22. おっぱい祭り

「ごめんね、星多君……私、料理すごく苦手なの……チョコは隠し味のつもりでいれたんだけど、多すぎたみたい」


 午後の勉強の時間は、凛々花が家庭教師として星多の隣に座っていた。


「昔から、お母さんにごはんの作り方くらい覚えなさい、って言われてたのに、そのうちそのうち、って思ってたら急にこういう仕事を始めることになっちゃって……」


 星多としては、そんなに凛々花を責める気にはならない。

 高校を中退して住み込みのお手伝いさんの仕事をやることになるとはまさか本人も思っていなかっただろうし。

 高校生の本分は勉強であって、実際凛々花は全国模試でも優秀な成績を修めていた。

 そんな凛々花が学業を諦め、お手伝いさんをしているってのは……。

 凛々花先輩はどんな気持ちなんだろう。ほんとは、高校生に戻りたいんじゃないか。そりゃそうだよ、十七歳の女子が、女子高生という肩書きを捨てて、あんな倫理的におかしいばあちゃんが支配するこの家で住み込みなんてしたくないはずだ。

 こんな、メイド服なんて着せられて、かつての後輩にメイドとして仕えて。

 いかん、駄目だ、そんなことを考えても星多にはどうしようもないのだ。

 片想いの女子に向ける特有の、にへら、という笑顔を作って、星多は凛々花を慰める。


「いいですよ、料理とかこれから覚えればいいじゃないですか」

「そうだよね、もう私は学生じゃないんだし、お料理も仕事なんだから!」


 もう学生じゃない、という、元書道部の先輩の言葉が星多の胸にチクリと刺さる。

 考えるなってば、俺にはなにもできないんだって!

 所詮星多はまだ高校生のガキにすぎない。

 一応この家の暫定跡継ぎ(ばあちゃんのあの話はどこまで本気なんだろう?)とはいえ、凛々花のためになにができるわけもない。

 せめて、凛々花のこの家での生活が、少しでも悪くないものになるよう努力するだけだ。


「先輩、じゃ、早速勉強教えてください! 数学がいまいち苦手で……」

「医学部合格しなきゃなんだもんね。数学は強化しなきゃだよね」


 昨日と同じく、勉強机に向かう星多の隣に座る凛々花。

 そうだ、俺の成績が落ちたら凛々花先輩の責任にされるかもしれない。

 俺のせいで、凛々花先輩の待遇が悪くなったりしたら大変だ。

 今できること、それは勉強することだ。

 苦手な三次関数、でも今の星多ならできる。今や星多は数学の鬼と化しているのだ。

 星多は強く決心して、参考書とノートを開く。

 そして次の瞬間、その決心は消え去った。

 なぜなら、ノートを覗き込むようにして星多によりそうクラシカルメイドの、なんだかわからないけれど、なんだろうこれ、なんか知らないけどちょっと柔らかな身体の部分が、腕に押しつけられたからだった。

 三次関数なんて多感な男子高校生の脳内から跡形もなく消え去り、代わりにπ、という記号がとびかった。

 πだパイだパイだオッパイ祭りだやっふふーい!

 ああ、服越しとはいえ、感覚の鈍い上腕二頭筋のあたりとはいえ、あの、あの! 全校生徒の憧れだった、あの凛々花先輩の胸を! 今ッ! 俺は感じているッ!

 この感触は、うむ、間違いない。朝方かいま見たアレだ。花柄ブラジャーの下でほのかに花開いていた、十七歳女子のささやかな膨らみ。

 数学? そんなの別に人生にいらなくね? っていうか人生に必要なもんなんて、これ以外存在しないんじゃね? パイさえあれば人生すべてがうまくいくんじゃね? 

 と、いうようなことを脳味噌の原始的な部分が叫ぶ。


「星多君、どうしたの?」


 胸をおしつけたまま、凛々花が耳元で囁く。

 吐息が耳たぶにかかり、ゾクゾクゾクッ! と星多の背中に震えが走った。

 なにこれどういうこと? 俺の状況把握能力の限界を軽く飛び越えてるんですけど?

 星多は素人が製作したできそこないの3DCGモデルの動画のようにぎこちない動きで凛々花の方に顔を向ける。

 距離十センチ、近すぎて二重に見えるほどの場所に、凛々花の顔があった。

 赤く上気した凛々花の頬。長い睫の一本一本まで見える。

 やべえ、これ俺、惚れられてるんじゃね?


「なにしてもいいぞ」


 ばあちゃんの声が頭の中でリフレイン。

 そう、なにしてもいいのだ、しかも本人がOKサイン出してるっぽいし、母さん、俺、凛々花先輩と一緒に大人になります。


「せ、先輩……」

「ん?」


 と首を傾げて笑う先輩の目はとても綺麗で輝いている。

 だが、次の瞬間。

 ノックもなく部屋のドアがいきなり開いた。

 壊れたかと思うほど大きな轟音とともに。

 星多と凛々花、二人は見た。

 お姫様を。




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