第34話
「お前らを捕縛している我らとて生き残る術がない状態だ!すでにそこまで帝国の兵が来ている!そこで王弟エルランド様は仰ったのだ!我らの覚悟を見せろと!」
後方でイングリッドの口上を聞いていたウルリックは、ここでエルランド様が出て来るのだなと思いながら胸の前で腕を組んだ。
「我らアハティアラはいつからこの地に根を下ろした?エヴォカリ王国の建国の時か?いいや違う、我らは凶王アドリアヌスの時代からこの地に居るのだ!領地の事であれば知らぬ事など何もない!帝国の奴らは自国の領土と思い、のこのことやって来るだろうが、誰が渡してやるものか!最後まで牙を剥いて敵を破滅に追い込んでやる!その姿をエルランド様にお見せするのだ!」
イングリッドは歯を剥き出して恐ろしいような顔で言うと、周りに集まった兵士たちまで夢中になってイングリッドを見つめている。
妖精のように可憐で淑やかで、淑女の中の淑女と言われたイングリッドが、今は長いアハティアラの歴史を生き抜いてきた戦士にしか見えない。
銀色の髪を炎で煌めかせながらイングリッドは声を上げた。
「我らの勇姿を見届けるために、あの第六師団がアハティアラを訪れて下さったのだ!無様な戦いなど出来ないぞ!」
すると、群衆の後の方にいた少年が手を挙げて問い出した。
「あの〜、無様な戦いをしないようにしたいのは山々なんですけど、相手は八万も居るんですよ?我がアハティアラの軍が二万としても四倍の兵を相手にどうやって戦うんですか?ヴァルベリー平原でぶつかり合ったとしても、一日で負けて終わりだと思うんですけど〜?」
ピンクブロンドの少年が問いかける。明らかに公爵家の人間と思われるが、その疑問は間違いなく全ての人間が持っている。
「我が方はまずゲリラ戦を仕掛けることになる」
「あの〜、げりらせんって何ですか〜?」
「この裏切者の3人はもちろんのこと、麻薬の取引のために帝国との交渉を行っていた者が何人もこの中には居るだろう。その者たちが領地にいる家族のために戦いたいと考える者あらば!その者に帝国へ誘いをかけてもらう事とする!我が方を軽く制圧するために、丁度良い侵入ルートがある等と言って敵の部隊を誘い出せ!これを罠にかけて一網打尽とするのは簡単なことよ!」
「すみませんが、僕はあんまり信用できないです。領地の為とか言って帝国に行って、自分だけが助かりたいとこっちの情報を敵国に売って逃げ出す事だってあり得るじゃないですか?」
「だから一族全てを集めたのだ!帝国へ逃げる奴がいれば、即座に一族すべての首を斬り落とす。常に前線に立つ第六師団の方々がいるのだから、首を斬って落とす作業もすぐに済ませる事ができるだろう」
前線にいるからと言って首を切って歩いているわけじゃないのに、無茶苦茶な事を言うな〜とウルリックは呆れ返る思いでいた。
その後、イングリッドは切った首はどうやって晒してやるか、さまざまな方法を皆んなに提示する。
「逃げ出せば一族皆殺し、裏切らずに敵を誘き出せば、そいつが望む人間だけは処刑対象から外してやる!さあ!存分に誰を案内役として出すか考えるが良い!考える時間は少ないぞ!」
縄で縛られ、怯えていた奴らは急に息が吹き返した様子で目をギラギラと光らせ始める。
斬首一択だったところ、明るい未来が見えてきたのだ。
生き残るために、誰を出せば良いのか、自分の命のために真剣に考え始める事だろう。
「もしかして・・うまいこと使われたのかな〜」
第六師団師団長であるウルリックが短く切った髪を掻いていると、
「ウルリック殿、第六師団の方々にはここで一泊をしてもらい、明日にはお手数ですが領都へと引き返して頂くことになります」
と、アハティアラ公爵領で領主代行に就くエイナル・アハティアラが言い出した。
エイナルは公爵家当主の従兄弟という事になる。
「えーっと、閣下よりこちらの戦闘に参加するようにと言われているのだが?」
「もちろん、ヴァルベリー平原では活躍して頂く事になりますが、それまでの間は温存したいと姪が言いますもので」
「姪というとイングリッド嬢の事だよね?」
「さようでございます」
先ほどの演説を聞いたところでウルリックは思ったわけだ、中身が変わるにも程があるんじゃなかろうかと。
「ゲリラ部隊も編成しましたし、ここで案内役を決め次第、すぐにも作戦は実行していく予定です。上手くいけば敵軍を大分削り取ることが出来るかとも思います」
「随分と安易に考えすぎじゃないのか?」
「いえ、そうでもないんです」
エイナルはウルリックに耳打ちするようにして言い出した。
「今回の最前線はパトム人を配備するようなのです、我らはナーコン・パトムとは千年以上も前から交流を続けていた一族となりますので、うまい具合に引き込めるかと」
ナーコン・パトムとは帝国が最近、滅ぼした国の一つという事になる。国民は戦争奴隷として集められ、戦争の最前線に送り込まれる事になる。
ここで生き残れば戦争奴隷から一つ上のランクの奴隷身分を獲得する事になる。安いとはいえ給料が出される事もあり、地道に貯めれば自分を買い上げる道を選ぶことが出来るのだが、解放されるまで長生き出来た者がいないというのもまた、帝国の常識となる。
「パトム人は何人投入される予定なんだ?」
「八千から一万と聞いています」
帝国軍の約十分の一がパトム人、十分の一といっても侮るべき数では決してない。
「それではそのパトム人を全て取り込んだとして、アハティアラで面倒をみるのか?」
つまりは敗戦国の移民を受け入れるのかと問うている、事は公爵領だけでなく、国の判断が必要となる事柄だ。
「いいえ、削り取った帝国の地に住まわせれば良いと思っていますよ」
ウルリックは思わず片手で自分の額を抑えて俯いた。
八万の帝国軍を二万の兵で迎え撃つという中で、帝国の国土を削り取る事まで考えているという事か。
「面白すぎる・・・」
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