第11話
エルランドと、兄であるマグナス王との年齢差が十五歳もある。その為、エルランドが成人した時にはすでに兄が王位を継いでいた。それゆえに、二人の間に王位継承による問題は起こらないものとエルランドは思い込んでいたところがある。
エルランドは至って呑気に考えていたのだが、兄にとってエルランドは目障りな存在だったのは間違いない。
「兄を支える為と思って頼む、私はお前を信じているんだ!」
とか何とか言いながら、死地とも呼べるような戦争に何度も何度も、エルランドは送り出されることになったのだ。
その度に勝利を収めるエルランドに対して、喜びを露わにして迎え入れながら、心の中では何を思っているのか分かったものではない。
何せ、何度も送られてくる暗殺者は、他国からの者だけでなく、兄から送られてくる者もそれなりの数に登ってはいたのだから。
王妃のサロンで毒に倒れた時に、エルランドはこのまま死んでも良いと思っていた。
砂漠の国ジュバイルとの国交樹立に成功したのは、影でエルランドが色々と動いたからに他ならない。
祖国で王座にふんぞりかえって座る兄は、国交樹立を喜びながらも、突然、我が国の麻薬問題について言及し出したのだ。
「ジュバイルは麻薬を宗教的にも強く禁止しているというのに、最近、我が国が麻薬の経由地として利用されているという事が判明してしまったのだ。エドアルド、ジュバイルにこの事がバレる前に、お前には麻薬を撲滅してほしいのだ」
王にそのように言われたものの、エドアルドは麻薬についてはカケラほどの知識もなかった。
その為、知識の塔と呼ばれる研究者が集まる機関へと赴き、我が国に今、どれほどの麻薬が流れ込んでいるのかと尋ねたところ、
「何十年も前から入り込んではいましたが、マグナス様が王位を継いでからというもの、麻薬の経由地として我が国は有名になっているのです。国王自身が見逃しているようにも見えますね」
と、塔の長が言い出した時には、激しい頭痛を感じたものだった。
いくら国の為に働いても、結局、兄に足を引っ張られて終わるだけ。
どれだけ努力をしても、徒労に終わる状況にうんざりとして、生きる希望を見失っていく。
そんな自分を生かすために差し伸べられた手は、自分の喉の奥までほっそりとした指先を突っ込まれる事となり、激しく嘔吐を繰り返しながら、
『ああ、二日酔いでアル中寸前になっていたとしても、こんな対応受けた事ねえよ』
と、頭の中の誰かが呟いた。
『飲み会で飲まされすぎて救急車で運ばれた時も、こんな風にゲロベチョまみれにはなっていなかった。可愛い看護師さんに点滴してもらって、家に帰ろうとしたもんな』
『そもそも、俺ときたら、あの後、きちんと家に帰れたんだっけ?』
『タクシー代がもったいないとか言って、病院から歩いて家に帰ろうとして・・それで・・ヘッドライトがやけに眩しくって・・・クラクションめちゃくちゃ鳴らされたよなあ・・・』
撥ねられて空を飛ぶ瞬間まで思い出して、
『あ・・俺・・これってもしかして・・・異世界転生してねえか?』
と、考えた。
やけに柔らかい唇が押し付けられて、やたらと苦い液体が喉の奥へと流れ込む。
意識が闇の中へと沈み込む中、エルランドは思ったわけだ。
これ、絶対に他にも転生者がいるパターンだろうと。
そうして目を覚ました時に、何の感情も浮かばないような表情を浮かべたイングリッドの美しい姿が目に入った。
どうやら彼女は汚れた衣服を着替えたようで、複雑に結い上げていた髪も下ろしているような状態だった。
だから、彼女に対して、
「イングリッド、きみ、前世の記憶とかあるんじゃないの?」
と、問いかけたのも、冗談のようなものだったのに、
「だったらなんだよ?助けたお礼で亡命でも手伝ってくれるのか?」
と、彼女が随分と悪ぶった様子で言い出したので、何かの冗談かとも思ったのだ。
やはり、彼女は前世の記憶もち。
そんな内容の小説やら漫画やらを、前世、山のように読んだけれど、エルランドとかイングリッドとか、そんな名前が出てくる作品は一つも思いだす事が出来ない。
「乙女ゲームだったのか?」
乙女ゲームの世界に転生するとかいう、良くある展開だったとしたら完全に詰んでいる。エルランドは前世で乙女ゲームをプレイした事がないからだ。
王妃が毒を盛ったのは自分の侍女だと言い出して謝罪の言葉を述べてきたが、そんな事はエルランドにとってどうでも良かった。
そんな事よりも何のゲームの世界に転生したのか教えて欲しい。
そんな事を考えていると、ほっそりとした手が額に置かれて、
「今は眠れよ、色々考えたって仕方がねえって時はあるもんさ」
と、小さい声が囁いた。
そうだな、確かに、今は色々と考えることが出来そうにない。
兄は王妃には手が出せないから、王妃の離宮に居る限り、エルランドの安全は保障されているのに違いないのだから。
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