成り上がりの悪役令嬢

もちづき 裕

第1話

 良くある話、良くある展開。

 公爵家の娘が六歳の時に、正妻が流行病で亡くなった。葬儀を行った次の日には、公爵がたった一人だけ残された娘のためだと言いながら、継母と義妹を連れて公爵邸へとやって来た。


 身分が低くて結婚は出来なかったけれど、公爵には愛人として囲っている人がいた。


 資金繰りに苦しむ公爵家の財政を立て直すために娶った妻は、名門といえども伯爵家。公爵家の立て直しが済み次第、正妻とその子供は捨ててしまって、愛しい人と我が子を公爵家へと招き入れよう。


 そう公爵が考えている間に、都合よく正妻が亡くなった。正妻が産んだ娘だけが屋敷に残されたが、第一王子の婚約者候補となっている娘を追い出す訳にはいかないので、屋敷の中で飼い殺しにすることに決めたという。


 自室に軟禁されたような状態で一人で朝食を食べていた公爵家の嫡女であるイングリッドは、その日、紅茶を一口飲むなり、胸を掻きむしるようにして苦しみ出したのだった。


「ヒイッ」


 給仕についていた侍女は、苦しむイングリッドを眺めながら自分の悲鳴を飲み込んだ。

 彼女は苦しむイングリッドを助けもせずに、ただ、ただ、その様子を見守るだけ。


 そうして、椅子から崩れ落ちたイングリッドが、

「うわっ・・マジか・・なんだこれ・・はあ?・・意味わかんねえ!」

と、テーブルの下で意味不明な言葉を呟くと、すぐさま、自分の口の中に指を突っ込み、絨毯の上に吐瀉物を撒き散らしたのだった。


 イングリッドは、4代前に王家から降嫁してきた王女にそっくりな容姿をしており、銀色に輝く髪は月の光を溶かし込んだように美しく、その面立ちは妖精のように可憐であり、愛情をかけられずに育てられた事により、いつの間にか消えてしまいそうなほど儚げで、庇護欲を掻き立てられるような容姿をしている。


 その妖精のような令嬢があまりに苦しむ姿に侍女驚いて、思わず外に飛び出そうとすると、

「おい!ちょっと待て!」

と、テーブルの下から声がかかって来たのだった。


 一瞬、誰が声をかけて来たのか理解出来なかった侍女も、その声の主がテーブルの下から出てきた事で、イングリッドから声をかけられたのだという事に気がついて動きを止めた。


 侍女がドアノブを握りしめたままでいると、ゆっくりと立ち上がったイングリッドがテーブルの上に置かれた花瓶を手に取って、鮮やかなガーベラの花を床の上に投げ捨てたので、驚愕に目を見開いた。


 そうしてイングリッドは、花瓶にそのまま自分の口をつけると、花瓶の中に入った水を口に注ぎ込み、絨毯の上へと吐き捨てる。


 イングリッドは深窓の令嬢という言葉がそのまま当てはまるような令嬢であり、淑女としてのマナーは完璧で、王子妃としての教育も十分に受けてきたのは間違いないのだが、

「おい、てめえ、そこを動いたらマジでぶっ殺すからな」

花瓶を床の上に投げ捨てながら、イングリッドはあっという間に侍女の目の前まで詰め寄ると、


「毒をポケットの中に入れたまんまとか、舐めるにもほどがあるタイプだな」

エプロンのポケットの中から鮮やかな緑色の粉が入れられた小瓶を取り上げ、それをうんざりした様子で眺めながら、

『ダンッ』

いつの間にか右手に持っていた食事用のナイフを侍女の左耳ギリギリの所に刺し込んだ。


 ナイフから手を離したイングリッドは、小瓶の蓋を開けると、自分の手の甲の上に極々少量を乗せた上でべろりと舐める。


 そうして、しばらく、口の中で吟味した後で、

「お前、完全に入れる量を間違えただろ?」

と、睨みつけられながら言われた為、

「ひいいいいいいっ」

毒を盛った侍女は泡を吹きながら、そのままその場に倒れ込んでしまったのだった。


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