19 流星は帝都を覆う

「ゾルンバード! 二羽、そっちに行きます!」



 瞬間、ヴェルが剣を抜いた。



「ミーシア、伏せて! エージはそっち! こっちはあたしがやるわ!」



 何がなんだかわからない。


 え、何が起こったんだ?


 ゾルンバードってなに?


 次の瞬間、目の前に現れたのは。


 始祖鳥、って知っているだろうか。


 あの羽の先に爪を持ち、くちばしに歯を持つ恐竜と鳥の合いの子みたいなやつだ。


 あれに似た巨大な鳥が二羽、塔の上にいる俺たちに向かって一直線に飛んできたのだ。



「我を加護するプルカオス、我のマナを燃ゆる石に変えよ!!」



 ヴェルが叫び、剣を払う。


 空気がビリビリと震動する。


 ヴェルの剣先から真っ赤に焼けた炎の塊が放出され――


 それが今まさにヴェルに襲いかかろうとしていたゾルンバードに直撃した。



「ヒギャアアァァ!」



 ゾルンバードは耳をつんざくような雄叫びとともに炎に包まれ、地面へと落下していく。



「エージ! そっちに一匹いったわ!」



 鋭いヴェルの声。


 ヴェルの言うとおり、俺にむかってもう一羽のゾルンバードが突っ込んでくる。


 牙のあるくちばしを開け、今まさに俺に噛みつこうとしていた。


 とっさにニカリュウの聖石を手に持ち、



「死ねぇ!!」



 無我夢中で叫んだ。



「グギャア!」



 ゾルンバードは俺の顔のすぐそばを通りぬけ、そのまま塔のてっぺん、俺達の居る場所の床に激突した。


 クシャ、と骨の砕ける音。


 もうピクリとも動かない。



「エージ、やるじゃない……。さすがジュードーの使い手ね。まさか帝都のどまんなかに魔獣がいるとは……。珍しいわ。群れからはぐれたのかしら」



 足元にあるゾルンバードの死骸を足で蹴ってヴェルが言う。


 しかし、これも魔獣ってやつか。


 フルヤコイラとかいう六本足の魔獣以外では初めて見た。


 俺が殺して死骸になっているのに、その姿は見るだけで恐怖で身がすくんでしまうほどの異形の生物。



「まあ、今の騒ぎで衛兵がこっちに来ちゃうかしらね……。ミーシア、残念だけど今日の遊びは中止よ、早くそれ着てあたしの奴隷のフリしなさい」


「あーあ。残念……」



 もう早くも上着を脱ぎかけていたミーシアががっかりした声で言う。


 っていうか、ちっちゃい肩が露出していて、ブラジャーの紐らしきものすらすでに見えている。


 見えちゃってるよ皇帝陛下!


 馬鹿じゃねーの、どんだけ気が早いんだよ!


 いやあうっすい肩だなあ!


 もっと食わなきゃ成長しねえよ!?


 あとブラジャー必要なほど胸ないんじゃないの?


 でもちょっとセクシーに見えちゃうってことは俺ってばロリコンだったんだろうか?


 しかしまあ、これで俺も魔物を殺せるだけの力があるのははっきりした。


 正直、襲われている最中はそうでもなかったけど、無事に切り抜けた今になって心臓がドキドキし始める。


 いやミーシアのブラジャーを見たせいじゃない、と思う。


 違うってば。


 安堵のため息をついて改めて空を見上げる。


 満天の星空、地平線の向こうからこちらに向かって流れ星が落ちてくるのが見えた。


 願いごとでもした方がいいんだろうかね。


 お願いごと……。


 なんだろう、今度こそ、誇りのもてる人生を……。


 でも流れ星ってすぐに消えちゃうんだよな。


 あ、またひとつ。


 お、またひとつ流れ星。


 ヴェルも流れ星をじっと見つめている。


 この世界にも流れ星に願うとそれがかなうとか、そういう迷信があるんだろうか。


 でもこの流れ星、数が多いな。


 一つや二つじゃない。


 南西の方角から、五個も、十個、いや百……?


 なんだこれ!


 空が流れ星で埋め尽くされていた。



「まさか……ありえないわ……」



 ヴェルが目を見開いて言う。


 なんだ、なにが起こっているんだ?



「これ一体なにが……」



 俺がヴェルに問おうしたその瞬間、流れ星はミーシアの――皇帝の住居に直撃し、爆発を起こした。


 一つだけじゃない。


 いくつもの流れ星がミーシアの住居に集中して落ち、その辺りが爆炎に包まれる。



「なに、これ……」



 ミーシアが呆然として呟く。


 ヴェルは目を細めてそちらの方向を見つめ、



「――くる」



 と言った。


 次の瞬間、ヴェルの居室のあたり、その上空にどでかい――これは――竜!?


