86 ヒダリ
天幕に入ってきたのは、すらりと背の高い女性だった。
おそらく俺と同じか俺より少し高いくらいの身長だろう。
百七十センチから百七十五センチの間、ってところか。
背が高くて八頭身、すげえな、まじでモデル体型だ。
かなり青みがかった黒髪で、それをくるぶしまで伸びた長いツインテールにしている。
高級そうなローブを羽織っているが、ヴェルのように甲冑を身に着けている、ということはない。
将軍といっても、ぱっと見は文官に見える。
年の頃は……どのくらいだろう、若く見えるんだけど、二十代半ばくらいじゃないか?
女性の年齢を見た目で当てるのは得意じゃないから自信ないけど。
いずれにせよ、年齢なんて気にならないレベルの美人だな、こりゃ。
美人すぎてやばい、この世界にきて美少女にはたくさん出会ったけど、大人の女性、という中ではまちがいなくナンバーワンの美形だ。
完璧すぎるプロポーションに、完璧すぎる美しさ。
ツインテールが殺人的に似合ってる大人の女性、なんて普通いないぜ。
その美人は、
「これはこれは陛下、ご機嫌麗しゅう……」
ヴェルと同じようにミーシアへ挨拶すると、数人の護衛の兵士に向かって、
「これより、機密の会議を行う。護衛は外で」
と人払いをした。
これで、この場にいるのは少女帝ミーシアと、女騎士姉妹のヴェルとエステル、それにこの女性――おそらく、彼女がラータ将軍なのだろう――と、それに俺だけとなった。
「さて、と――」
初めて会う第三軍の将、ラータは俺を見ると、
「ま、楽にしなよ、ここにいるのは身内みたいなもんばかりだからさ」
と言った。
そのサバサバとした様子、運動部の元気がいい女の先輩、って感じだ。
モテる雰囲気をプンプン醸し出している。主に女子の後輩とかにモテるタイプ。
「あんたがエージ・ア・タナカだね。私の名前はラータ。ラータ・テシラルガン・マディリエネ・レンクヴィスト。第二等将士で、帝国第三軍の統帥権を皇帝よりお預かりしている。よろしく、エージ・ア・タナカ」
「ア?」
思わず聞き返してしまった。
なんだ、俺の名前にいきなり称号をいれないでくれよ、びっくりするわ。
「え、でも、君、第五等準騎士なんでしょ? 準騎士からはアルゼリオンの称号が許されるんだ、だから今君の正式名称はエージ・アルゼリオン・タナカ……君には洗礼名はないのかい?」
洗礼名?
あ、なるほど、例えばヴェルの場合でいえば、ヴェル・アルゼリオン・レイラ・イアリーが本名で、レイラってのが宗教的な洗礼名だ。ラータならマディリエネの部分だな。
「いや、そのようなのは持っていないです」
「んー。それだと格式高く聞こえないよ。異世界からの戦士だって、この世界で生きていくんならつけといたほうがいい。ま、いいか、あとで考えよう。そんなことより、君、騎士叙任の儀式を略式ですましたそうだね?」
騎士叙任の儀式とは、ミーシアと唇でキスする前にやった、あれか。
あれもキスだったけど、ミーシアの足の指にキスをしたのだ。
あれで略式だったのか。
「本来なら、三人立会人が必要なんだよね。私とヴェル卿とエステル卿とで、ちょうど三人だ、ここでやっちまおう」
というと、陛下はこちら、ヴェルはこっちエステルはこっち、とテキパキと段取りを整えた。
うーん、さすが帝国の士官学校で教鞭までとったという将軍、なにをするにも如才ないということか。
俺はミーシアの前に跪く。
その俺に、ミーシアがそっと耳元で囁いた。
「あの、ね、今日はちゃんと足洗ったんだからね。また芳しいとかなんとか、変なこと言わないでよね」
ちょっと頬が赤い。
そりゃそうか、前に、この十二歳の女の子に対して、足の香りがどうの、なんていっちゃったもんだから、本人、気にしちゃってるわこれ。
正直申し訳ないなあ。
で、正式な儀式が始まった。
ラータが地声よりも低い、儀式めいた声で、
「これより、ターセル帝国による、騎士叙任の儀式を始める。皇祖イシリラル・ターセル陛下の御霊に誓い、皇帝ミーシア・イシリラル・アクティアラ・ターセル陛下へ誓え。……」
決まり文句っぽい文言を言い始めた。
そのあとにミーシアが、
「第八等従士、エージ・タナカ。汝を、帝国に背き、皇帝たる朕を弑せんとした逆賊リューシア・テシラルガン・ユーソラ・カンナス、及び帝国を侵略せんとした魔王軍の飛竜を誅滅せし功、誠に大。以後も朕と朕の帝国に身を捧げ、戦において多大なる戦功をあげた。その忠義と武勲、前例に照らしても格別な昇進に値す。従って、汝、エージ・タナカの昇進を認め、今ここで第五等準騎士に任ずる。今後も朕に忠誠を誓い、その命を朕に捧げるならば、朕の聖なる足に接吻を許す」
と言った。
うん、前にも聞いたなこれ。
ええと、なんと答えるんだっけ……?
