104 セラフィ

 結論からいうと、失われたアリビーナの左足は戻ることはなかった。


 マゼグロンクリスタルの力を使ったわけでもない、ただ俺とキッサの法力を合わせただけで、法力が増幅されたわけじゃない。


 シュシュの治療法術の限界だろう。


 だけど、なんとか一命は取り留めたようだった。


 本当は死んでいたところ、足一本ですんでよかったというべきなのかもしれない。


 ただ、くやしい。


 俺がもっとうまくやれてれば、アリビーナをこんな危険な目に合わせなくてすんだかもしれないのに。


 俺は気絶した全裸のヘンナマリを、近衛兵の死体からはぎとった革のベルトでしばりあげると、それをおんぶするようにかつぎあげる。


 そして上へと向かう階段をのぼっていく。


 キッサとサクラが二人でアリビーナに肩を貸し、シュシュがそのあとからついてくる。



「ねえ、赤いおねえちゃん、だいじょうぶだったの?」



 心配そうにいうシュシュ。よかった、食欲だけじゃなくて優しい心もちゃんともってるんだな。



「ああ~! きたきたきた! 副作用きました!」


「…………あ、はい、そうですね……きついですね……」



 さすがにキッサとサクラはつらそうだ。


 だけど俺たちの目的はセラフィ殿下だし、なにをおいてもそれが最優先だ。


 キッサは俺から離れると首輪の拘束術式で死んでしまうからつらくても一緒にきてもらわなきゃならない。


 無理させることになるが、俺についてこさせることにしたのだ。


 ほんと、あとでボーナスをはずんでやらなきゃな。


 階段にもまだ近衛兵やヘンナマリの部下たちの生き残りがいたが、俺が近づくとまるでモーゼを前にした海みたいにさあっと道を開ける。


 ま、こいつらに俺を倒せるわけないしな。


 一歩一歩階段をのぼっていく。


 ヘンナマリをかついでいるのでさすがにきついけど、法力を身体に充実させればなんとかなる程度だ。


 なるほど、こうやって女しかいないこの世界でもなんとか力仕事をまわしていたんだな。


 マゼグロンタワーの階段は、螺旋階段になっていた。


 そういやミーシアは儀式のときここを登って死にそうなほど疲れたとかいっていたけど、確かにこれはなかなか急な傾斜の階段だ。


 俺は法力でなんとかしているけれど、アリビーナに肩をかしているキッサとサクラはもう言葉も発することができないほど必死の形相でついてくる。


 この二人の法力は俺がもらってしまったしな。


 これ、あとで金貨何枚やればいいかな。


 いやそういうのは俺がちゃんと俸禄をもらってからの話だけど。


 よく考えたら俺は準騎士という地位にはなったけど、まだ一度も国から俸禄も領土ももらってなかった。


 キッサとサクラに報いたいから、あとでミーシアにおねだりしてみようか。


 ビルでいえば三階か四階分くらいのぼっただろうか、俺たちは階段の途中に一つの立派なドアがあるのをみつけた。



「ここか……?」



 ドアをノックする。


 返事はない。


 鍵もかかっていないようなのでそおっと開ける。


 中は和室でいえば二十畳分くらいの広さ。


 西洋の中世っぽい豪華な装飾がほどこされてあり、一番奥に立派な椅子があった。


 そこに、一人の少女が座っていた。


 長くまっすぐな黒髪。


 輝く大きな黒い瞳。


 清澄な白い肌。


 儚げな美人なのに、なぜか目の前にすると圧倒されるほどの存在感。


 どことなく雰囲気が帝座にあるときのミーシアに似ている。


 間違いない。


 俺はヘンナマリの身体を床に放り投げる。


 少女は裸で縛られているヘンナマリを見ると、ほんの少しだけ眉を動かした。


 だが動揺したようすはない。


 俺はその場に跪き、言った。



「私はミーシア・イシリラル・アクティアラ・ターセル陛下の命令により計画された、ラータ・テシラルガン・マディリエネ・レンクヴィスト閣下の作戦に従い、殿下をお助けに参った者……エージ・アルゼリオン・タナカと申します。殿下は……セラフィ殿下でいらっしゃいますね?」


「やあ。噂はかねがね聞いていたよ。ヴェル・ア・レイラが蘇らせた異世界の戦士だね?」


「はい」


「会えて嬉しいよ。私の名は……」



 そこで少し考えこむセラフィ。


 一呼吸おいてから、



「私はセラフィ・イシリラル・カルタンティス・ターセル。皇帝陛下の再従姉妹にあたる皇族だよ」と言った。



 俺はほっとして息をつく。


 なにしろ、ここで「私が現皇帝だ」などと名乗られでもしていたら、俺は彼女をここで捕縛しなければならなかったからだ。



「殿下はこの……」



 俺は床に転がっているヘンナマリに一瞬視線を落とし、



「この逆臣ヘンナマリに強引に連れ去られ、ここに幽閉された……間違いないですね?」


「事実関係としては間違いはないね」



 セラフィの声はとても透き通っていて胸に染み渡るような心地良い声だ。


 この身にまとっているカリスマ感、オーラ。


 さすが皇族、ミーシアですら「私よりうまく皇帝やれる」といっていただけある。



「そして殿下はなにもご存知ない……外界でなにが起こっていたか、何も知らなかった、よろしいですね?」


「事実関係としては間違っているね。そこの露出狂騎士がペラペラしゃべってくれたからね、これからはあなたが皇帝だとか、なんとか」


「それでは困ります」


「私は国を守りたい」


「はい?」


「それは皇族としての責務だ。これだけの災禍を国にもたらしたものとしては、ヘンナマリ一人じゃあ、ちょっと生け贄が足りないね」



 そう言ってセラフィはたちあがった。



「私はね、陛下のことは……ミーシアのことは赤ん坊の頃から知ってる、かわいい妹みたいなものさ。そして、私は皇族とはいえ、ミーシアの臣下でもある。……最大限、国を守る行動をしたい」



