第40話

凶王アドリアヌスはベルディフ大陸統一の一歩手前までいったのは有名な話である。大陸統一を目指した者は今まで数多く居るものの、ここまで迫った者はアドリアヌス帝ただ一人とも言われている。


 多くの国を支配下に置いたアドリアヌスだけれど、彼が統一目前で命を落としたのには『賢者の石』が関わっていると言われている。


 賢者の石には様々な作用があるため、快楽に溺れたとか、中毒症状に陥ったとか、増大な魔力を得た事による魔力暴走を引き起こしたとか、様々な憶測が語られるなか、かつてアドリアヌスの忠臣であったアハティアラの一族は、真実を子々孫々まで語り継いでいたという。


 アハティアラ侯爵家の筆頭執事であり、長年、アハティアラに仕え続けてきたリンドロースの生家は代々薬師として領民を助けてきたという歴史がある。


 先祖代々住み暮らす地域は、石灰岩があまりにも多い地形ゆえに、水に溶けて溶解、溶蝕によって何百、何千という岩柱が出来上がり異様な光景を作り出していた。


 巨岩樹林とも言われる岩柱は海に突き出るような形となっているため、岩の間にぽっかりと開く無数の洞窟に出入りする様は、まるで海に飛び込む途中でその姿を消しているようにも見えるのだという。


 それゆえこの場所は『人が飛び降りて消える場所』とも呼ばれ、不吉な場所としてあまり人が近づかないのだった。


 外部の人間が知る事はないのだが、この巨岩樹林の中に点在する洞窟からは貴重な魔石が発掘されている。この魔石の採掘をするためにリンドロースの一族はこの不便極まりない土地に住み暮らしているし、この地を代々守り続けてもいるのだった。


「兄上・・兄上・・・」


 アハティアラの領主館の前でイングリッドに親族を集めろと蹴飛ばされたリンドロースは、まずは一族の長である自分の兄に挨拶をする為に洞窟までやって来た。


頭に太陽石で作られたライトを付けた白髪の兄は、破れたズボンと汚れたままのシャツのまま、白光水晶の塊を持って洞窟の入り口の方まで移動してきた。


「リンドロースではないか!お前が王都から戻ってくるなど珍しい!当主が良くお許しになったな!」

「無断で出て来たので当主のお許しは得ていないんだよ」


 いきなりイングリッドに呼び出されたリンドロースは、着の身着のままの状態で馬に乗せられ、途中で休憩なんてことはほとんどなく、ぶっ通しで移動をしてきて今に至る。そのため、リンドロースの衣服は酷く垢じみているし、無精髭も目の下の隈も酷いことになっていた。


「遂にクビになったんだな」


 頭の先からつま先まで眺め渡した兄が呆れたように言うと、

「クビは正確な物言いではないですよ。私は今までの主人を身かぎり、次代へお仕えする事に決めたのです」

胸を張ってリンドロースが言い出したので、兄は小さく肩をすくめて歩き出した。


「いつかはそんな事を言い出すだろうと思ったが、それが今か。それで?洒落者のお前がその有様のまま私の前まで来たということは緊急事態という事だろう?一族で他国に亡命するとかそういった話か?」


「一族の命運と言えばそうなのか・・いや・・宿願と言った方が良いのでは・・・」


「なんなんだ、一体何が言いたい?」


「兄上、賢者の石が使われました」

「何!それは本当か!」


 賢者の石は洗脳の力を持つ、凶王の時代、アドリアヌスの弟クラウディウスは賢者の石を使い、

「凶王アドリアヌスは大陸統一を果たすと同時に、少しでも気に食わぬ者は全て処刑か奴隷とし、気に入った者だけを残す楽園を作り出そうとしているのだ!」

と宣言した。


 普通に考えれば、何を意味がわからぬ事を大声で喚いているのかと呆れ返るだけで終わる話だったのが、石の力によって周りの人間はその言葉をあっという間に信じていく事になった。


 クラウディウスは酒に混ぜ込み、水路にも石を砕いて混ぜた為、多くの者がクラウディウスの話を信じ込み、凶王アドリアヌスを倒さない限りは自分達が殺される事になるのだと思い込んだ。


 クラウディウスは賢者の石だけではなく、様々な魔鉱石を使う事によって王都一帯に洗脳魔法を使用した。強力な麻薬にも似た魔法を解除するために、アドリアヌス専属の侍医であった先祖は死ぬまで解決方法を探し続けたという。


 アドリアヌスが人々に捕まり、八つ裂きにされた後も、ひたすら賢者の石の洗脳に対抗する手段を探し続けたのだ。


 そうして見つけたのが白光水晶を使った解毒剤であり、癒しの力を多分に含むこの水晶は超重度の麻薬中毒者でさえあっという間に完治させる効力を有することになる。

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