第7話 はじまりは呪われて⑥
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落ち着くと今度はとんでもなく恥ずかしさが込み上げてきて。
俺は両手で顔を覆って
「あー……」
「アルトスフェン、温かいお茶持ってきたよ」
俺が落ち着いたとわかったらしいメルトリアはどこからか木製の器に淹れたエルフの茶を持ってきて、ルーイダは黙って極上の笑みを浮かべている。
「……おう、ありがとな……」
とにもかくにも、これだけ派手に泣いたのだから隠しようもない。
俺はマントを返しつつおずおずと器を受け取って、その甘酸っぱい香りに「ふう」と息を吐きかける。
するとメルトリアが俺の前にぺたりと座り込み、意を決した顔で言った。
「ねえアルトスフェン。私ね、秘密があるの」
「……貴族のご令嬢ってことか?」
「ち、違います……。えぇとね、家族との約束があっていまはまだ話せない。だけど彼に……私の一番の家族に会ったら話せるようお願いするわ。だからね、貴方ともっと話がしたい」
「…………」
「馴れ馴れしいとは思っていないって言ってくれたよね、だから、どうか」
メルトリアはそっと俺に右手を差し出す。
「私に――もっと貴方のことを教えてほしい。私が――貴方を
俺は真っ直ぐ見詰めてくる翡翠色の瞳に魅入られた。
自分が俺を忘れないため、と言った彼女は……きっと俺より先に星になる。
それでも――嬉しかったんだ。
故郷の村の奴も『語り継ぐ』と言ってくれたけど、そうか。
俺は、千年分のなにかを遺せるんだな――。
貰った革張りの手帳に旅を記して、いつか見付けてもらえるかもなんて思った……でも違う。
俺が、俺を、自分で遺すってことなんだ――。
「……おう、よろしくな。それと――ありがとうメルトリア」
握り返した手に……メルトリアは花が咲いたような笑顔を見せてくれた。
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翌日、俺は朝食から今後の予定についての話を出した。
「メルトリアの住んでる……ええと『生息場所』はどのあたりなんだ?」
「え? そうね、ここからだとずっと西のほう……かな」
「そうすると
「ありがたいって?」
メルトリアが香草を練り込んだパンを優雅な所作で千切りながら聞き返す。
「俺、旅に出るつもりでここに挨拶にきたんだ。アルバトーリア王からハグレの魔物討伐の依頼が届くこともあるから、故郷にはもういないことを直接伝えておきたくて。悪いけど王都には寄らせてもらいたい」
「お、王に……直接?」
目を瞬く彼女は難しい顔をしたけど、すぐに頷いた。
「……そっか、わかった。王都を経由して向かいましょ」
まあ、王様と直接会おうなんて言うのはそりゃ珍しいか。
俺は笑ってパンを齧る。
「んぐ。……そうだ。メルトリアも旅の道連れとして紹介しようか」
「⁉ い、いえ、そんな気遣いは必要ないと……!」
慌てふためく彼女は助けを求めるようにルーイダを見るが、ルーイダは少し考える素振りをみせ、赤い木の実を口に運びながら言った。
「いっそ、それも有りかもしれないわよメルティ」
「そ、それは……いえ、駄目よ! 私は王族と関われるような立場じゃないもの」
メルトリアは亜麻色の髪を揺らして首を振り、千切ったパンを口に放り込む。
そのまま難しい顔で咀嚼する彼女に、俺は笑ってしまった。
「そんなこと言ったら俺なんて小麦農家の息子だったけど?」
「……それはまた別の話じゃないかな……」
翡翠色の双眸を瞬いた彼女はなんとも言えない表情をすると、パンを呑み込んでため息をこぼす。
「……はあ。とにかく王都を経由してアルトスフェンを龍族のもとへと案内するわ。エルディナ大森林からだと南の