 大きな翼を持った、ええと、ゲームで見たわこういう奴、空飛ぶドラゴンがヴェルの居室の上を旋回しつつ飛んでいる。


 燃え上がる宮殿の炎に照らされて、その姿はまさに異様で威圧的だった。



「飛竜……まさか、魔王軍がこの帝都まで……」



 ヴェルが真っ青な顔で言う。


 遠くからでも飛竜の馬鹿でかい姿はよく見えた。


 その飛竜が大きく口を開け――ヴェルの居室に向かって正確に、火を吐いた。


 自衛隊の火炎放射器の動画を見たことがある。


 あれの何十倍もの威力をもった火炎が、一帯を火の海に変えた。


 何百メートルも離れているはずのここまでその熱量は届く。


 俺のほっぺたが熱い。


 その間にも流れ星――いや、魔王軍の攻撃ってことか、それがミーシアの住居やヴェルの居室や、それにエリンの住居、近衛兵の駐屯所に集中して落ちていく。


 そのたびに爆発音がして、その爆風は遠くにいる俺達にまでとどいた。



「あそこで寝ててあの奇襲くらってたら、あたしでさえどうなってたか……。いやそれよりも、ミーシアがここにいなかったら……」



 ヴェルが血の気のひいた顔で言う。



「エージ、下の奴隷呼んで連れてきて! あたしは遠視も暗視も使えない! あいつに見させるわ!」



 言われたとおり、塔のてっぺんに奴隷姉妹を連れてくる。



「なんですかこれ、何が起こっているんですか?」


「おねえちゃん、おにいちゃん、こわいよお……」



 キッサとシュシュの姉妹が混乱して俺に訊いてくる。


 俺にだってわかるものか。


 ミーシアはローブを深く被り、自分が寝ているはずだったバロック建築風の住居が燃え落ちていくのを、身を固くしてただ見つめている。


 王城のあちこちから、法術をかけられた武具なのだろうか、光る矢が上空を飛び回るゾルンバードや、それに巨大な飛竜に向かって射掛けられている。


 だけどその数は明らかに少なくて、反撃というには火力が足りなそうに見えた。


 ヴェルがキッサに言った。



「あんたの拘束術式そのものは解除できない――けれど、法術の封印はあたしの権限で解けるわ。あんた、暗視と遠視が使えるでしょ、法術封印を解除するから、あっちの方向――」



 帝都の南西を指さす。



「あっちを中心に遠視と暗視で見てみなさい。なにがいる?」



 そしてヴェルはキッサの首輪に手をあて、ブツブツと何かを唱えた。


 キッサの奴隷首輪が光り、カチリと音が鳴った。


 キッサは俺の顔を見る。


 俺は頷いて、



「頼む」



 と言った。



「――わかりました。見てみましょう」



 キッサは人差し指と中指の二本を南西の方角に向け、



「我を加護するキラヴィ、我と契約せしレパコの神よ、我に闇の向こうを見せしめよ!」



 と叫んだ。



「何が見える?」



 ヴェルが言う。



「……まず、魔物の群れ……空を飛ぶ魔物が……三百ほど……飛竜は三匹……その他はゾルンバード二百とステンベルギ百……」


「ステンベルギまで……三百となると、これは組織的な攻撃よね……くそ、魔王め……あとは!?」


「人間の軍勢……南西に……一万ほど……?」


「味方の援軍だわ!」


「いえ……そいつらも魔物たちと一緒に……城を攻撃しています……」


「はあ!?」


「その人間の軍勢は、法術で南西城壁に攻撃を……城壁の守備兵は壊滅してますね……これは持ちません……」



 報告するキッサの声も、驚きと恐怖のせいかかすれている。


 キッサの遠視と暗視の能力ってすげえな、高性能レーダーだ。


 軍事的には最優先されるべき技術だ。


 情報を握る者が戦況をコントロールできるのだ。


 ここにキッサがいなければ俺達は何もわからず右往左往するしかなかっただろう。


 いやまあ、今も混乱の極みにいるのだけど。


 ヴェルが苛立ったようにキッサに訊く。



「人間の軍勢って? どこの? 旗や盾の紋章とか見える!?」


「……王冠に、二羽の鳥がとまっている紋章……」


「第二軍よ! なに、第二軍の……リューシア? リューシアが反乱起こしたってこと? あとは? それだけ?」


「バラの花……」


「バラ!?」


「はい、バラの花の紋章が見えます……」


「なによ、くっそおおお!!」



 ヴェルが抜き払った剣を塔の床に切りつけた。


 剣は豆腐を切るかのように石でできた床へめり込んだ。



「くそ……へ……」



 ヴェルが歯をむき出しにし、ブロンドを逆立て、怒りの形相で叫んだ。



「ヘンナマリィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!」






 オールィンゴ歴八五二年、ターセル帝国第十八代皇帝ミーシア・イ・アクティアラ・ターセルの二年、五の月。


 ターセル帝国史上最も大規模なクーデターが勃発した瞬間だった。


 この時から、大陸全土は戦乱の炎に包まれることになるのだった。


 そして当然、俺もこの戦乱に否応なく巻き込まれていくことになる。



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