第33話
麻薬ビジネスは、完全なる貧困事業だ。
借金で首が回らなくなった男爵は、寄親から与えられた領地に工場を建て、他領地から逃げ出してきた人々をかき集めて、麻薬の精製を行わせた。
エヴォカリ王国では生まれた土地からの移動には役所からの許可証が必要となる。他領へ嫁ぐ場合などでも必要になる書類だが、これがないと職を得るのに不利となる。
身分証がない状態では家を借りる事も出来ず、街の外側に勝手に家を建てて暮らしていくより方法がない。
こうやってエヴォカリ王国にも貧民街が山のように形成されていくのだが、そこから引っ張ってきた人々は完全なる弱者という事になる。
そんな大変な目に遭うくらいなら、生まれ育った土地で住み暮らせば良いだろうと思う人も居るだろうけれど、人には色々な事情がある。
そうしてはみ出してしまった人たちが将来に希望を見出す事が出来ずに麻薬に手を出してしまうし、麻薬を作るための労働力として連れて行かれる事になる。
「ゆ・・ゆ・・許してください!許してください!私は命じられてやっただけなんだ!命じられてやっただけなんだ!」
男爵二人、子爵が一人、イングリッドの父と同年代。無理やり工場で働かさせられていた人々は痩せ細って満足な栄養も取れていないというのに、この三人は、でっぷりと太っていた。
その三人の後にはそれぞれの親族が全て、赤子に至るまで集められている。
この場に顔を出してくれたのは王国軍第六師団、炎や風の魔力を持つ者たちで集められているので、全員がマスケット銃を携えていた。
無理やり集められた親族たちの中には勿論、年老いた親も居る。
訳が分からず呆然としている者も居るし、王国軍の登場で顔を真っ青にして冷や汗をかいている奴も何人もいる。
この領地の中では寄親であるアハティアラ公爵家がトップとなる。公爵家を頂点としてピラミッド型に人が増えていく事になるのだが、子爵や男爵など爵位としては下位であっても、領地内では位が高かったりする。親族の中には、前に引き出された三人に無理やり従わされた人間が何人も居るだろう。
「ルイマン卿、急使を出していますので、明日の夜までには一族全てが領都に集まる事となります。工兵が必要との事でしたので、兵士以外にも移動が可能な者はすべからく連れて来るように申し渡しております」
へこへこ頭を下げる樽のように太ったマンフレットを見下ろした大男、ウルリック・ルイマンは理解が追いつかない様子でイングリッドの方を振り返る。
エルランドの側近であるウルリック・ルイマンは帝国の動きを察知してすぐさま国境へと向かったのだが、移動の途中で、エルランドからアハティアラ公爵の領都に居るイングリッドの指揮下に入るように命令書が届くことになったのだ。そうして、領都に到着したウルリックはそこから馬で半日の距離にある男爵の管理地へと移動するようにと伝言を受け取る事になった。
そうして、指示された場所に移動してみれば、閉鎖された麻薬工場と、保護された痩せ細った人々の後ろの方に、公爵領の人間と思われる一族が縛り付けられていた。
「話が全く見えないのだが・・・」
「そりゃ見えないですよね〜」
男装のイングリッドは王都でも見たが、ここでもイングリッドは男装のままだった。到着したのが日が暮れた後だったので、麻薬精製工場の前に置かれた篝火の光を浴びて、高々と結い上げた髪がキラキラと光って見えた。
「皆の者!すでに理解している者も多いと思うが、この三名は帝国へと下り、多額の資金と引き換えに我が領地を敵国へ売ったのだ!」
ウルリックとその部下に説明するよりも、すべての人間に事情が分かるように、堂々とした様子でイングリッドが演説をはじめた。
「しかも帝国の隷属と化した三人は我が領地に麻薬の工場を作り上げ、他領地から人を誘拐してきて無理やり働かせていた!」
工場から救い出されたのは明らかに身元の保証を持たない者たちだった。三人としては、領地に不法滞在をしていた奴を連れてきたとか何とか、色々と言いたい事はあるだろうが、不法労働させていた事は間違いない。
「先ほど確認したが、この工場の中では帝国から運び込まれた魔鉱石とランプル列島から持ち込まれた麻薬草を混在させ精製させていたのだ!この麻薬は常習性が高く思考力が著しく低下し、活動する力が低下する作用がある。帝国が何故、このような麻薬を王国で作っているのか?それは我が国の民を麻薬漬けにして簡単に征服した上で、王国民を皆殺しにするためだ!」
アハティアラ公爵領に住む人間であれば、誰もが国境線上に集まり始めている帝国兵の多さに気がつかないわけがない。皆殺しという言葉を聞いて、悲鳴のような声まで上がっている。
「帝国民どもはすでにアハティアラ公爵領は自国の領土だと考えているだろう。何せ、その三人と共に、現公爵家当主まで帝国の犬と化したのだ。みんなも分かるだろう?何故、誰にも気が付かれずにこんな工場が領地内に出来たのか?誰にも咎められずにここまで来てしまったのか?全ては当主と三人の悪友が我らの全てを帝国に売り払ったからだ!」
わざわざ裏切り者とその親族を夜中に外に集めたのは大きな不安を煽るのと同時に、自分達がのっぴきならない状態に追い込まれている事を自覚してもらう為。
「この3人は我らすべての命を帝国に売り払った!例え帝国の侵攻がなかったとしても、王国は我らを許さぬだろう!エヴォカリ王国は法として麻薬を許さぬ国!その国で麻薬を蔓延させる源とも言える精製所がここにあるのだからな!」
三人の年老いた両親たちは呆然自失状態だし、周りの親族は発狂寸前となっている。話の通りなら一族郎党処刑は確実、先祖代々大事にしてきた領地は没収、公爵家は没落。アハティアラは凶王アドリアヌスの時代にはすでにこの土地に根を下ろしていたので、土地に対する思い入れが半端ないのだ。
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