第49話
何処かに行っていた執事のリンドロースが帰って来るなり言い出した。
「ご親族方々へ、フィリッパ様が公爵家嫡女となる事に納得されるための根回しをする為に、領地へと戻っておりました。不在中、ご不便をおかけした事を誠に申し訳なく思っております」
根回しについては、領地のマンフレットという太ったおじさんが手紙で知らせて来たらしい。前の奥さんを支持する人が領地には多かったけれど、ここに来てようやっとお母様の事も認めることになったのね。
フィリッパはホッとため息を吐き出しながら、実際には何のチートも発揮していないけれど、ゲームの通りにストーリーが展開していく事に安堵をしていたのだった。
リンドロースはやはり有能な執事であり、あっという間に領地から親族一同を呼び寄せる手筈を整えた。
帝国軍が国境に迫っている今の状況で、主だった公爵家の一族を王都に呼び寄せるなど正気の沙汰とは言えない行動だけに、あっさりと断行したリンドロースは相当有能だという事になるのだろう。
これで帝国軍は国境を越えやすくなったのに違いない。明日には貴族院の大会議が開かれるため、王都でクーデターが決行される事になる。
帝国軍を率いたアリヴィアン皇子が王都に入り、そこでヒロインは皇子と一瞬で恋に落ちる事になるのだが、そこでも邪魔者になるのがイングリッドという事になる。
そのイングリッドが正気とは思えない男装の姿で、扉の前に立つリンドロースの隣に微笑を浮かべながら立っていた。
今まで公爵の面会を拒否し続けていたイングリッドも、正式に養子に出されるとあって公爵邸にまで出向いてくる事にしたらしい。
よく見れば肌もざらざら、銀色の髪もゴアゴア、顔にはうっすらと汚れまでついているのだから、いったい何処からやって来たのだろうと考えて、フィリッパもフレドリカも思わず呆れた表情を浮かべてしまう。
反対にアハティアラ公爵は薄汚れたイングリッドを蔑むように見下ろすと、至極ご機嫌な様子で、
「逃げ出さずに良く来たな、ようやくお前を正式に追放できるのかと思うと心の奥底から嬉しくて仕方がないよ」
と、口元に笑みを浮かべながら心底嬉しそうに言っている。
「あ、そうですか」
淑女とも思えない素振りでイングリッドは答えると、
「では、親族一同、お待ちしておりますので、扉の方を開けさせてもらいますね〜」
と言ってリンドロースに任せず、自らの手で舞踏会場にもなる公爵邸のホールの扉を押し開けたのだった。
本来なら、親族が座る用の椅子やテーブル、軽食なども用意されているはずなのだが、ホールには何一つ用意されてはいなかった。
そのホールの中央には、縄で縛られている人々が数珠繋ぎとなって捕らえられている。
ライフル銃のようなものを構えているのは王弟エルランドであり、
「アハティアラ公爵、先触れも出さずに訪問する失礼を一応詫びておくよ」
と、明るい声で言い出した。
捕えられているのは公爵邸の使用人たちであり、その中にはピンクブロンドの髪色に翡翠色の瞳をした男が、明らかに憔悴した様子で項垂れている。
「実はね、君の使用人の中に帝国軍の間者が紛れ込んでいたんだ」
王弟エルランドはそう言うと、ピンクブロンドの髪の男の足に一発、銃弾を撃ち込んだのだ。悲鳴もあげない男は、銃弾を受けた衝撃で後方に倒れ込む。
「それから君の領内にいた問題児たちも紹介しよう。彼らはアハティアラ公爵領内で麻薬の精製工場を立ち上げ、ランプル列島から持ち込まれた自然系の麻薬と帝国から持ち込まれた魔鉱石系の麻薬を混在させて精製していたんだよね。これを国内だけでなく、ブロムステン、ジュバイルにも垂れ流そうとしていたわけだ。完全なる国際問題になるよね?」
エルランドはそう言うと、引き出された3人の太った男の肩に銃弾をそれぞれ撃ち込んでいく。
その発砲音は轟音のようにホールに轟渡ったため、公爵はフレドリカとフィリッパの肩を引き寄せるようにして抱きしめながら、小刻みに震え出した。
「こいつらすでに足には撃ち込んでいるんだよね。銃の威力が弱すぎて腿だと貫通しないで肉の中に弾丸が残っちゃうから、ほとんど足が腐っているような状態なんだよ。そこの今、銃弾を撃ち込んだ男も処刑になるまで苦しむだろうね」
颯爽と歩いて王弟の隣へと移動したイングリッドは、
「殿下、鬼畜な所業すぎないですかね〜」
と、冗談混じりに言い出した。
「公爵、貴殿の唯一の娘がそのように言ってはいるが、私は王命によって王国から麻薬を撲滅するよう命じられているのだ」
王命であるのだから、何の問題もない、そのように断言する王弟エルランドに向かって、
「唯一の娘とはどういう事ですか?」
と、公爵は憤慨した様子で言い出した。
「私の娘はイングリッドだけではございません!ここに居るフィリッパだって私の娘に他ならないのです!」
「「「あはっははははは!」」」
ホールに集まったアハティアラの一族は30人ほど、その全員がおかしくて堪らないといった様子で笑い出す。
「な・・何て失礼な・・いくら庶子の扱いとはいえ、フィリッパは歴とした私の娘に違いなく」
震え声をあげる公爵に憐憫の眼差しを向けたのは王弟エルランドただ一人となった。
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