 セラフィは身に着けている豪華は服に手をかける。



「どちらにころんだとしてもね。ヘンナマリがここでこうしているが、帝都の郊外では今日、決戦が行われる予定だ」


「いえ、おそらくもう始まってます」


「そうか。さすがラータだね。ヘンナマリの上を行っているね、私はこれからヘンナマリに連れられて戦場に赴く予定だったのだけど」



 しゅるしゅると衣擦れの音もすがすがしく、自らの服を脱いでいくセラフィ。



「いずれにしてもヘンナマリの負けさ、ここで裸になって縛られているんだからね。そして、私の負けでもある。ミーシアの完全なる勝ちでなくちゃいけない」



 セラフィは、俺の目の前で、一糸まとわぬ裸になっていた。


 すっきりとしたプロポーション、長い髪は腰までおおっていて、黒い髪とのコントラストで白い肌がさらに白く見える。


 胸はさほど大きくはないけど、それがまたバランスがよく見えて、最高に美しい名画の裸婦画のようだ。


 セラフィは細い腕を俺に差し出す。



「さあ、私は皇帝陛下に弓引いた反逆者だ。私のことを縛るといい」


「できません」



 俺は答えた。


 裸のセラフィに圧倒されそうになるが、言われるがままに縛り上げるなどとてもできない。



「皇帝陛下の命は、セラフィ殿下を救出せよ、でした。反逆者として捕縛せよ、とはおっしゃっていません。……以前、皇帝陛下とヴェル卿との会話を聞いたことがあります」


「ん? なんだい」


「皇帝陛下はこうおっしゃっていました。この帝国内で自分の味方は十人もいない、その味方はヴェル卿、エリン公、ラータ閣下、そして……セラフィ殿下である、と」


「…………。でもね、皇族内にもミーシアの敵はたくさんいる。ヘンナマリ一人を粛清したところで奴らの動きは止まらない。皇族であれど、皇帝に反逆したら死。それは法であり、実情がどうあれ外形上そうであったならそうしなければならない。私を辱めよ、そして殺せ! そうでなければ、第二、第三のヘンナマリ、第二、第三の私がまた現れる」


「そうだとしても!」



 ああ。


 なんということだ。


 ヘンナマリがセラフィを担ぎ上げた時点で、セラフィは自分の死を予感していたのかもしれない。


 だけど、彼女を捕縛なんてできるわけがない。


 そんなことをしたら、ミーシアの精神がもうこれ以上はもたない。


 それに、セラフィのミーシアや国を思う気持ちは美しかった。



「私にはできません。殿下、ミーシア陛下からお味方を奪わないでください……」



 いつのまにか、俺の目から涙が流れていた。


 セラフィはなにひとつ悪いことはしていない。


 力なき皇族が、権勢を振るう騎士に誘拐されて利用された。


 ただそれだけなのに。


 しかし、彼女はミーシアのために死ぬつもりなのだ。


 ああくそ、俺は、俺は何を言えば……。


 と、そこに。



「おなかすいたー」



 という声が。


 緊張感ねえなこいつ!


 振り向くとシュシュが腹を抑えてふてくされている。



「あわわわわわ、キス、キス……」


「ご主人様ぁ、わ、私にキスを……」



 キッサとサクラもそろそろ限界だ。


 片足を失ったアリビーナは顔を青ざめさせて、呻き声を上げている。



「殿下。現実問題として」


「ん? なんだい」


「いま殿下を捕縛するだけの余力がわれわれにはありません。まずはお召し物を。そもそもこの帝国内の出来事は! ありとあらゆることが皇帝陛下によって決められることであり、殿下についても陛下が決めるべきことです。陛下の御裁可が降っていないのにもかからわず、我々臣下が勝手にどうこうすることはできません。私はヘンナマリ追討の命は受けておりますが、セラフィ殿下につきましては救出せよとの命を受けております、捕縛せよとはいわれておりません。それに反することはすなわち皇帝陛下への反逆! 私にはとてもできません。ところで殿下、ちょっと失礼します」


「なにを……」



 そろそろ限界だ、なにしろ粘膜直接接触法の副作用の苦痛は、麻薬の何十倍ともいわれている、ほっとくわけにはいかない。


 ヴェルに言わせれば、『死ぬほど苦しい』らしいし、見て見ぬふりってのも俺の性格じゃできない。


 俺はまずキッサに近づいてくちづけしてやる。



「エージ様……んふぅ~~~んちゅ~~……んちゅ、んちゅ、んちゅ」



 俺の唇を貪るキッサ。


 次にサクラだ。



「ご主人様、ありがとうございます、んちゅ、んれろれお……ありがとうございましゅう」


「……なにをやってるんだきみたちは」



 呆れたように言うセラフィ。


 キスしまくる俺たちの傍らで、シュシュがいった。



「お肉食べたい」



 素っ裸の少女、その隣でキスしまくる男女、腹へったとわめく幼女、なんだこの光景。


 シリアスがふっとんだわ!





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