第3話 はじまりは呪われて②

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 さて、魔王を倒してからの俺は『勇者一行』としてのパーティーを解散。

 また二年近くをかけて生まれ故郷へと戻ったんだけど。

 当然、魔王が生み出した魔物がすぐにいなくなる……なんてことはなくてさ。

 王都から直々に討伐依頼なんてのがきたりして、それからも結構忙しく過ごしていたんだよな。

 十年後には俺の呪いのことがわかったものの、扱いは変わらずだ。


 ――まあそんなわけで、俺はとりあえず旅の始まりに〈アルバトーリア王国〉王都に向かうことにした。


 ハグレの魔物討伐依頼をしたくとも俺はもう村にいないわけだし、説明くらいしておかないとな……と思ったからだ。

 ちなみに当時のアルバトーリア王は既に星になっていて、いまの王はその孫にあたる。

 彼が産まれたときのパーティーにも呼ばれたっけな――。

 そこで久しぶりに会った『勇者一行』の皆は当然歳を取っていて――それでも変わらず笑ってくれて。

 俺の現状に泣きそうな顔をしてくれたりもして。

 だけど――それが酷く寂しくも……。

「……っと、そうだ……ちょっと遠回りしていくか」

 俺はそこで頭を振ってポンと手を叩き、広い草原をぐるっと見回した。

 金の道ゴルトレーンと呼ばれる街道は小麦を運ぶ主要路で、俺の故郷近くを通る大きな街道だ。

 各地の農産物――主に小麦を王都へと運ぶのに使われ、宿場町が点在しているために馬車や冒険者、商人の往来も盛んである。

 その街道で、遠くに薄らと山脈が見えていることから俺は自分のいる場所にだいたいの当たりをつけた。

 もう少し行けば街道から道が分かれているはずだ。

 このまま街道を西へ真っ直ぐ行けば王都方面、分かれ道を北に向かえばエルディナ大森林――十日もあれば〈エルフ郷〉がある場所へと辿り着く。


 あいつは……まだ元気なんだろうな。


 呪いのことを調べてくれたエルフメイジ。それから会ったのは件の現王が産まれたときを含めて十数回程度だけれど、勇者一行のなかでは一番世話になっている。

 金髪碧眼の美丈夫を思い浮かべ……俺は頬を緩めた。

 ――エルフの寿命は百年から百五十年と幅広く言われているから、まだ九十歳程度のエルフならきっと大丈夫。まだまだあいつは現役だ。


 そして当然のように、――ルーイダは俺を迎えてくれた。


「んもう、来るなら言いなさいよ! 丁度遣いを出すところだったの」

「……うん? 遣いって?」

 エルディナ大森林を迷わず進めるのは〈エルフ郷〉の長老から祝福を受けた者と、それに負けない魔力を持つ者だけだったりする。

 エルフたちの幻影魔法――いわゆる結界というやつが施されているからだ。

 ちなみに、俺は前者。なんたって魔法は全く使えない。

 ルーイダは……やっぱり歳は取ったけれどどう見てもまだ現役で、生物学上は雄であるが相変わらず見目麗しかった。

 ……それが嬉しかったりするんだよな。『いつか』が必ず来てしまうとわかっていても……さ。

 しげしげと眺めているとルーイダは眉を寄せて唇を尖らせた。

「相変わらず肌艶がよくて羨まし……なんて言っている場合じゃないわね。立ち話もなんだし、私の家に移動するわ。……ほら、皆! 千葬勇者が来たわよ!」

「いでっ……八つ当たりするなよな……」

 俺の鼻先を右の人差し指でビシッと弾いてから踵を返すエルフメイジは、俺より頭ひとつ分は高い背に見合うすらりと長い手足で歩き出す。


「いらっしゃい千葬勇者!」

「久しぶりだね千葬勇者!」


 追随した俺は木々の上から下からエルフたちに声をかけられるけど――。

「なあ、その千葬勇者っての、ちょっと物騒な呼び名すぎるからやめてもらえないかな。広めたのもエルフたちなんだろ……?」

 俺が呆れて言うと、彼ら彼女らはクスクスと笑う。


「勿体ないわ! 素敵な呼び名でしょう?」

「そうそう。広まったのは人気者の証だよね」


 ――これだからエルフってのは。

 俺はため息をついて前を歩くルーイダに声をかけた。

「本当、なんというか……変わらないな、エルフたちは……」

「当然よ」

 肩越しに手をヒラヒラさせるその背中で金色の髪がサラサラと揺れている。

「仲良き友は揶揄からかい倒すべし。それが私たちエルフだもの、諦めなさい? まあ人族にとってそれが本当に嫌な場合もあるみたいだし、反応しなければ勝手にやめるだけの理性はあるんだけど。あんたの呼び名はすごい勢いで広まったから未だに語り草よ」

