第53話
魅了の魔法を持つ公爵夫人であったフレドリカは、立ち位置的には攻略に失敗したヒロインになるのだろう。そんな彼女が処刑をされて以降、国王マグナスとアハティアラ公爵の様子がガラリと変わる事になったのだった。
どうやらフレドリカの魅了は洗脳にも近い作用があったようで、牢に入れられたフレドリカが魔力封じの魔道具をはめられて以降、国王と公爵の様子が徐々に変わり、彼女が処刑されて以降はガラリと様変わりしたように人が変わってしまったという。
帝国の間諜の娘を自国の王子に娶らせようとしたマグナス王は、現在も王位を継承した状態のまま、離宮の塔に幽閉される事となっている。
帝国による王宮内での暗殺騒ぎは公としているため、マグナス王は帝国の刺客により大きな傷を負い、負傷した怪我の治療のため隔離されていると公表されているが、マグナス王自身は傷ひとつ負わず元気でピンピンしている。
ただ、自分が今まで執着し続けてきた男爵令嬢の面影が霞のように消えてしまった事に衝撃を覚え、今まで自分がしてきた行いを振り返り、再起不能の状態となっているのだという。
甘やかされ、真綿で包むように大事に育てられたマグナス王ではあるが、自己中心的で他人を顧みない性格では決してなく、男爵令嬢に出会うまでは、確かに婚約者であったペルニアと穏やかな愛を育んではいたのだ。
父王は魅了から解放されて茫然自失となっている中、レクネンの母となる王妃もまた、深い悔恨に苦しむことになっていた。
王宮へと戻ってきた王子は自分を庇いながら鮮やかな手腕で敵を駆逐したものだが、それ以降、王妃の面会に訪れたのは一度だけ。
「王妃が抱えていた仕事内容については一旦、こちら側に引き上げさせていただく。今は心安らかにいる事が第一であるし、国政については私や叔父上に任せていただきたい」
王子は王妃の部屋を訪れるなり、開口一番、そんな事を言いだしたのだった。
「レクネン、私が抱えている仕事は複雑なものが多く、とりあえず引き上げる等と簡単に言えるようなものではないのですよ」
何故、まず始めに体調を気にする言葉が出てこないのかと、強い疑問と苛立ちを感じながらも、我が子を気遣いながら王妃が声をかけると、
「いや、結構です。貴女の仕事ぶりを見せてもらいましたが、どうも、ヴァルストロム公爵家や隣国であるブロムステン王家の都合のように働きかけをしているようにしか見えなかったので、もはや信用できないんですよ。ですから、今後、王妃に国政を任せるという事はないでしょう」
至極あっさりとレクネンは言い出した。
信用できないとは、以前、王妃が自分の息子に対して吐き出した言葉である。その言葉が今現在、降り注ぐようにして返ってきたということに王妃は気付かずにはいられなかった。
「宰相もそこの辺りは随分と苦慮されていたんだそうですよ?確かに父王は無能であったかもしれないが、貴女も貴女で勝手にやり過ぎたところが過分にある」
レクネンはひどく冷めた眼差しで王妃を見つめた。
「私や叔父上が仕切るのがお嫌ですか?ヴァルストロム公爵家の人間を次の王位継承者として連れてきますか?だったら早めにそう言ってください。私は王宮にも国にも何の未練もないのです。もしも邪魔になったと考えて、私やハリエットを殺そうとしたら、たとえ王妃の実家であるヴァルストロム公爵家だとしても容赦無く潰します。王妃の親族とか関係ないです、悪意を抱かれたら敵、それ以外の何者でもないですから」
「レクネン、貴方は母親である私が大事ではないの?」
「母親?誰がですか?」
心底わからないといった様子で、レクネン王子は、寝所で柔らかい枕を背もたれとして座る、美しい亜麻色の髪を一つにまとめた王妃を見下ろしたのだった。
「母とは子を慈しみ育てるものだと判断します。いつでも子が進む道からそれやしないか見守る、慈愛で包み込むような存在の事を言うのですよね?頭の一つも撫でた事がない王妃が母?私の様子を報告書のみで判断し、視界にも滅多に入れないのが母?ただ産んだからという理由で子供を従属させられると思っているのなら、大間違いではないのでしょうか?」
そう言って鼻で笑うと、レクネンは回れ右をして寝所から出て行ってしまったのだった。
平民であれば母が子供を直接育てる事にもなるだろうが、貴族、それも王族ともなれば、王妃が子育てに参加するような事はまずしない。マグナス王の母であり、今は亡き王太后はそれなりにマグナスの事を可愛がってはいるようだったが、次代の王を育てるというよりかは、ただ、猫可愛がりをしているだけのようにしか見えなかった。
それでも、王太后が病で亡くなった時には、マグナスは食も細り、何日も不眠となって公務にも支障が出るほど焦燥したものだった。
「頭の一つも撫でた事がない王妃が母?私の様子を報告書のみで判断し、視界にも滅多に入れないのが母?」
レクネンの言葉が王妃の胸を貫いていく。
王に代わって国政に携わるようになり、多忙であったのは間違いのない事実。それなりに息子の事は気にかけてきたはずだったけれど、頭の一つも撫でた事がなかったのかと考えて、一度も撫でた事がない事実に思い当たり、目の前が真っ暗になるような気分に陥ったのだった。
仕事を取り上げられた王妃は寝所から出られるようになると、人の出入りが多い本宮や暗殺者が送り込まれた王妃の宮から飛び出して、宵の宮と呼ばれる離宮へと足を運ぶようになっていった。
宵の宮とは、引退した王族が利用する離宮の事であり、規模も小さく、人の出入りも非常に少ない。最後に利用したのがマグナス王の母である王太后であったのだが、何にも煩わされたくない時に利用するには都合の良い場所と言えるだろう。
「ペルニア・・・」
突然、回廊の向こう側から声をかけられた王妃は、ギョッとした様子でその場で立ちすくんでしまった。
宵の宮の回廊の向こう側には、スウェートとシャツという簡単な衣服に身を包んだマグナス王がおり、何やら憑き物でも落ちたような様子で、真っ直ぐとペルニアを見つめていたのだった。
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