85 直臣



 食事をすませたあと、天幕から外へと出る。


 しかしほんとにすごいな、広い草原に、大小さまざまな天幕がびっしりと並んでいる。


 一万人以上がここで野営しているのだ、当たり前といえば当たり前だが。


 天幕が立ち並ぶ野営地の中でも、ひときわ目立つ、いっそう立派な天幕があった。


 入り口の左右には、三羽の鳥が止まっている王冠の紋章の旗、それに、ナイフを咥えた兎の紋章の旗。


 第三軍とイアリー騎士団の旗だ。


 天幕の入り口の上、中央にはマゼグロンクリスタルを模した旗が掲げられている。


 皇帝の紋章なのだろうか?


 そういや、もうずっと奴隷姿のミーシアしか見ていないので、皇帝の紋章ってのがどういうものか、おぼえてなかった。


 ま、きっとこれなのだろう。



「まずは陛下に謁見して挨拶するわよ」



 ヴェルがそう言ってその立派な天幕にはいっていく。


 女騎士姉妹に続いて俺もその天幕の中へと入る。


 奴隷三人はまたもや外で待機。


 天幕は俺が寝ていたところや、食事をとったところよりも二回りほど大きい。


 内装も豪華で、いかにも皇帝専用、って感じだ。


 そして天幕内部の中央には正装したミーシアが座っていた。


 おお。


 正装してるとこ、久しぶりに見た。


 こうしてみると、十二歳の女の子(しかもドM)とはいえ、やっぱりオーラがあるよなあ。


 黒髪のおかっぱ頭、大きくて深く輝く黒い瞳、十二歳らしい、小柄な体型。


 幼いような、でも少しは大人っぽくなってきたような、そんな顔立ちは日本人形みたいに整っている。


 うん、やはりおかわいらしい。ドMだけど。


 それに、絢爛豪華な衣装にでっかい帝冠、きらびやかな宝石類。


 ま、帝冠はレプリカらしいけど。


 あとで聞いた話だが、帝国正規軍である第三軍には、皇帝親征に備えて、皇帝専用のこういった衣装や調度品が準備されてあるらしい。


 ミーシアは俺の顔を見ると、ほっとした表情でニコッと笑った。


 俺も笑顔で会釈を返す。


 そのあと、俺たちはミーシアの前に並んで跪き、代表してヴェルが、



「皇帝陛下におかれましては本日もご機嫌麗しゅう……」



 などと、堅苦しい挨拶をする。


 今更感たっぷりだが、こういうケジメをつけておかないといろいろ緩んでしまうのだろう。


 護衛の兵もいるし、その手前もある。


 こういう上下の関係は、第三者がいるところでは特に、きちっとやっておくべきなのかもしれない。


 ロリ女帝ミーシアと女騎士ヴェルは幼なじみの親友同士なのだからなおさらだ。



「よかったですね、ヴェル。エージが生きていて」


「はい」


「泣いていましたものね、エージの法術――緑色の光を見た時、生きてたんだと思って涙がでたとか」



 そうなのか。


 そういう話を聞くと、俺としても嬉しい。



「あの……陛下……そういうことはぜひ秘密に……エージが調子に乗るといけませんので……」



 もごもごとヴェルが言う。


 ミーシアは、クスクスといたずらっぽく笑って、妹の方の女騎士に声をかける。



「エステルはエージとは初めてだよね? どう、仲良くなれそう?」



 訊かれてエステルは、



「もちろんでございます。聞くところによると、陛下ばかりではなく、私の姉――ヴェル卿までも何度か命の危機を救われたとか。仲良くしないわけがありません」



 うお、こいつさっき俺の足を蹴りまくったばかりか、ハイキックを食らわそうとしたくせに。


 皇帝陛下の前だと思って、なーにが仲良くしないわけがありません、だよ。



「エージはどうですか?」



 ふむ。


 なんとこたえたもんか。


 さっき蹴られたスネが痛い。



「ヴェル卿とそっくりでびっくりいたしました」



 ほんとそっくりだよ、ヴェルにはみぞおちをおもいっきり蹴られた記憶があるからな!


