第14話 ひめごとは曝かれて①
〈アルバトーリア王国〉王都。
白と青で統一された美しく清々しい街並みを見下ろし、メルトリアは王都を護る外壁の屋上で歓声を上げた。
風に流れる亜麻色の髪が日の光できらきらと光っている。
「綺麗……! さすが大国ね! こんなに大きな外壁があるんだもの――お城も美しいわ」
「そうだな、滅多に外壁の上まで登ることなんてないけど」
途中、街道をやってきた乗合馬車に乗せてもらうことに成功した俺たちは一週間ほどで王都に辿り着いた。
日はまだ昇りきっていなかったので、王城に寄り王との謁見を申し込んだ。
すると、久しぶりに会う鋭い眼光の騎士が言ったのだ。
「千葬勇者様、貴方がいらっしゃった場合、優先的にお連れするよう仰せつかっています。よろしければ私がいまから王のところにご案内させていただきますが――?」
渡りに船。俺としては少しでも早く挨拶を済ませて〈ヴァンターク皇国〉皇都に行きたいところだったんで、二つ返事でお願いさせてもらった。
ちなみにこの騎士、いつのまにか騎士団長まで登り詰めていたらしい。
初めて会ったときはまだ剣を握ったばかりだったのにな。
なんとなく感慨深い。
「……で、王は外壁でなにしてるんだ?」
「視察です。最近は魔物の被害が少なくなりましたが、そのせいで防衛に対する緩みが出ていると」
「――それは俺も感じるところだな。宿場町で魔物の目撃情報が放置されてたよ。詳しくは割愛するけど――魔物は
「⁉ さ、
サッと青ざめる騎士にパタパタ手を振って俺は続ける。
「とりあえず被害はなく終わった。ギルドにはまだ報告できてないけど、王城にも報告を上げるよう伝えておくよ」
「はっ……申し訳ございません千葬勇者様――」
「気にしなくていいよ、たまたま請けただけなんだ」
大きな体を丸めて萎縮する騎士に笑い、俺は駆け抜ける風を思い切り吸い込む。
草原の緑の香りは冬に向けて少し薄れ、代わりに乾いた冷たい空気が肺を満たした。
「……それで王はどこに?」
「この先の物見塔にいらっしゃいます」
外壁の上では数人の騎士たちが巡回を行っている。
町の様子もよく見えることから、例えば火事とかが起こっていればすぐに鳩が飛ばされて伝達される仕組みだ。
昔は王都の外――主に魔物の襲来を見張っていたものだけどな。
「――わかった。メルトリア、行こう」
「あ、はい!」
メルトリアはマントを頭からすっぽり被ると俺の後ろからついてくる。
「どうした?」
「少し冷えちゃったみたい。……それに私が目立つこともないでしょう? 王様だなんて……」
マントを目深に掻き寄せて微笑む彼女に、俺は苦笑を返す。
そういえば王に会う身分じゃないとかなんとか言っていたかもな。
――まあ、無理強いすることじゃないか。
俺たちは青い空の下、巨大な外壁をゆっくりと歩いて物見塔へと入る。
中は松明が灯され、細い螺旋階段が上へも下へも続いていた。
騎士団長は俺たちを先導してその塔を登り、一番上の扉の前で足を止めると……凜とした声を上げる。
「王、視察中に失礼いたします。千葬勇者様が見えられました」
――すると。
扉のなかで気配が動き、勢いよく鉄製の扉が開いた。
「アルトか⁉」
飛び出してきたのは齢四十二歳になるはずのアルバトーリア王、その人だ。
少し白髪の交ざってきた紅髪と太い眉の下には人に好かれそうな垂れ目。
貫禄がどうとか言って伸ばしている顎髭は……正直似合っていない。
「いや……王様が率先して飛び出してきたら駄目だろ……」
思わず突っ込むと彼は紅い髪を弾ませながら首を振った。
「そんなこと言うでない! お前と私の仲であろう! 本当はこちらから呼ぼうとしていたところでな……して、どうした?」
昔から懐かれているというか……いい王様なんだよな。
紅い髪の下で光る翠の瞳が俺と似てるって喜んでいたっけ。
「呼ぼうとして? ……まあいいか。伝えておきたいことが――」
そのときだ。
息を切らせた侍女がひとり、階段を駆け上がってきた。
「し、失礼させていただきます、王に至急ご報告がッ……」
その取り乱しようからして、ただならぬ事態だとわかる。
俺が一歩下がって道を開けると、後方で侍女が石床に膝を突く。
「……よい、話せ」
王が告げると、彼女はくしゃくしゃな顔を上げた。
「前王に発作が――!」
「そうか。……アルト、一緒に来てくれ。丁度話がある」
俺は無言で頷き、歩き出す王について踏み出す。
ふと見るとメルトリアがマントの下で眉を寄せて唇を引き結んでいた。
「行こうメルトリア――大丈夫か?」
「……あ、う、うん!」
――そうして通されたのは前王の寝室だった。
閉められたカーテンが薄く日の光を透かし、彼を……前王を取り囲む医師たちが王に気付いて頭を下げる。
「……発作は落ち着きましたが――酷く弱っておられます。お話は短めにて……」
ひとりの医師からこそりと告げられた言葉に王は深く頷き、ベッドへと歩み寄る。
俺はメルトリアとふたり、視線を交わして扉の側で足を止めた。
「父上、発作が起きたとか。どうかご無理はなさらずに」
「……おお、すまんな……このとおり、いまは落ち着いておる」
「謝ることなどありません。実は嬉しい報せをお持ちしたのですよ。なんと千葬勇者アルトがやってきておりましてな!」
表面では嬉しそうに――だけどきっと動揺しながら、王が大袈裟な仕草で両腕を広げる。
上半身を柔らかな背もたれに預けた前王は俺へと目を向けると、深い皺の刻まれた目尻を緩め、僅かに頷く。
彼は……俺の記憶よりずっと痩せていた。
「……アルト……? ――ああ、よく来てくれた。久しいな。ふ、酷く老いたろう……?」
「なに言ってるんだよ。……いい歳の取り方だ。外壁から見てきたよ。〈アルバトーリア王国〉は今日もすごく綺麗だった」
「……そうか……そうか。千葬勇者……アルトスフェン。私は……いつも助けられていたな」
「…………」
やめろよ、と言いたかった。
まるでこれから……星になるような、そんな。そんな言葉が聞きたいわけじゃないんだ――。
でも、当の前王ときたら……どこか嬉しそうでさ。
「――魔王が討たれ、この国は繁栄した……お前のお陰だ」
魔王を討ったとき、彼はまだ八歳。
そこからは王都に行く度に俺のもとを訪ねてくれた。
いまの王が産まれるときも生誕パーティーに呼んでくれて――勇者一行の皆と会わせてくれたんだ。
皆が年齢を重ねていたことがどこか寂しくて――でも新たな命の誕生が嬉しくて……そんな日だったっけ……。
過ぎし日を懐かしく思いながら、俺はゆっくりと首を振った。
「俺は国を造ることはできないし、繁栄させるなんてもってのほか。だからそれは貴方たちの力だ――前王」
その言葉を聞くと……王と前王は目を合わせて頷く。そして王が俺に向き直った。
「……アルトよ。私たちは、もうよいのではないか……と思ったのだ」
「……え?」
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