4 添い寝



「キッサは獣の民の国の、どの辺の出身なんだ?」


「首都グラブ市の近くです。騎士様にとらえられたときは、たまたま遠縁の親戚の家に滞在していたときに、戦いが起こったのです。そこは小さな定住地だったのですが、その前月に獣の民の国の軍勢がイアリー領に侵攻した報復として襲われて……」



 その辺の話はけっこう複雑だった。


 いくつかの定住地があるとはいえ、基本的にはハイラ族は遊牧民族だ。


 家畜に餌を与えるために、土地から土地へと移動する。


 その一部分がイアリー領と隣接……というか、重なっていて、昔からいざこざが絶えなかったらしい。



「我々としては、何百年も昔から遊牧していた土地ですから、イアリー家が領有権を主張したところで遊牧をやめるわけにはいかないのです」



 とはいえ、イアリー家にとっても、遊牧民たちにじわじわと土地を侵食されていくのを指をくわえて待っているわけにはいかない。


 ヴェルの先代、つまりヴェルの母親であるところのマイラ・ア・ヴァル・イアリーは、ターセル帝国の領土を侵食しつづける遊牧民たちに戦争をしかけ、現在の国境を確定させたという。


 その国境だってターセル帝国がそう主張しているだけで、ハイラ族には納得できるものではなかったらしい。


 国境問題はイアリー領だけではなく、獣の民の国と隣接するほぼすべての封建領主の領土で発生していて、帝国としても黙っているわけにはいかなかった。


 そんなわけで今にいたるまで、イアリー家やその他の領主、ひいてはターセル帝国全体と獣の民の国との戦争が巻き起こっていたのだ。


 ただ、今現在では、獣の民の国の内部はさきほど説明した内紛のせいで対外戦争どころではなくなってきていて、ハイラ族の兵とローラ族の兵が国内でにらみあっている状態だという。


 ターセル帝国も先の反乱で当然戦争どころではなくなっていたので、今は停戦状態となっている。



「とにかく、グラブ市へむかいましょう。そこで情報収集をしなくてはなりません」


「実家に戻らなくていいのか? グラブ市の近くなんだろう?」


「この首輪をつけたままですか? 私にも親戚はいます。血族のメンツもありますし、下手するとエージ様が殺されかねません、そしたら私も死にますし、エージ様が私の親戚を殺すのも受け入れられません。余計な争いごとはいらないでしょう?」



 確かに、目的外での戦闘は避けたいところだ。


 正直、俺の力をもってすれば、ある程度の戦力までならば殲滅できるだろうけど、それはキッサの親戚なわけだ。


 うーん、キッサの言うとおり、キッサの実家に近づくのはやめたほうがいいだろう。


 俺たちは草原の広がる土地を馬で行く。


 遊牧民の国らしく、とにかくだだっぴろい。


 たまに牙ヒルビの群れを連れた人々に出会う。


 牙ヒルビって、鹿のような羊のような、奇妙な見た目をしているけど、それ以上に馬鹿でかい。


 馬と同じくらいある。


 なるほどね、これを魔石の力でコントロールするわけか。


 獣の民と呼ばれるのもわかる。


 そしてこれらの魔獣を戦闘に使えば、かなりの戦力となることも容易に想像できる。


 あのヴェルをもってしても、そうそう簡単には獣の民を打ち破れず、膠着状態が続いていたのも分かる気がする。


 首都グラブまでは三日の道のり。


 獣の民の国へ入った頃からシュシュのテンションがあがってきて、



「ねーねー、私達、帰ってきたの? 帰っていいの?」


 と俺に何度も訊く。


 まだ九歳のシュシュだ、奴隷となってまだ数ヶ月とはいえ、かなりの懐かしさを感じているのだろう、とても嬉しそうにしている。


 そっか、そうだよな、やっぱり生まれ故郷が一番なのかもな。


 俺なんかはもうあのクソみたいな生活にはもどりたくないし、日本に帰りたいとも思わなくなってきたけど、九歳の女の子にしてみれば生まれた場所に戻りたいと思うのは当然だ。


 キッサとシュシュが俺の奴隷じゃなくなっても、俺のそばで働いてほしいと思っていたが、でも、それは違うのかもしれないな。


 本人たちが帰りたいと思うのならば、故郷に帰らせてあげるのもいいかもしれない。


 もちろん、俺の独善的な考えにすぎないのかもしれないけどさ。


 キッサは伝書カルトを操れるし、キッサたちが故郷に戻っても、俺と文通くらいはできるだろう。


 夜は道端にテントを張って過ごす。


 テントといってもそんなでかいものじゃない、四人が身を寄せあってギリギリ眠れる程度の小さなもの。


 獣の民の国では、野生の魔獣たちがたくさんいるが、キッサもいるし、俺もいるんだから、道端での野宿もそうそう危険はないだろう。


 あとは盗賊の類だが、俺とキッサとサクラで交代で見張りにたてばいいだろう。


 奇襲さえされなければ、たいがいの奴らは俺の能力で余裕で返り討ちにできる。


 そんなわけで、俺たちは小さなテントにもぐりこんだ。


 最初はキッサが見張りのためにテントの外で焚き火の火を守る。


 俺とサクラとシュシュはくっついて横になった。


「失礼ですが……私、ご主人様とこうして身体をくっつけてると、なんだか安心します」


 サクラが言う。


「もうちょっと、くっついても、いいですか?」


 最近はある程度のわがままもいうようになったなあ。


 うん、夜伽三十五番と呼ばれていた頃とは大違いだ。


 いいことだと思う。


 そのわがままの内容もかわいいもんで、もちろん俺もそうしてくれると嬉しいから、


「ああ、いいぞ」と答えた。


「では、失礼して……」


 ギュッと俺に抱きついてくるサクラ。


 物心ついたころから奴隷として育てられ、あのリューシアに買われて夜伽奴隷扱いされていた彼女は、本当の意味での安心できる人肌ってのを体験したことがないのだろう。


 その大きな胸を俺に押し付けるようにして抱きつき、


「はぁ……」


 と笑みを浮かべてため息をついた。


 俺はそのブラウン色の髪の毛をなでてやると、


「うふふ」


 と笑ってさらに俺に身体を押し付けてくる。


 うんうん、これこれ。


 こういうの、いいよな。


 もし今二人きりだったら、このままアレなことになってもおかしくない感じ。


 でも。


 もう一人の人物が俺たちを見張っているのだった。


「ねーねー、おにーちゃんとサクラおねーちゃんは今、えっちなことしてるの?」


 突然シュシュにそう聞かれてびびった。


「い、いや、してないぞ?」


「じゃあ、いいね。おねえちゃんから、二人がえっちなことをしてたら呼びなさいっていわれてるの」


 ……キッサ……。


 妹を使って監視するとは、なかなかやるなあ。


 ま、しょうがない。


 俺はシュシュも抱き寄せ、二人の女の子を腕枕してやりながら、


「じゃ、寝るか」と言った。




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