第28話

 オーグレーン侯爵家の娘となるハリエットは、前職が保育士という事もあって、母親と共に教会付属の孤児院に出入りするようになってから、王都の衛生環境問題について深く関わるようになったわけだ。


「保育士として働いていると、園児がちょっとお腹を壊しただけで園に問題がなかったか、きちんと子供の面倒を見ているのかとか言われますし、万が一にも食中毒なんか出した日には、その日のうちに全国ネットで報道される事にもなっちゃうので、本当に神経を使っていたんですよ」


 ハリエットはドーナツをもぐもぐと手掴みで食べると、紅茶を喉に流し込んだ。


「元保育士としては孤児院についても、王都の衛生環境についても、色々と思うところが多くって、将来私を王妃にしたい父が結構な額のお金とか出してくれたんですよね」


 王都全ての孤児院の食育に取り掛かり、平民が住み暮らす区域での下水処理、排水処理を手掛けているうちに、知識の塔の長であるミカエルから直接お声が掛かったのだという。


「我が家のお金で王都に暮らす貧民層の衛生状態がダントツに良くなったっていう事もあるから、オーグレーン侯爵家って平民には物凄く人気があったりするんですよ。こうやって国と民にゴマスリをして、もしもの時には優遇処置を受けさせて貰えるようにしようって考えていたんですけどね」


 オーバリー子爵家の暗躍により、貴族派に麻薬が浸透しているような状況だ。悪いのは子爵だけれど、寄親であるオーグレーン侯爵は黒幕と思われてもおかしくない状況。


「ゲームでも、侯爵家は裏で暗躍する悪い奴という扱いで出てくるので、福祉と衛生問題に取り組んでクリーンなイメージを作ろうとしていたのに、麻薬の所為で、全てが水の泡状態ですよ」


 エルランドにしても、苦労をして砂漠の国であるジュバイル公国との国交を樹立したというのに、後出しジャンケンのように、我が国の麻薬の問題を明らかにされた。公国との国交を続けるために麻薬の撲滅を王命として下される事になったのだが、そもそも、国王自身が、麻薬の撲滅など不可能であると考えているのではないだろうか。


「それで?今、侯爵はどうされているの?」

「オーバリー子爵とその一味を捕縛しに行っています」


「そうだね。まずは麻薬に関わっていない一同で、麻薬に関わった奴らを一網打尽にして、自分たちは無関係だと主張しないといけないよね」


「麻薬に関わった奴らを一網打尽にして王家に引き渡せば、情状酌量の余地はあるってこと?」


 イングリッドの質問にエルランドは大きく頷いた。


「こと麻薬に関しては、国王より全権を委任されているような状況なんだ。兄としては解決不可能な問題を与える事で、俺を追い詰めてやろうと考えているんだろう。だけど、そうなったら麻薬に関わる事は一切、国王に情報を上げる必要もないし、建前上は俺の裁量でいくらでも決めることが出来るってわけだよ」


「この世界ってさあ『暁のホルン〜前世の知識でチートして国も愛も手に入れます〜』とかいう乙女ゲームの世界なんでしょ?」


 ハリエットの記憶が正しければ、今いる世界は『暁のホルン〜前世の知識でチートして国も愛も手に入れます〜』という乙女ゲームの世界に間違いない。


 実に馬鹿馬鹿しいと思いながら、エルランドが大きなため息をつくと、ソファであぐらをかいているイングリッドが、

「ヒロインのフィリッパ、あいつは確かに前世の知識を持っていると思うんだけど、チートとか一切してないと思うんだけど」

と、言い出した。


「前世の知識でチートしているのって、保育士の経験活かして食育やら排泄物の処理やらやっているのはハリエット様だし、自衛隊の知識を活かして武器開発をしてんのもエルランド様でしょ?じゃあさ、あいつは何をチートしているんだろう?」


 形の良い栗色の眉をハの字に下げたハリエットは、ドーナツを手掴みにしながら言い出した。


「私が知る限り、フィリッパ様は婚約者候補に名前も連ねていないですし、義姉であるイングリッド様の名前を使って、無理矢理、王宮に参内しているような状況です。今では国王陛下に気に入られているという事もあって王宮の出入りが自由な状態ですが、何の功績もないのです。そんなフィリッパ様に対して、不快感を抱いている方はそれこそ山のように居るような状況です」


「王宮ではレクネンと庭園で熱烈なキスをしていたという事で噂にもなっていたけど、レクネンがそのフィリッパに対して、自分が結婚するのはイングリッドしかいないと宣言した事もまた大きな噂となったわけ」


 エルランドの発言に、イングリッドは思わずその美しい顔をくちゃくちゃに顰めて見せた。


「レクネンの寵愛を失ったとなれば、宮廷の魑魅魍魎どもは所詮は卑しい身分のフィリッパを引き摺り下ろすために手ぐすね引いて待っていたわけ。だけどさ、いつの間にかあの娘はマグナス王のお気に入りになってしまっただろう?」


「チートを使わずに既存の権力におもねりながら、国も愛も手に入れますっていう感じですわね〜」


 思わずハリエットがため息を吐き出すと、金色の瞳を大きく見開いたイングリッドが言い出した。


「ゲームについては一切の知識がないから良く分からないんだけどさ、過去に読んだ作品から考えるとだよ?これってヒロインが怠惰で意地悪でクソみたいなビッチ野郎じゃん?だったら最終的には、儚げで可憐でいじらしい悪役令嬢が、周りの協力を得ながらも、ヒロインとその周りの奴らをギャフンしてざまあする展開になるんじゃないの?」


 ハリエットもエルランドも、過去にそのような内容のものを山ほど読んだ経験がある。通常の展開でいけば、間違いなく、国王もヒロインフィリッパも破滅する事になるだろう。急にヒロインに塩対応をしたレクネンがどうなるかは判断がつかない所だけれど、ヒロインは絶対にざまあされるはず。


「悪役令嬢が儚げで可憐でいじらしいですか?」


 どうやらハリエットにはそこの部分が気になるらしい。


「俺が考えるに、イングリッド嬢も毒を盛られるまでは、儚げで可憐でいじらしかったと思うんだがな?」


 ハリエットは自分の両頬を押さえながら、考え込んでいる様子で俯いた。

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