帝都奪還

96 アリビーナ



 馬車一台が通れるかどうかの抜け道。


 そこを俺たちは馬車でひた走っていた。


 ラータが用意した馬車、御者は別に雇い、客車部分に俺とキッサ、シュシュ、夜伽三十五番。


 そしてもう一人の人物が乗っていた。


 護衛兼いざというときのための法力補充要員。


 ラータが指名した人物だ。


 無造作に束ねた赤い髪、緑色の瞳。


 体格は俺より少し身長が低いくらい、今はぼろぼろの粗末な奴隷の服を着ている。


 顔立ちについて言えば、いわゆるスラブ系だ。


 言うまでもないがアホみたいに美人。


 スラブ系、つまりロシア人女性ってたいてい美形ばっかりだよな。


 男と言えばプーチンの顔が思い浮かぶけど。



「緊張しますね」



 震える声で彼女が言った。



「しかし、あのエージ卿と一緒に作戦に参加できるなど、これ以上ない光栄です。軍人として、これ以上ない誉れです」


「いやいや、それほどでもないよ、アリビーナ」



 俺がそう言うと、



「いいえ! この第八等従士、アリビーナ・イサーエヴナ・カラスニコバ、まだ士官学校を出たばかりの准士官の私が、異世界より蘇りし伝説の戦士、エージ・アルゼリオン・タナカ卿とご一緒できるなんて! なんたる……なんたる幸せ!」



 うーん、そこまで崇拝されてもなあ。


 なんだか俺を慕っている部活の後輩、みたいな感じで悪い気はしないが。


 っていうか、異世界より蘇りし、ってちょっと大げさっぽくないか?



「私は士官学校の成績こそほどほどでしたが、剣を使った実践となるとからっきしで……。本当に私などで務まるのでしょうか?」


「うん、今回は奴隷商人と売り物の奴隷、という形で潜入するからさ。奴隷に帯剣させるわけにもいかないし、剣なんてつかえなくていいと思うぞ」



 と俺は言った。


 実際その通りで、この世界では奴隷に武器なんてもたせないのが普通だそうだ。


 ましてや売り物の奴隷となるとなおさらだ。


 ので、ラータは俺の能力も鑑みて、配下の中でもっとも法力の保有量が多く、もっとも近接肉体格闘に向いている人物――アリビーナを選んだのだ。



「このわたくしアリビーナ、剣はまったくダメですが、拳を!」



 ぎゅっと握りこぶしをつくるアリビーナ。



「この拳に込めた一撃だけは誰にも負けないつもりです! 直接攻撃が当たらないと私の場合法力が発動しないのが難ですが……しかし! 当たりさえすれば! 巨大な岩だろうが城壁だろうが簡単に崩してみせましょう!」



 こいつ、自分で説明しやがったが、要はそういうことだ。


 アリビーナの法術は自分の拳と足に法力をこめ、それで対象物を殴ったり蹴ったりすることで発動する。


 近接格闘術そのものにも自信があるみたいで、士官学校内での大会でも優勝しているらしい。


 剣を持たせられない以上、殴り合うような近接格闘向きの人選というわけだ。



「じゃあ、改めて作戦を説明するぞ」


「はい!」



 俺たちは馬車の中で車座になる。



「まず、俺たちは奴隷商人として帝都に入る――」


「がまんがまん」


「そしてなんとかして、帝城の中まで侵入することを目指す。今帝城では焼け落ちた帝宮の再建で人が集められている。人手は少しでもほしいはずだ」


「パン肉肉お芋かぼちゃとうもろこしお魚……がまんがまん」


「そこで俺たちはそこに奴隷を売りに行くふりをする。そこで情報収集だ。一番大事なのは今現在のセラフィ殿下の居場所。ところがこれについてはほぼ絞れているんだ」


「がまんだよーがまんだよー私がまんするんだよー」


「帝城のマゼグロンタワー。その中の一室で、ほぼ監禁状態に置かれているらしい。ラータ将軍閣下が潜りこませておいたスパイや、敵側に今はついているけど俺たちと内通している内通者、それにプネルたちの情報をあわせても間違いない。反乱軍の会議もほぼそこで行われている」


「がまんーがまんーが、まんーが、まんーが……あれ?」


「近日中にラータ将軍とヴェル卿はヘンナマリに決戦を挑む。当然なにがなんでも勝たなければならない。でも勝ったとしてもセラフィ殿下を連れて逃げられでもしたら、反乱は長引いて泥沼になることも考えられる」


「まんがまんがまんがまんが」


「だー! うるさいなーもー」



 言うまでもないが、シュシュがお腹を減らしているのだ。


 つい一時間前にたくさん肉とパンを食べてたくせに。


 食に対するあまりの貪欲さにさっき俺が叱ってやったんだけど、それでかなり反省したらしく、こうして食欲を我慢してるらしい。


 意識的にか無意識的にか口に出してしまってるんだけどな!


 まだ九歳なんだから別にいくら食べても構わないとは思うけれど、さすがにシュシュの場合は限度を超えてる気がする。


 うーん、でもなあ。


 九歳の成長期だしなあ。


 キッサは妹の食欲に恥ずかしさを覚えたのか、顔を赤くして俯いちゃってる。


 うーんうーん、食わせていいものかどうか……。


 肥満させるのもよくないし……。


 俺の迷いを見ぬいたのか、



「シュシュ、これを食べるといい」



 赤髪緑目のアリビーナがそう言ってパンを渡した。



「おいアリビーナ、あんまり甘やかすなよ」


「いいえ、エージ卿。子供は世界の宝なのです。子供たちがいなければ国も成り立たず、軍隊もなりたたないのです。子供に食べたいだけ食べ物を食べさせたいからこそ、国は戦争を行うようなものです」



 ま、間違ってはいない。



「ただ……」



 アリビーナは眉を潜める。



「たしかに、私から見てもこの食欲は異常だと思います。食べる量に比べて成長してるようにも見えませんし……。私の母の故郷の伝承で、似たような事例を知っています。まさかとは思いますが」


「ん? 伝承? それは?」


「いやいやいや、エージ卿、ただの伝承ですよ。天に選ばれた子供は……」



 と、その時、急に馬車が急ブレーキをかけて止まった。


 ガクン、と馬車全体が揺れ、俺たちはみんな転がりそうになる。


 アリビーナだけはさすが鍛えているだけあってまったく動じてなかったが。


 と、御者が馬車の中に駆け込んできた。



「ひぃぃい! の、野良のフ、フルヤコイラの群れです! だから嫌だったんですよこんな細い道を行くのは……。五匹はいますぜ、ど、どうします?」



 フルヤコイラってのはあの馬並の大きさをした、六本足の犬の魔獣だな。


 どうしますもなにも、フルヤコイラ程度、俺の能力で瞬殺だ。


 やれやれ、仕方がない、ちょっと片付けてくるか。


 俺が立ち上がろうとするのを、アリビーナが押し留めた。



「お待ち下さい。エージ卿が出るまでもありません。私におまかせを」



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