8 首輪



「しかし、よくお前あそこで口出したな。今まで俺の会話に口を挟んだことなかったのに」



 店を出たあと、サクラにそう言うと、サクラは心底申し訳無さそうに、



「あ、はい、申し訳ございませんでした。ただ、五枚は高いです……五歳の頃の私が、金貨四枚だったそうですから……それに、もっといい首輪も欲しかったですし……」



 いい首輪がほしいって、それ、文字通り字義通りの『奴隷根性』ってやつじゃねえか!


 物心ついたころから奴隷だったんだから仕方がないけど、なんとも胸がもにょっとするなあ、こういうの。


 なんだろ、キッサが帝国の宮廷法術士謹製首輪つけてるから嫉妬かなにかしたんだろうか。


 俺たちは今、そのキッサの首輪を外すのも目的の一つとして動いているんだけど……。



「そういや、この首輪にも拘束術式ついてるっていったけど……」



 店で渡された首輪を取り出してまじまじと見てみる。


 そこそこ高価なものらしく、結構綺麗な模様がついている。


 奴隷の首輪にもおしゃれってあるのかもしれんな。


 キッサがそれを見て、



「私達の首輪に比べれば、の話ですけど、たいした拘束術式ではありません。せいぜい外そうとすると身体が痺れる、とかその類のもので、エージ様がその気になれば簡単に法力で切ることができると思います」


「そっか。……サクラ、この首輪、する?」


「はい!」



 嬉しそうに返事するサクラ。


 どうなんだこれ、人間としてどうなんだ。


 首輪をされて嬉しそうって、ミーシアとは別の意味でこいつもまたドMなんじゃないのか……?



「それじゃつけてください、ご主人様」



 サクラは茶色のショートボブを掻きあげ、首筋を俺にさらす。


 うーーむ。


 なんつーか、あれだな、これ。


 その首輪をサクラに装着してやっている途中、なんつーかムラムラというか、ドキドキというか、変な気分になった。


 で、首輪はもう一本あるわけだが。


 イーダと目が合う。


 奴隷の嗜みとして、イーダはすぐに目を伏せた。



「お前にもつけていいか?」



 サクラのことは信用しているから別に首輪つけなくてもいいなとは思ったけど、イーダは先程買ったばかりだし、ケジメとして首輪をつけるのもいいだろう。


 イーダは無表情のくいっと顎をあげると、その細い首筋を俺に向けた。


 ん、これはつけてもいいってことかな?


 少女の首に手を伸ばし、俺は慣れない手つきで首輪をつける。


 十四歳の少女に首輪をつける俺……ってこれ、悪いことをしている気分っつーか日本だったら普通に犯罪なんじゃなかろうか。



「んで、イーダはどこの生まれだ? いつから奴隷になったんだ?」



 買う前にするべき質問かもしれんが、聞きそびれていたので今訊くことにする。



「…………生まれはパリヤ村……それがどこにあるかとか、わかんない……です……。奴隷は……三日前に……家族が食べ物買うために……私が私を売った……です」



 とぎれとぎれにいうイーダ。


 自分で自分を売る?


 なるほど、そういうパターンもあるわけか。


 この世界の貧困の闇は深いな。


 それを聞いて、あ、もうこいつここで解放してやってもいいかなと思いかけた時。



「……エージ様、駄目ですよ」



 まるで心を読んだかのようにキッサが言った。



「エージ様、私たちはどうしても法力補充用の人数が必要なのです。そうでしょう? これから私達がやろうとしていることを考えても……。ここで彼女を解放しても、結局次の奴隷も買わなきゃいけなくなります……そしてきっとその奴隷もエージ様は……。お金がなくなるまで同じことを延々繰り返すのですか?」



 わかってるさ。


 わかってるけど、悲しいなあ。


 俺が俺の愛する人達のために働こうとすると、必ず他の誰かを不幸にしちまう。


 これじゃあ、俺も悪人だ。


 いや、俺に買われたことを不幸だと思わせなきゃいいんだ。


 俺は悪人になってしまったかもしれんが、悪人にも悪人なりの良心ってものがある。



「イーダ、俺たちはこれから傭兵ギルドに入る。お前、戦闘法術は使えるか?」


「……つかえない……です」



 フルフルと首を振るイーダ。



「じゃあ、他に法術は?」


「農作業のとき……少しだけ力を増す法術だけ……です」



 ふむ、とりあえず使えることは使えるんだな、ってことは法力も持っているわけだ。



「いいか、お前の仕事は俺の身の回りの世話と……緊急時になったら俺に粘膜直接接触法で法力を補充させることだ」


「粘膜直接接触法……!!」



 イーダはビクッとして俺の唇をじっと見つめ、やがて目を伏せ、



「……はい……です」



 と言った。



「農作業とかいったな、お前、もともとは農家か」


「……貧しい小作、でした……家畜もいなかった……です。だから、私は私を売った……です」



 小作ってのは地主から土地を借りて耕作する、土地を持たない農民のことだ。


 大抵はまずしく、地主への土地の借り賃を払わなきゃいけないせいで、ぎりぎりの生活をしている。


 ギリギリだから、ほんの少しの不作でも起こると、こうして身売りをせねば家族全員が路頭に迷うことになるのだ。


 やだねえ、やだやだ。



「イーダおねーちゃん、よろしくねー! あとおなかすいたー」



 シュシュの無邪気さが今は心の助けになってくれる。


 うむうむ、おにいさんが今その辺でなんか食べ物買ってあげよう。


 道端で売っていた肉の串焼きを買ってやる。シュシュがそれにかぶりついているのを眺めながら、キッサが言った。



「では、傭兵ギルドへ行きますか? ここから歩いて三十分のところですが……」


「そうだな、食い終わったらいくか」



 俺たちの当面の目標は、傭兵ギルドのギルドマスター、タニヤ・アラタロと連絡をとることだ。


 キッサの道案内に従って、おれたちは傭兵ギルドへと向かう。




 

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