「あれ、メルトリアは地図には強いんだな」
少し意外だったんで俺が言うと彼女は唇を尖らせる。
「アルトスフェン、私のこと『なにもできない』と思ってない? ここまでだってひとりで来たんだからね?」
「はは、ごめん。そうだったな。……だとするとその双剣も結構覚えがあるのか? 肌身離さず装備しているみたいだけど」
彼女は昨日から装備をきっちりと整えた状態で過ごしている。
俺が聞くと、メルトリアは胸に手を当てて得意気に応えた。
「ええ、何十年と練習した程度には扱えるんだから!」
「ふ、何十年って……まだ二十歳そこそこだろ」
「う……っ」
すると俺たちを眺めていたルーイダが呟いた。
「楽しそうねぇ……いい相棒じゃないの」
「そうかしら? そんなことないと思うけど……」
「え、そこ否定するところじゃないだろ……」
俺が顔を顰めると、目が合ったメルトリアはくすくすと笑ってからぽんと手を叩いた。
「そうだ! ルーイダも一緒に来てくれたらアルトスフェンも嬉しいんじゃない?」
「馬鹿言わないで頂戴。旅なんてもうしんどいわ。美しくたってそれなりの歳なのよ、これでも」
「美しいって自分で言うのは台無しだって何回も言ってるだろ……」
俺は戯けてみせるルーイダに言いながら……少しだけ寂しくなった。
自分を遺すとしても、俺が親しい誰かを『葬送』することに変わりはないから。
口にするつもりはないけどさ――。
「……とはいえ王様もいきなりあんたがいなくなるとは思っていないでしょうね」
ルーイダは頬杖をついて言うと、なにかを肯定するようにゆっくりと頷いた。
「そうね、なら……アルト。王様に伝えてくれる? ハグレの魔物討伐、必要あればエルフが手伝うって」
「え? いいのか?」
「大物の数は減ってきているし、回数はここ数十年で数えるほどのはずよ。私たちエルフも王都とは交流しているし、いい関係を続ける切っ掛けにもなるわ」
「……そういえば小麦粉があるものね。エルフは農業はしていないはずだし」
メルトリアが呟くけれど、ああ。昨日彼女が派手に躓いたあの袋……。
俺がうんうんと頷いていると、翡翠色の瞳が俺を睨んだ。
黙っていなさいと言いたいらしい。
「――そうと決まれば書簡を用意するわ。あんたたちの出発はいつ?」
「アルトスフェンが問題なければ数日中にはと思うけど……どうかな?」
「おう、俺は今日でも問題ない。龍族はともかく、人族の動きは早めに調べておいて損はないはずだし」
「じゃあ今日の昼にしましょうか。ルーイダ、急だけど……」
「私は構わないわ。朝食を食べたばかりでなんだけど昼食くらいは食べていきなさいね」
ぺこりと頭を下げたメルトリアにルーイダは金髪を払って頷くと……立ち上がって食器を片付け始めた。
慌てて手伝おうとするメルトリアだけど……俺と目が合うと唇を尖らせる。
「い、言ったでしょう。練習中なの、いろいろと!」
……まだなにも言っていないんだけどな。
そんなわけで、俺とメルトリアは〈アルバトーリア王国〉王都へと出発することにした。
ルーイダは笑いながら「あんたに葬送されるのも悪くないわね、気が向いたらいらっしゃい」なんて軽口を吐いたけど……まったく、俺の気にもなれよな。
微妙な顔をしたらしい俺の
「――千葬勇者、あんたの千年紀行に祝福を。いってらっしゃいアルト」
「……おう」
黙って見守っていたメルトリアは胸に手を当てて深く頭を下げる。
亜麻色の髪がさらりと流れるのを横目に……俺は拳を突き出した。
「エルフたちにも千葬勇者から感謝と敬意を。いってくる」
「あはっ、言うわね!」
ルーイダは俺の拳にガツンと自分の拳をぶつけると頷いた。
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