31. ニンシンさせるようなことはする

 一瞬にして愛想美の顔は真っ赤に染まり、ふわふわの髪が逆だった。立ち上がり、今にも星多に殴りかかろうかという勢い。


「あんた、おかしくなった!? 突然、なに関係のないこと言ってるの?」

「いや、駄目だな、結婚じゃ、弱い……そうだな、俺の子供を産むっていうのはどうだ?」

「ほふうっ……」


 変な吐息を漏らして、愛想美は腰が抜けたかのようにストン、とその場にへたり込む。膝を抱え込んで体育座り。長い髪の毛が小さな身体を包みこんで隠す。


「なあ、愛想美、お前の協力が必要なんだ」

「ちょ、あのね、星多ね、あのね、あたしね、ちょっと待って、あのね、ええと、あたしまだ成長期終わってないと思うのよ」

「いやもう高校二年生だし」

「そ、そこは個人差だから、ほら骨盤のあたりとかもう少しこう、成長しないと難産になると思うの」


 髪の毛にくるまれた小さな塊がぼそぼそと言う。


「だ、だからね、あのね、もう少し待ってもらいたいなー、とか。いやまあ、ほら、ヒ、ヒ、ヒニン? いやあたしそゆの全然わからないけど、知らないけど、きっとコウノトリなんだけど、でもやっぱり今はまだそゆのが必要なんじゃないかなーって思うのね……」


 小さな体躯を覆うふわふわな髪の隙間から、腕だけがぴょこん、と飛び出して、フローリングにのの字を書いている。


「お嬢様、何をおっしゃっているのですか」


 静かにツナがいう。


「な、何って、その、あの、わかるでしょ?」

「お嬢様、子供というのは、神様が神無月に出雲に集まって相談して、その結果、頃合いを見計らってキャベツ畑から生えてくるものです。お嬢様の身体は確かに小さいですが、その分大きなキャベツを用意すれば問題ございません」

「え、そうなの、初めて聞いたわよ、コウノトリじゃないの?」

「キャベツです」


 きっぱりと断言。


「明日近くのスーパーで特売やりますので、九八円でキャベツを買って参りましょう」


 星多は思わず大声で、


「子供はスーパーのキャベツから産まれてくるんかい!」

「なるべく無農薬がよろしいですよ? 赤ん坊を取り出したあとのキャベツは炒めて回鍋肉にするとおいしいです。赤ん坊のダシとかその他いろいろがでてますから。あ、そういえば明日は回鍋肉にしましょう」

「そんな話聞いてからだと食いづれえよ……いや、なんの話してたっけ」

「時速六十キロで走る自動車の窓から手をだすとおっぱいと同じ感触という話です」

「そんな話じゃねえよ! ……え、それまじで? いや待って、その話はまたあとで」

「では、小僧が何か作戦を思いついた、という話ですか?」

「わかってんじゃないですか……。おい愛想美、嫌なのはわかるけど、ほんとにニンシンさせるわけじゃねえからな」


 言われて、愛想美は、


「え、そ、そうなの? で、でもニンシンさせるようなことはするってことでしょ?」

「しないよ! そんなことはしねえし、キャベツも買わねえよ」

「あたしは一応無農薬なんだけど」

「食用じゃねえだろ」

「あたしだって女の子なんだから、男にとっては食用といえ、る、かも……ってバッカじゃないの、何言わせてるのよ、うわっ、きもっ! 我ながら今のはきもかったわ、ちょっと反省してくる」


 愛想美はまたもや身体をまるめて自分の髪の中に引きこもった。

 まあいい、放っておこう。

 星多は、髪の毛団子になった愛想美に背を向け、今度は凛々花に言う。


「凛々花先輩、大事な話なんですけど」

「う、うん……」


 顔をあげた凛々花の頬は、少し涙で濡れていた。でも口元は少しほころんでいる。いまほどのツナや愛想美とのやりとりで少し笑ってしまったみたいだ。

 かつて憧れていた先輩、そして今は星多が何をしてもいい立場のメイドになった少女は、でも、それでも純真さを失わない瞳を星多に見せてくれる。

 黒い真珠のような瞳が放つ、奥深い光、輝き。

 それは、あまりにも美しすぎる宝石であった。

 ああ、先輩、俺、やっぱり、凛々花先輩のこと、大好きです。

 だから……、だからっ!

 ばしぃっと床に手をつき、星多は頭を下げた。

 背筋をのばしたまま腰を深く曲げ、額を床にべったりとつける。

 それは、あまりにも美しすぎる土下座であった。


「先輩、三十万円、ばあちゃんが払うんで、俺ととりあえず三回、お願いします!」

「へ? さ、三回って……」

「えーと! 三発ってことです! 三回発射させてくださいってことです!」


 ごろごろごろ、ともふもふの髪の毛ボールが転がってきた。そいつは星多の直前一メートルで宙へ飛び、そのまま星多の背中に向かって攻撃をしかけてきた。

 それは、あまりにも美しすぎるトペ・スイシーダであった。メキシコのプロレスラー顔負けだ。

 土下座していたので、愛想美の体当たりをくらって額をガツンと床に打ち付けてしまう。


「いってぇ……!」

「痛いじゃないわよ、こ、こ、この……汚い……おぞましい……発情……」


 怒りに打ち震えて、溢れ出る感情をうまく言葉にできないのか、愛想美はとぎれとぎれに言葉を放つ。


「この……最悪……なんでこんな奴……獣以下……種馬……ロードカナロア……」

「ロード……? なんだそれ」

「種付け料千万円の競馬の種牡馬。パパがこないだ馬主資格とった時に話してたの。少なくともあんたよりは価値のある生き物ね。で、まさか今の、本気で言ったわけじゃないわよね? あんた、なんか作戦あるわけ?」

「あ、ああ、一応な……」


 四人車座になる。

 そこで改めて星多は思いついた作戦を話し始めた。



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