49 夜伽三十五番
現在のご主人様である俺と目を合わせるのは失礼だとでも考えているのか、少女は伏し目がちに部屋の隅に立っていた。
俺は彼女の前に立ち、なるべく怖くならないように優しげな声で尋ねる。
「そういや、お前、なんて名前?」
「名前……。……名前?」
やっぱり俺の顔を見ようとはせず、床に視線を落としたまま、奴隷少女は何を訊かれているのかわからないような顔をする。
「わたくしは生まれついての奴隷ですから名前はいただいておりませんけれど」
「え、そういうものなのか?」
「はい? ……あ、はい。 そうですけど……?」
そういやキッサとシュシュはもともとが奴隷じゃないからな。ちゃんとスクランティアっていうファミリーネームまで持っていた。
「生まれつきの奴隷さんは名前ない人もけっこういるんだよ」
とそのシュシュが横から教えてくれた。
「そういうものなのか?」
「うん、番号で呼ばれたりする」
うーん、日本じゃ刑務所以外ではありえん話だな。まあ、奴隷なんて囚人より過酷なんだろうけど。
日本で生まれ育った俺にはさっぱりわからん。
「じゃ、お前の番号は?」
本人の意志にかかわらず、俺はこれからこの娘にキスをするのだ。
名前も知らないってのはちょっと、アレだ、いやなんだよ俺。この際番号でもいいや。
「……番号はご主人様がつけてくださいませ。……前のご主人様には夜伽三十五番と呼ばれていました」
うん、あいつを殺したのは正解だった。
……三十五番って、あいつ、どんだけ夜伽奴隷を抱えてたんだよ……。
夜伽ってのは性的に夜のお相手をすることで、つまりこの奴隷少女は、あの変態クズサイコパス少女リューシアから、それ用に飼われていたってことなんだろう。
一瞬言葉につまった。ついでに胸までぐっとつまった。
名前はあとでつけてやることにしよう。
「……とりあえず、お前から法力とマナをもらっていいか?」
「あ、はい」
奴隷少女は躊躇せずに返事をし、遠慮勝ちに訊く。
「あの、どのくらいお渡しすればよろしいですか? 法力とマナ全部を死ぬまで? わたくし、もう死んでもいいんですか?」
えー。
そんなこと言われても。
なんか、怖いんですけど。
死んでもいいかと訊くってことは、こいつ、死にたいのかな。奴隷だしな。それも、あの極めつけの変態殺人狂少女の、夜のご奉仕奴隷……。
そっか、ほんとは死にたいのか。
そうかもな。
もしかしたら、ほんの少しあの戦闘の風向きが変わっていたら、こいつはリューシアのサソリの尾で刺し貫かれて死ねたのかもしれない。
俺がリューシアを倒したおかげ……いや、そのせいで、この娘は今日も生き延びてしまったってことか。
すまんな、お前のことはヴェルを助けたあとじっくり考えるから。
ただし、今は、お前の事情を斟酌してやる余裕が俺にもあんまりないんだ。
悪い、彼女にとってみれば、彼女からマナを吸い取ろうしているわけで、やってることはきっと俺もリューシアも変わらないだろうに。
「死んでは駄目だ。死なない程度にいっぱいくれ」
「あ、はい」
ちょっとがっかりした表情をする奴隷少女、夜伽三十五番。
そして、
「どうぞ」
と言って唇を突き出す。
……うーん。
なんだろこれ、このモヤモヤ。
改めて見ると、この奴隷少女、あのリューシアが夜伽用に飼っていただけあって、なかなかの美少女だ。
ゲルマン系っぽい青い瞳を持つヴェルや、日本人形みたいな黒髪黒目のミーシア、それに髪の毛まで真っ白なキッサやシュシュとはまた違う人種なのだろう。
地球で言えば中央アジアな印象がどこかにある。ぽってりとした唇が色っぽい。
どうでもいいがこの世界には美少女しかいないのか?
こいつの元ご主人様の、あのゴミ女リューシアですら、顔立ちそのものは整っていたし。
……うん、素晴らしい世界だ。
身長はヴェルと同じくらいで俺より頭ひとつ低い。ダボダボの粗末な服を着ているけど、よく見るとすっきりした体型をしている。バストはでかいけど。馬鹿でかいけど。
奴隷と言っても労働じゃなくて夜伽用だけあって、ブラウンのショートボブの髪も肌も綺麗に手入れをされている。
「……あのリューシアはお前も補給袋に入れてたんだな……」
「あ、はい。戦いの前にはいつも連れて行かれてました。わたくしは体内に蓄えておけるマナの量が他の人より多いらしいのです。『夜の技術が高くてもったいないから、なるべく使わないようにするけどね』とおっしゃってました」
なるほど、こいつはとっておきだったってことか。だから最後に残していたんだな。
なんだか俺も感覚が麻痺してきているので、
「じゃあ、そのマナをもらっていいか?」
と訊く。
マナをもらうと一言でいっても、要はキスするわけだが、
そして今現在置かれている状況を考えれば、拒否されたところで無理やりするんだが。
……いや、自己嫌悪はあとにしておこう。
ところが、そんな俺の逡巡に気づきもしてないのだろう、
「あ、はい、どーぞ」
と三十五番はあっさり言う。それから目を閉じ、顔を少し上に向け、そして唇から舌を出した。
ふっくらした鮮やかな紅色の唇の間から、控えめな桜色をした舌先がちらりと覗いている。
え。
これを、吸えってこと?
ふえぇぇ、この世界の人間、みんなおかしいよお。
などと言っている場合じゃない。
まあいいや実際考えてる暇もねえしな。
ふと見ると十二歳のロリ女帝ミーシアは顔をそむけてるし、キッサは自分の膝の上に妹のシュシュを座らせてその目を手で覆っている。
子どもが見ちゃいけないことをしてるんだよな……。
ちょっと背徳感にとらわれるけど、二度目ともなると俺もモジモジ悩むことはしない。
俺は三十五番を抱き寄せるとその唇と舌に吸い付いた。
思い切り力をこめすぎて、ジュパ! と露骨に音を立ててしまった。
この音もみんなに聞こえてるよな、恥ずかしい……。
三十五番の舌はいかにも「肉!」というような質感で、俺は唇でそれを挟み込む。
「んん……」
奴隷少女は俺の背中に手を回して密着してくる。
その上、その胸の大きな膨らみを俺に押し付けてきて、そればかりかそのふかふかのバストで俺の身体をマッサージするかのように身体を動かす。
おいおいなんだよこれ、この動きは必要なのか?
奴隷少女の巨大マシュマロは、むにゅむにゅもにゅもにゅととんでもなく柔らかくて、俺の脳みそまで柔らかくなって駄目になりそうだ。
そして口の粘膜では、また別の感触。
キッサよりも、もっちりとした唇。
少女の舌は器用に動いて俺の舌を探り、ズルズルと舌粘膜をなすりつけてくる。
その瞬間。
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