年頃の女の子としてごく普通の体格だ。そんな女の子が
しかし、サアヤは自信満々の笑顔で答えた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ボクは腕には自信があるんだ。国にあるお寺でみっちり拳法の修行をしたからね。格闘戦だったらジェイ総将にだって負けないよ」
「なにを馬鹿な……」
アステスが失笑した。
ジェイと言えばレオンハルトでも五本の指に入ると言われた剣士。
――そのジェイ総将に負けないなんて……。
アステスから見れば世間知らずの小娘の
しかし、そんなアステスの思いを知ってか、ジェイが答えた。
「事実だ。実際、一度、手合わせして負けている」
「ジェイ総将がですか⁉」
ハリエットとアステスが同時に叫んだ。ふたりとも『信じられない!』と、目を丸くしている。ジェイは静かにうなずいた。
「はい、陛下。完全な敗北でした。剣の勝負ならばいざ知らず、格闘戦に限ればサアヤ殿下に勝てる気はしません」
「ジェイ総将が……」
いまだ信じられないアステスが呆然と呟いた。
「でも……」
と、カナエが遠慮しがちに発言した。
「サアヤさまは戦場には出られない方が……」
「わあ、カナエ、ボクを心配してくれてるんだ。優しいなあ。でも、だいじょうぶ! カナエがまっていてくれる限り、ボクは絶対、帰ってくるからね」
「サ、サアヤさま……!」
サアヤはカナエを抱きしめ、
「ごほん、ごほん、ごほん!」
ハリエット、ジェイ、アステスの三人はそろって幾度となく咳払いしたのだった。
防壁の前に
一糸乱れぬ見事な陣形。微動だにしないその姿はまるで、作り物の人形を並べているのではないかと思わせるほど。急な敵襲、しかも、この地に到着してすぐ、これほど完璧な陣を築ける。それはまぎれもなく
部隊は五つ。
前衛右翼にオグルの
前衛左翼はシルクス王女サアヤ率いる軽格闘兵五千。こちらは各国の混成兵であり、力よりも機動力重視の部隊である。
その後ろに控えるのが総将ジェイ自らが率いる本陣三万。さらにその後ろにポリエバトルの
さらにその後方、防壁前にはアステス配下の一騎当千と重装歩兵が後退支援のために待機している。
そのアステスは指揮を執るため防壁上にいる。その横にはハリエットとカナエ。ふたりとも、
その陣を目がけて
激突した。
真っ向から。
それが
しかし、
人と人との争いなど一切、想定せず、
前傾姿勢を取って両足を地面に踏ん張り、
えぐる、
えぐる、
えぐる!
扱うために間合いを必要とする剣や槍では不可能なその攻撃。まさに、そのためのかぎ爪。ザクザクと音を立てて筋肉が断ち切られ、血が噴き出す。さしもの
「突撃!」
前衛が
「……すごい」
防壁の上から戦いを見届けている国王ハリエットが呟いた。
「
「はい。予想以上の仕上がりです」
アステスもそううなずいた。
格闘兵たちのなかでもジェイとアルノスの奮闘振りはやはり、群を抜いていた。ふたりとも体力にものを言わせて
そのふたり以上に目立っていたのは誰あろう、シルクス王女サアヤだった。
サアヤは人間とは思えないほどの敏捷性を発揮して
「……すごい。あんな若い女の子が
「え、ええ……。身が軽いのは見た目の印象から感じていましたが、まさか、あれほどの攻撃力をもっているなんて。あれなら、確かにジェイ総将に勝利したというのもうなずけます」
ハリエットの言葉にアステスもうなずいた。かの
「あの体格からは信じられない攻撃力。よほど質の良い筋肉をもって生まれてきたのか、みっちり学んだという拳法が優れているのか、その両方なのか。ともかく、尋常な人物ではありません」
「ええ……って、いま、味方を殴りませんでしたか⁉ ああ、また! 蹴り飛ばした!」
「……すみません。あれが、サアヤさまなんです」
ふたりに並んで立つカナエが恥ずかしそうに身を縮めて言った。
「……サアヤさま、強いことは強いんですけど、戦場に出るとまわりが見えなくなってしまって……『動くものはすべて敵!』状態になってしまうんです。だから、心配したんですけど。その戦い振りからついたあだ名が『災厄の脳筋格闘王女』ですから」
「災厄の……脳筋格闘王女」
「
ハリエットが目を丸くし、アステスもうなずいた。
サアヤという、果たしてどちらにとって災厄なのかよくわからない存在がいながらも、
「突撃!」
スミクトル伝統の鎧兜に身を包み、身長よりもずっと長い槍を構えた長槍兵たちが地響きを立てて突進していく。得意の強襲を受けとめられ、打ち砕かれ、怯んでいる
勝敗は決した。
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