あ、そうそう。
「拝命します。我が主君よ、母よりも妻よりもあなたを愛します」
「よろしい。我が足に接吻を許す。朕の足をとり、その爪に誓いのくちづけをせよ」
ミーシアが靴を脱ぎ、右足を差し出す。
うん、前にやった通りだな、これ。
そこの中指にキスをしようとして――
「ちがうちがう!」
慌てた、でもヒソヒソ声でラータが訂正する。
「左、左、ヒ・ダ・リ!」
「え、ああ、左足だったのね」
慌てて差し出した右足を引っ込めるミーシア。
「右足の中指は配偶者専用! ……ってまさか陛下、前回の略式のとき、間違えて――?」
「ひぇっ!? は、は、は、配偶者? そうだっけ?」
「ま、まさか……」
「ちちちちちちちがうもん! まままままま間違えてないもん! 前もちゃんと左足だったもん! ね、エージ?」
バレバレです、陛下。
ま、俺も話を合わせておくべきだろう。
「はい、前回も左足でした、陛下」
「でででででしょう? ふふ、ごめんね、今だけまちがっちゃった……」
ほっぺた赤いです、陛下。かわいいです。
「ではちちちちかいの、くちづけをせよ」
俺は陛下の左足を取る。
ちょっと足裏にさわっちゃったみたいで、
「ひゃうん!」
とミーシアが声を上げる。
かわいいなあ、まだ皇帝になって一年しかたってない十二歳だもんなあ。
そんな少女の、左足の中指の爪にそっとキスをする。
その瞬間、ビクビクッとミーシアの全身が震えたみたいだが、まあいいや、かわいいなあ。
ちなみに、なんだかバラの香りがする御御足でした。
もしかしたらこないだ言われたこと気にして、わざわざ香水かなにかをつけてきましたね?
うん、かわいいなあ。
ともかくこれで、無事に俺の準騎士叙任の儀式が終わった。
準騎士といっても格の違いだけで、実際はほぼ騎士と同じようにふるまってもいいらしい。
なるほど、まさか八王子の安アパートで納豆食いながら安月給で営業マンやってた俺が、騎士になるとはね。
人生なにがあるかわからんもんだ。
武士もそうだが、主君があってこその騎士。
俺の主君様は――
ミーシアの顔を窺う。
目があった。
「ちちちがうからね、は、配偶者じゃないからね、エージは私の騎士だからねっ!」
顔を真赤にしてそう主張する十二歳女子。
かわいいなあ。
「もちろんでございます陛下。わたくしは陛下の忠実なる騎士でございます」
うーん、自分で騎士とかいうの、結構恥ずかしいぞ。
「さて」
ラータが口を挟んだ。
「これで、皇帝陛下の御前に、将軍が一人と騎士が三人。今我々は厳しい状況下にいるけれど、みなが力を合わせれば乗り越えられる者と思う。陛下の御前をお借りして、これからの展望について話しあいましょう」
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