【完結】花舞う星の雪遊び ~幼馴染は義妹になるし、元憧れの先輩は俺のメイドになっちゃって、クール系ドS下ネタ女子と一緒になって全員俺の貞操を狙ってくるんだけど~
羽黒 楓
1. 美少女は。
二年前。
中学三年生の夏。
男子中学生であれば誰でも経験するように、毎日毎日その少女のことを考え、ベッドの上で身悶えたり、その子とのエッチな行為を妄想しては自己嫌悪に陥ったりした。
端っこに小さくその少女が写っている写真のデータをどうにか入手し、スマホやPCに取り込んで大事に保存してみたり。
あーもっとはっきり写った写真がほしーなーと思いつつ、夜な夜なその写真のデータを呼び出しては、少女の小さな姿を脳内拡大レンズと脳内再生ソフトをつかって脳内アップコンバートし、解像度の低いただの静止画を脳内フルHD動画にまで変換してうっとりと眺めるのだ。
片思いを募らせて、星多の心と身体はぼろぼろになりかけていた。
走りだした恋心はもう止まらない。
悩みぬいた末、星多はひとつの大きな決断をくだした。
夏休み最初の日、星多はついにその少女を家の近くの公園に呼び出したのだ。
夏の太陽がぎらぎら輝く中、三十分前に待ち合わせ場所につくと、彼女はすでに公園のけやきの木の下に立っていた。
こんなにも暑いのに、汗一つかいていない。
星多に気がつくと、いつもの冷たい視線、冷たい表情で星多を見る。
少女は、成長期の途中だった星多よりも少し背が高い。
その背筋をピンと伸ばし、美しい姿勢を保ったまま、彼女は無言で星多の顔を見つめた。
まるで人形のフリをしたパントマイムの芸人のように、ピクリとも身体を動かさない。
精巧にできた作り物にすら見えた。
気温は三十度を越えようかというのに、彼女の周りだけ冷気が覆っているかのような、そんな涼やか――いや、冷ややかな佇まい。
見るだけでこちらの心が切断されてしまいそうな鋭い美貌はいつもどおりで、星多は意を決して彼女に近づく。
「あの、ユキさん!」
「……必ず来るように言われて来てみたけど……なにかしら。私、暇ではないのだけれど」
声まで冷たい。
親友はよく言っていた。ユキは雪というより、氷だ、と。
なんでもいい。
その美しさに恐怖さえ感じさせるユキの手で凍死させられるというならそれも本望だ、そう思って星多は大声で叫ぶ。
「俺、ユキさんのことが好きです! ユキさん、俺と、付き合って下さい!」
純情中学生のあまりにもまっすぐないきなりの告白に対しても、ユキは冷たい表情をぴくりとも動かさない。
セミの鳴き声が二人に降り注ぐ。
夏の熱い風。
汗の粒がだらだらと星多の額を流れていく。
それを見ているのかいないのか、冷気を含んだ視線を星多に向けるユキ。
しばらくして、ユキが口を開いた。
「好きなものや人のことを、きちんと好きって言えるのは、素敵なことだと思うわ」
あまり抑揚のない、氷で出来た刃物のような声。ユキは淡々と続ける。
「同じように、私は好きじゃないものや人のことを好きとは言わない。だから、私はあなたのその言葉に何も応えられない。二度と、そんなこと言わないで。こういうとき、告白された方はごめんなさいとか言うのかしらね。でも、忙しい中時間をとられたのは私の方だし、私は謝らない。好いてくれてありがとうその気持は嬉しい、くらいの社交辞令は必要かしら? でも、私は思ってもいない感謝の言葉を口にはしないわ。私が言えるのはそれだけ」
容赦のないユキの言葉に、星多は身じろぎ一つも出来ず、ただ俯くことしかできなかった。
背中のあたりがじんじんと痺れている。ほんとに凍りついてしまったのかもしれない。
もう太陽の熱さも感じられなくなってしまった。
喉の奥の奥で、何かトゲのようなものが暴れまわっている。
寒い、痛い。
星多が自分の返事に打ちのめされてぴくりとも身体を動かさなくなったのを確認して、ユキはやっぱり冷たい声を発する。
「もう用はないわね? 私はないわ。それじゃ、私はまだやることが残っているから。今日はとても忙しいの」
そしてくるりと星多に背を向け、スタスタと去っていく。
予想はしていたけれど、星多はこれ以上ないくらいきっちりとフラれてしまったのだった。
「あの、忙しいところ、すみませんでした!」
ユキの背中にそう叫ぶと、星多は脇目もふらずに家にむかってダッシュして、あとはその後その夏休みをどう過ごしたのかまったく記憶にない。
ああ、女の人ってこんなにも男の心を冷えさせることができるのか。
ユキさんは、ほんとに氷でできてるのかもしれないなあ。
――美少女は、氷だ。
星多はひとつだけ、学んだのだった。
★
そして現在。
星多はもうひとつ、新たなことを学びつつあった。
――美少女は、太陽だ。
高校に進学し、必ずどこかの部活に入らなければいけないという校則にしたがって星多が選んだのは、書道部だった。
そこには他の部と掛け持ちの先輩が一人だけ。
実質帰宅部で気楽だろうと思ったのだ。
その選択は大正解だった。
思った通りの超ぬるい部活だった。
そして、何よりも、出会いがあった。
過去のトラウマから半ば美少女恐怖症に陥りかけていた星多は、たった一人の先輩――その高校で最も美しいとされる少女――によって、歪んだ美少女観を根本から正されたのだ。
先輩は、清らかで朗らかで、それに何よりも、暖かだった。
彼女は太陽のように星多の学校生活を明るく照らしてくれた。
屈託のない笑み、人間はみんな善人だと信じ込んでいるようなまっすぐな性格、木管楽器のように心地良い声。彼女のすべてが星多の高校生活を色彩豊かなものにしてくれた。
前回の失恋の痛手から立ち直ったばかりの星多にとって、ただの書道部の先輩が、再び恋心を募らせる相手となるのにそう時間はかからなかった。
高校二年生の四月、さわやかな春の日。
星多は、人生二度目の決戦に挑むことにしたのだった。
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