9 カスモラト討伐依頼



 傭兵ギルドは、首都グラブ市の郊外にあった。


 今はハイラ族族長カルビナ・リコリと敵対しているとはいえ、その実力と影響力の強さからか、隠しもせずに堂々と『傭兵組合』という看板を掲げている。


 門の前には用心棒だろうか、武装した兵が五、六人ほど詰めていた。


 俺はキッサ、シュシュ、サクラ、イーダという四人の奴隷を連れてその中へと入っていく。


 カウンターには顔に傷がある女が座っていて、俺たちをギロリと睨みつける。



「何の用だい? 護衛かなにかの依頼なら、料金表はこれだよ」



 ぽいと紙を投げてよこすカウンターの受付嬢。


 ま、受付嬢というにはちょっとごつすぎるけどな。



「いや、ちょっと聞きたいんだが」


「なんだい?」


「ギルドマスターと直接会って話がしたいんだが」



 受付嬢はふん、と鼻を鳴らして笑うと、



「あんた、馬鹿かい? そんなこと、簡単にできるわけないだろ。今はこんなときだ、タニヤ・アラタロ様は幹部としかお会いにならないよ」


「じゃあその幹部に会うには?」



 受付嬢が深い深い溜息をつく。



「最近は変なのが多いねえ……からかいなら他行きな」



 取り付く島もねえな。


 ま、当たり前か、傭兵ギルドマスター、タニヤ・アラタロは今、ハイラ族族長、カルビナ・リコリに命を狙われているのだ。



「……冗談だよ、傭兵ギルドに登録しようと思ってな」



 ギロリと俺たちをねめつける受付嬢。



「奴隷をひきつれて傭兵に登録かい?」


「ああ。結果出せば文句ないだろ?」


「まあね。たまにはそういう奴もいるけどね。普通は食い詰めてて、奴隷なんか持てないような奴だけが登録しにくるもんだけどさ。じゃ、これにサインしな。字が書けないなら唇印でもいいよ」


「キッサ、書いてくれ、唇印だけ俺が押す」



 実際、俺はこの世界の字が書けない。


 こうして会話できているのも、俺の能力、精神感応によるものだしな。


 キッサが書類にサインしているあいだ、俺は受付嬢に話しかける。



「今はどんな仕事があるんだ?」


「そうさねえ、新人だと……お、そうだ、これがあった。ほら、これどうだい? 魔物の討伐。ここから南にいった遊牧地で、魔物が大量発生してね。退治してほしいんだとさ」



 そいつはちょうどいい仕事だな。


 このギルドで仕事を成功させつづけて信頼を得れば、いつかタニヤ・アラタロに会えるときがくるだろう。



「じゃあそれでいいや。引き受けるよ」


「……軽く受けるね、魔獣じゃなくて魔物だよ? そんな簡単な仕事じゃないんだけどねえ。ま、わかったよ、二十人くらいの隊を組織するから、数日待っててくれよ」


「待てないな、俺たちだけでいくよ」


「はあ?」



 あきれたような声を出す受付嬢。



「あんた、話を聞いてなかったのかい? もう一度言うけど、魔獣じゃなくて魔物だよ?」



 魔物とはゲートをくぐってやってきた異世界からの怪物。魔物と獣の合いの子である魔獣とは強さのレベルが違う。


 とはいえ、俺は魔物最高峰ともいわれる飛竜をやっつけたこともあるしな。


 軽いもんだろ。



「いいよ、俺たちだけでできる」


「……報酬独り占めしたいってわけか。いいけど、その場合、保証金おいてってもらうよ。額は全体の報酬と同じ、金貨三十枚だ。失敗するとギルドの信用に関わるからね、そういう独断専行には保証金を求めているんだよ」



 金貨三十枚ってことは三百万円相当か、まあ本来二十人で行うタスクだからな、全体の報酬はそんなもんかもな。



「わかった、払うよ」



 まさか本当に保証金を積むとは思ってなかったらしく、受付嬢はびっくりした顔をして、



「…………あんた、正気かい? なんでこんな金もっているのに、わざわざ傭兵を……?」


「ふん、俺は戦いを求めてるんだ。金じゃねえ」



 とでも言っておこう。



「……ごくごくまれにそういう奴もいるけどねえ。ま、金を払ってくれるなら文句はないさ、あんたが失敗したらまた別の隊を送り込むだけだしね」


「それでいいさ、ほら金貨三十枚だ、これでいいか?」



 俺はカウンターに金貨を三十枚、積み上げる。



「……世の中には変な奴もいるもんだねえ」



 首を振りながら受付嬢は書類にさらさらと何かを書くと、



「ほら、これが依頼状さ、依頼の期限は一ヶ月だけど、二週間以内に仕事を達成してここに戻ってこなかったら保証金は没収、他の隊を派遣する。いいね?」


「それでいいさ」



 俺は金貨の代わりに書類を受け取ると、傭兵ギルドを出て行く。



「エージ様……本当に傭兵ギルドに入ってしまったんですね……あきれました」



 キッサが本当に呆れたような顔で言う。



「ギルドマスターのタニヤ・アラタロに会いたいからな。会えさえすれば協力を依頼できるんだろう? ターセル帝国では騎士にまでなったけど、ま、この国でも成り上がってやるさ」



 環境が人を作る、とはいうけど、日本にいた頃には決して口にしなかった、どころか思いもしなかった成り上がりという言葉に、自分でびっくりした。


 人間って変わるもんだなあ。



「で、俺はこの書類が読めないんだけど……キッサ、なんて書いてある?」


「そうですね、南方の草原に、竜族の魔物であるカスモラトが三頭出現した、と。そのせいでその地域の人々は牙ヒルビたちを放牧できず、困っているとのことです」


「じゃ、そいつをやっつければいいんだな、そこまでどのくらいかかる?」


「馬を飛ばして二日、といったところですね」


「よし、じゃあ、行くか」



 俺たちの会話を、イーダがこわばった表情で聞いていた。



「ん? イーダ、どうした?」


「……カスモラト三頭を、この……この五人で? たった五人で……? 退治する……ですか?」



 恐怖の表情。


 そっか、こいつはさっき買ったばかりだから、俺たちのことを知らないんだな。


 反対に、サクラは緩んだ表情で、



「あ、はい。正確には闘うのはご主人様だけです」



 などと言っている。


 キッサやサクラは俺の実力を知っているからな。



「ご、ご主人様の命令ならば、ついていく……です」



 ブルブルと震えながらいうイーダ。


 あれ、こいつけっこうかわいいなあ。



「心配すんな、少なくともお前には危険はないさ」



 馬に跨がりながら、俺はそう言った。

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