6 ギルド
「グラブ市を掌握する」
俺はそう言った。
「はぁ?」
キッサはその綺麗な眉をひそめて、「なにいってんのこの人」みたいな顔をする。
「エージ様、私達の目的は婆さまの救出ですよね?」
「だけど、もうひとつ目的が増えた。婆さまを救出したあと、その首輪の拘束術式を婆さまに解除してもらう。そして、キッサ、お前を自由の身にする」
「ありがとうございます……って、そのためにわざわざグラブ市を掌握するんですか?」
「そうだ」
キッサの頼み、それは故郷でシュシュと暮らすこと。
もとより、本人がその望みなら、俺はいくらでも叶えてやるつもりだ。
女の子を守りたい、その一心でここまでやってきたんだ、十七歳の少女と九歳の少女が産まれた土地と文化のもとで暮らしたい。
それはこれ以上ないほど自然で当然な望み。
そんな当たり前のことを許すだけのこと。
ま、文通くらいはしてくれると思うし。
だけど、キッサの詳しい話を聞いて、俺の気が変わった。
ただ婆さまを救出するだけじゃあ、その望みは叶えられない。
キッサの生まれはやはりグラブ市近くのかなり有力な豪族だった。
族長の一族とも多少の血縁があるほどだったという。
とはいえ、ハイラ族族長カルビナ・リコリによって、キッサの母親もすでに暗殺されていて、ほとんど避難するようにイアリー領の親戚の元に身を寄せていたという話なのだ。
やりすぎだろ、カルビナ・リコリ。
カルビナ・リコリはまだ二十四歳の女だということだが、彼女が族長に就任したのは四年前、その前から暗殺を繰り返していたというから、こいつの闇は深いぜ。
キッサがこの地にとどまるということは、当然カルビナ・リコリに反体制派として狙われることになる。
当たり前だ、母親を殺してるんだからな、その娘もカルビナ・リコリにとっては危険人物だ。
なら、とことんやってやろうと思ったのだ。
キッサの望みを叶えるために、極限までキッサの身の安全を保証してやる。
それも、国家単位でな。
「確かに……エージ様のお力ならば……首都グラブ市の守りは二千人ほどの兵によって守られています。エージ様なら、一人でも制圧はできるかもしれませんが……」
「聞いてなかったのか、キッサ。俺は制圧するとは言ってないぞ、掌握する、といったんだ」
「はい?」
わけがわからないんですけどー、みたいなしかめ面のキッサ。
「だから、その二千の兵まるごとこちらにいただく。聞けば、カルビナ・リコリは恐怖政治を行ってハイラ族を掌握してるんだろ? 人心は離れている。方法を工夫すれば、できるはずだ」
「そんなこと、できますか?」
「できる。今キッサから聞いた話を総合すればできる。そしてそれはキッサにも、シュシュにも、もっというとターセル帝国にすら利益のある話だ。そのためにはまず協力者が必要なんだが……カルビナ・リコリに対抗できる実力者って、いないのか?」
キッサは首をひねると、
「……そうですね、確かに、何人か、います。とある職能組合の組合長が……」
「なんだ、その職能組合って」
「ある技能を持つ者が集まって、仕事を斡旋したり、お互いに情報を共有したり、時には一緒に行動をとったり……そうですね、こういえばわかりますか?」
「ん?」
「ギルドです」
この辺にはそんなのがあるのか。
いやまああって当然だけどな、地球上にだってあったんだから。
つまるところ、カルビナ・リコリに対抗できる人物ってのは、ギルド・マスターってことか。
「どんなギルドの、なんていうギルドマスターなんだ?」
「傭兵ギルドのギルドマスター、タニヤ・アラタロ。全国の食い詰めた人たちを集めて傭兵を組織し、報酬をもらって戦争に参加する、そんなギルドです。騎士様――ヴェル・ア・レイラ・イアリー卿と一対一で戦って唯一生き残ったハイラ族ともいわれる、伝説のギルドマスターです。その名声は高く、一声で数千の兵が集まるとか……。もはやその兵力は傭兵ギルドマスター、タニヤ・アラタロの私兵ともいえますが、報酬次第で動くので、一度などターセル帝国のラータ将軍に金貨二万枚で買われてハイラ族族長カルビナ・リコリの正規軍と戦ったことすらあります」
なるほど、たしかにそりゃ完全な傭兵だ。
っていうか、あのヴェルとタイマンはって負けなかったというのか、普通にすげえな。
ちなみにこの世界、俺の領主としての経験上、だいたい金貨一枚で十万円と考えて良さそうだ。かなりざっくりとした体感だけど、そう大きく外れてはいないはずだ。
で、金貨二万枚っていうと、二十億円ってとこか。
人口二万人の領主でしかない俺にはちょっと用意できねえな。
人口五十万人の領主であるヴェルにだってきついだろう。
ターセル帝国正規軍の司令官で皇帝の寵愛をうけている(というかどっちかというと寵愛しているのはラータの方だけど)、ラータ将軍だからこそ用意できた金だな。
「当然カルビナ・リコリもかなりの脅威を感じて、何人もの暗殺者を送り込みましたが、すべて失敗に終わったそうです。今は暗殺対策のために一箇所にとどまらず、カルビナ・リコリと同じように各地を転々としているとか……」
「連絡をとる方法は?」
「わかりません」
「いや、それじゃ駄目だろ……」
「でも、連絡さえとれれば、協力はしてくれるはずなんです」
「なんでそれが分かるんだよ」
「傭兵ギルドマスター、タニヤ・アラタロは今たしか四十歳ほどだったはずですが、私の母とは懇意の仲でした」
ふむ、なるほどな。
となると、今度はそのタニヤ・アラタロと連絡をとる方法を探さなきゃならないな。
「入ってみるか、傭兵ギルド」
俺がそう言うと、キッサは苦い顔をして、
「どうしてもエージ様がそうしたいとおっしゃるなら止めませんが……。私としては夜半にでもグラブ市の官邸を襲って、婆さまとその玄孫さまを奪還すればいいと思います……」
婆さまが官邸にいるってのがそもそも推測にすぎないし、首都を一人で襲うってのもそもそも危険ではある。
だいたい奪還に成功したとして、そこからまた帝国領まで帰らなきゃいけないわけで、それだってうまくいくかはわからん。
なにより、その後キッサたちがこの地にとどまったとして、安全が確保できるとは考えられない。
「傭兵ギルドの支部って、グラブ市にあるのか?」
「あることはありますが、今はカルビナ・リコリに敵視されてますからね……どうなってるか……」
「情報収集だと思って、ひとまずそこへ行ってみるか」
「情報収集だけなら、私も賛成できます」
そんなわけで、奴隷商人の格好をした俺たちはグラブ市へと入った。
おっと、その前にもうひとつやりたいことがあった。
「キッサ、もうひとりかふたり、奴隷がほしいんだけど、奴隷市場ってあるか?」
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