「…………」


 俺が初めて〈エルフ郷〉に来たのはここが魔物に襲われたって聞いたからだ。

 そのとき、すでに勇者として名を上げつつあった俺は――魔物討伐を口実に『勇者一行』に加わってくれるメイジを探す目的も携えていた。

 そこで手を貸してくれたのがルーイダで……まあいろいろあって無事魔物を討伐し、いまに至る。

 エルフたちの操る魔法は多彩で、特にルーイダの魔法は〈エルフ郷〉で一目置かれるものだったんだよな。

 彼がいなかったら……きっと乗り越えられなかったことも多い。


 ……そのルーイダの家は〈エルフ郷〉の中心付近、一際大きな木の上層――そのうろである。

 幹に沿って蔦で板を固定した階段を登り切ると磨かれた木製扉があり、入ってすぐは客間。内部は広い空間を仕切りによって分けた造りだ。

「……それでルーイダ。俺に用があったのか?」

「ええ。とりあえず適当に荷物を置いて座って頂戴。まだ昼前だしお茶でもしましょ。……その懐かしい鎧も脱いでね。ああ、長い話になるから泊まっていきなさいよ?」

 早速問い掛けた俺にルーイダはそう返すとさっさと奥に引っ込んでしまった。

 ……長い話になるって……まあ、時間はたっぷりあるからいいけど……。

 俺はため息をついて荷物を置き、鎧も脱いで柔らかな椅子に腰を下ろした。

 客間にあるのはふかふかの深緑色をした椅子が四脚、木目が縦に走った長方形の木製テーブルとなんだかよくわからない蔦飾り。

 蔦飾りに使われている丸くたわめた細い枝はエルディナ大森林でお馴染みの低木から集めることができる。

 よくしなることから罠を作るのにも利用されていて、最初に来たときはそれを集めるのを手伝ったっけ。

「……待たせたわねアルト。――さ、入って」

「……ん?」

 感慨深いなと思っていると、奥から茶器を載せた盆を持ったルーイダともうひとり……二十歳前後の女性がやってきた。

 意志の強そうな翡翠色の大きな瞳で、ひとつに束ねた髪は落ち着いた亜麻色。

 纏っているのは胸元が白銀の金属で補強された白い革鎧。

 膝丈程度の濃い緑色をしたスカートの下は厚手の黒タイツに包まれたしなやかな足と膝下まである白い編み込みブーツ。

 腰に装備しているのは双剣で――なんだろう、冒険者……か? エルフではなさそうだけど。

 いや、でもここは〈エルフ郷〉でルーイダの家だし、そもそも忘れがちだけどこいつ男だし。

 あれ……じゃあ……?

「――ええと、もしかして結婚でもするのか?」 

 俺が首を傾げるとルーイダは碧眼を皿のようにして首を振った。

「ちょっと! あんたいまの私の歳わかっているわよね? 馬鹿言わないで頂戴。……メルティ、彼がアルトスフェン――千葬勇者よ」

 ルーイダが促すと……メルティと呼ばれた女性はクスクスと笑ってから胸に右手を当て、ぺこりと頭を下げた。

 ……ルーイダは『綺麗な』とか『美しい』とかが似合う容姿だけれど、彼女は『可愛らしい』というのがぴったりだ。

「初めましてアルトスフェン。私はメルトリア……ルーイダたちエルフは『メルティ』って呼ぶわ。……千葬勇者の名を聞いて貴方を捜していたの」

「俺を捜していた?」

「そう。千の魔物を葬送し、千年の命を得た勇者様。……お願い、どうか力を貸して?」

「お、おう……?」

 話がよくわからずに微妙な返答をする俺に……ルーイダは呆れたように肩を竦めた。 

「とりあえず座りましょ。お茶が冷めてしまうわ。メルティもそう急くことはないはずよ?」

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