105 終焉
なにかを予感したのか、セラフィが裸のまま窓を開け放す。
すると、ちょうどそのタイミングで一羽の伝書カルトが窓から飛び込んできた。
もう太陽は登り始めており、朝日が目に眩しい。
伝書カルトが首からさげている筒、そこに入っていた文書にはただ一行だけ、こう書いてあった。
「無事勝った」
以降は、俺があとからラータやヴェルに戦況の様子を聞いた内容だ。
ラータ率いる第三軍一万は、三つの隊に分けられていた。
一つは主力の重装歩兵六千。
重装歩兵というのはその名の通り、分厚い装甲をもった鎧を装着し、でかい盾を持つ。
俺も後日その訓練のようすを見せてもらったが、地球の古代ギリシアの戦法と似ていた。
つまり、盾を左手にもって密集し、自分の左半身と左側にいる味方の右半身を守る。
自分の右半身は右側にいる味方の盾によって守られることになる。
盾と盾のあいだから長槍を突き出し、密集したまま突撃することにより敵を打ち倒すのだ。
盾は特殊な法術によって保護され、ある程度の法術攻撃に耐えられるようになっている。
もちろん同じ国、同じ訓練を受けた軍同士だから、ヘンナマリ派の第二軍も同じような隊形をとる。
もう一つは軽装歩兵二千。
重装歩兵よりも装甲が薄い鎧を着込み、ただしその代わり機動力を得て対応力に優れた兵種だ。
そして騎兵旅団二千。
その名の通り、馬を駆る騎馬兵の兵種。機動力に非常に優れているが、馬は先の尖った物を嫌うので槍には弱い。
ラータの第三軍と、ヘンナマリの第二軍はそうやって睨み合った。
ちなみに主力の重装歩兵、正面に対しては絶大な力を発揮するが、横からの攻撃には非常に弱い。
したがって、その左翼と右翼に軽装歩兵、そして騎兵旅団、さらにその外側にヴェルの率いるイアリー騎士団――ほぼその全員がイアリー馬を駆る騎兵だ――が守る。
勝負を決めたのはそのイアリー騎士団だった。
ヘンナマリのアウッティ騎士団も同じ配置だったが、その騎士団同士の強弱が全体の趨勢を決めたのだ。
最初、未明にラータの第三軍は奇襲気味に突撃を敢行した。
始めは有利に戦いが進んでいたが、なにしろ数が違う。
ラータの主力六千に対して、第二軍の主力重装歩兵は一万五千。
次第に押し返されて、ラータの正面戦力は後退を余儀なくされた。
だが、それこそがラータとヴェルの狙いだった。
ヴェルの率いる騎兵は全員が例のイアリー馬、つまり法力によって強化できる馬に乗っていた。
対するヘンナマリのアウッティ騎士団が使うのは普通の馬。
機動力と突進力がまったく違う。
その上、ラータは未明に奇襲をかけたが、ヘンナマリは親征のためにセラフィを帝都に迎えに行っている時刻であり、戦場にヘンナマリは不在だった。
これがもっとも大きいかもしれない。
もしヘンナマリがその場にいて戦況を正しく理解していたならば、突出しすぎた正面兵力をいったん引き、戦線を構築しなおしていたかもしれない。
だがそれをできる指揮官はほかにはいなかった。
その頃、ヘンナマリは俺と闘っていたのだ。
ヘンナマリ派の第二軍は主力がラータの第三軍を押していたが、反面、両翼のイアリー騎士団はアウッティ騎士団を圧倒していた。
俺たちがヘンナマリを裸に剥いていた頃には、すでにアウッティ騎士団を敗走させていたという。
そこでラータ将軍の号令一下、イアリー騎士団はアウッティ騎士団の追走をやめ、第二軍の背後をとった。
ここに、ラータが直接指揮する第三軍の重装歩兵と軽装歩兵が正面を担当し、騎兵旅団が横から、それにイアリー騎士団が後ろから攻め立てるという包囲網が完成した。
退路を立たれ、前からも後ろからも敵に攻撃されるという状況に第二軍は大混乱に陥り、指揮系統は乱れ、最後には三千人もの死傷者(でも考えてみればこれだってもとは皇帝ミーシアの兵だ、心が痛む)を出して潰走した。
いや、潰走できたものはまだいい、ほとんどが包囲網の中だったので、第二軍の兵たちはその場で武器を捨て、自ら衣服を脱ぎ、裸になって投降したという。
この勝利で皇帝ミーシアを頂点とする第三軍・イアリー騎士団の帝都奪還が事実上決定的となって、敗北を聞いた第二軍の残り、つまり帝都を守っていた部隊もほとんどが投降し、ヘンナマリの騎士団はヘンナマリの領土に逃げ帰った。
驚くことに、俺に対して勝利の伝書カルトをラータ将軍が放ったタイミングだが。
まだ勝利が確定していないとき、つまりイアリー騎士団がアウッティ騎士団を追い払った時点だったという。
なんつーやつだ。
死体の回収と捕虜の確保を終えたラータと第三軍、それにロリ女帝ミーシアは、その日の夕方に帝都に入った。
その陣容はまさに圧巻。
輿に乗ったミーシアを先頭に、将軍ラータ、騎士ヴェル・ア・レイラ・イアリーが騎馬で続き、その後に第三軍とイアリー騎士団、その後ろからは裸に向かれた捕虜数千人(もちろん全員女だ)をひきつれて市内を練り歩き、皇帝ミーシアの復権を市民に印象づけた。
その頃、俺は残った近衛兵を集め、彼女らの皇族、ひいてはミーシアとセラフィへの忠誠を確かめると、裸にひん剥いたヘンナマリを十字架にくくりつけて帝城の城門に掲げていた。
「もし君が」
これは後日ラータに言われた言葉だ。
「もし君がヘンナマリに負け、セラフィ殿下を連れられてヘンナマリの領土に逃げ帰られていたら、この反乱はさらに長引いただろうね。あと半年か、一年か……。その間にも北西の獣の民の国、魔王軍、東方共和国、彼らがどう動いたかわからない。本当に完全勝利を手にできたのは君のおかげだよ、エージ・アルゼリオン・タナカ卿」
そう。
完全なる勝利だった。
のちに、歴史上、『ヘンナマリ・ア・オリヴィア・アウッティの反乱』とよばれるこのクーデターは事実上の終わりを告げたのだ。
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