 俺もヴェルの腹を思いっきり蹴った記憶もあるけどな!


 もっというと目の前にいる皇帝陛下の柔らかなお腹にまで蹴りをいれてしまった記憶もあるが、それはきっとなにかの間違いだろう。


 ミーシアはふふふ、と笑って、



「そうですよね、昔から瓜二つで。ヴェルよりも二つ年下の十五歳でしたか。ヴェルほどではありませんが、法術の腕もなかなかのものなんですよ。陪臣にもかかわらず第四等騎士の称号を与えたほど、優秀なのです」



 なるほど、陪臣には第四等っていうのは重い官位なのか。


 ってことは、俺の第五等ってのはどういうのだろうな?


 この国の官位制度についても興味が湧いてきた。


 ので、つい聞いてしまった。



「陪臣で第四等というのは珍しいのですか?」


「そうですね、帝国内でいいますと、第一等はたいてい一人か二人、第二等は十人ほど、第三等で十五人ほどいます。第四等となるとぐっと多くなって……百人はいるのかな。でもその中でわた……朕の……いいや、私の直臣でないものはエステルを含め数人といったところですね」



 直臣というのは直接の家臣、陪臣というのは家臣のそのまた家臣、ということだ。


 ヴェルは皇帝の直臣、ヴェルの家臣であるエステルは皇帝から見たら陪臣、ということになる。


 この国は半封建体制をとっているみたいなので、封建制の部分は、日本の江戸時代を思い浮かべてもらえばわかりやすいかもしれない。


 例えば、江戸幕府の大名、上杉景勝は将軍と主従関係を結んでいるので直接の家臣、直臣で、その景勝と主従関係を結び、景勝の家臣である直江兼続は、将軍からみれば陪臣となる。


 ふつう、陪臣は御目見得――最高位の主君(幕府なら将軍)に拝謁の権限がないのだが、特別に許されることもあったらしい。


 ということは、ここで一緒に挨拶しているエステルは特別な陪臣ということになる。


 ま、ぶっちゃけ、ミーシアの個人的な感情も入っての拝謁権なのかもしれないが。


 なにしろ、親友の妹だからな。



「ヴェル卿。私の身分は今、どうなっているのでしょうか?」



 聞かずにいられなかったので、つい聞いちゃった。


 だって今まできちんとした形で聞いたことないしなあ。


 今の俺って帝国の官位的にどうなってんだか知りたいと思うのは当然だろう。


 陛下に直接聞くことでもないので、ヴェルに聞くという体裁をとってみた。


 と、そのままヴェルが答えてくれる。



「そうね、最初第八等だったときから、俸禄は帝国が支払うということだったし、最初から直臣よ、あんた。ただし、あんたを蘇生させたのはあたしが資金を拠出したんだから、特別の例外で直臣だけどあたしの命令に従うこと、という但し書きがあるわけ」



 うーん、よくわからん。



「正直、長い歴史の中で例外が例外を産んで結構こんがらがっちゃってるところあるから、陛下の言うとおりにしていればいいのよ。――陛下、今はエージは第五等ということですが――?」


「そうですね、それをラータに相談してみたらさ、一度儀式をここでやり直してすっきりさせたほうがいいんじゃないかって。今の時点でもエージの手柄が大きすぎるし、のちのち遺恨にならないよう、ヴェルやラータがいるとこでちゃんとしましょう、だって。私もその方がいいかなって思って。というわけで、エージ、改めて告げます。あなたは私の直臣の第五等、ただし、ヴェルの協力によって蘇生させたわけだから、今後常にヴェルよりも官位を上回ることなく、意見が相違した場合は常にヴェルが優先。つまり、貴族会議の際は実質ヴェルがエージの分の票も持つ、ってことで」



 おいおい、だんだん口調がフランクになってきているぞ、皇帝陛下。


 っていうか、貴族会議なんてもんもあるのか。


 あたりまえだが、この国の制度やらなんやらを記述してたら何十冊分もの本になっちゃいそうだな。



「でね、さっきラータを呼びに行かせたんだけど――」



 その時、ちょうどラータその人が天幕に入ってきた。

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