天に背き夕闇、月を抱く
鹿森千世
弦
巨大な匙に似た琵琶を膝に抱え、節くれだった男の指が弦を爪弾いた。天上から流れ出たような、心を酔わす甘美な音色。まろやかに揺れる旋律が、月夜の王宮に夢幻の時を連れてくる。
「さて、今夜は何のお話をいたしましょう」
煌々と照る満月の下、仄青く浮かび上がる白亜の宮殿。月光差し込むその窓辺に吟遊詩人は腰掛けた。皺の寄った浅黒い肌は古い菩提樹を思わせ、その目はとうの昔に盲いていた。
年若い王と王妃は顔を見合わせ、初々しく微笑んだ。顔を寄せ、何かを小声で相談すると、王妃はぱっと振りむいた。銀の髪飾りが、しゃらり、と夢のような音を立てる。
「それでは生涯にたったひとつの、命懸けの恋の話を」
それを聞くなり吟遊詩人は目尻の皺をますます深め、大きく弦をかき鳴らした。
さてこれは、満ちる月の夜、白亜の王宮で語られた昔語りである。
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