雪原でかくれんぼ

久保田愉也

第1話

雪原でかくれんぼ






真昼は今、アヴリル・ラヴィーンの曲と共にいる。


中学生になってから一度も中学校に登校していない。不登校になったら消えた人間になるのだという。


アヴリルの痛くて悲しくて、でもどこか冷めたような曲を聞いている。




ここに居ても、誰も理解者はいない。


ここでも、父と母の息のかかった人間しかいない。




辛いという言葉を、辛かったという過去にして呟く。




真昼の空は真っ青だ。冷たくて、鋭利で、生きて呼吸をしているものではない。




弟も妹も、こんなポンコツが家からいなくなったことで安堵しているのだろうか。


父と母から「あんなポンコツは」と聞かされているのだろうか。




今、国立病院の児童心療内科の閉鎖病棟にいる。


私は家から追い出されてしまった。


学校にも家にも、追い出されてしまった。




女の医師が、これはカウンセリングだと言って私を否定する。




「そう。実のお母さんに自分の写真を目の前で燃やされたの。実のお母さんと離れて、お父さんと義理のお母さんと弟と妹と一緒に暮らしているんだね。大変だね」




真昼は頷いた。




「大変だね、お父さんとお母さんは。あなたに迷惑していると思うよ」




もう、誰も信用できない。




小さい頃のことだ。


集合住宅の、真昼の住んでいた部屋がある棟の階段を、上から下まで何度も上り下りをした。


小さい真昼には遊ぶ友達もいなかったし、部屋に帰ってもロクなことがないので、それが一人遊びだった。


その遊びで、時たま階段に足をとられて転げ落ちそうになる。


自分を守るために手をついたコンクリート製のそれは、とても冷めて鋭利だった。




傷は、アトピー性皮膚炎で誤魔化された。


誰も気づく大人はいなかった。




皮膚科をまともに受診できなかったので、どんどん見た目が悪くなっていく。


変わった顔をした真昼の面を、大人は二度見した。




「こんな変な顔の人をみたことがない」


というように。




四人部屋の病室で、誰とも交流することなく、アヴリルを聞いていた。




教師の父と母の話を、皆、信じた。


でも、真昼の話は誰も聞くことすらない。




病棟の看護師が、


「食べ終わったらナースコールを押してね」


と言っていた。


真昼はその言葉をそっくりそのまま信じて、夕食を食べ終えるとナースコールを押した。ただ、それだけした。




「食べ終わったら教えてねって言ったのに、何でナースコールをしなかったの」


と後で問われた。


食べ終わったらナースコールを押すだけではダメだったのだ。




私は名前を名乗らなければならなかった。食べ終わりましたと、伝えなければならなかった。




でも、真昼はそれを事前に聞いていない。




自分の名前、気に入っていないんですと、真昼は言いたかった。


誰も問いかける者がいなかった。


嫌なことも、好きなことも、名前ですら問われなかった。




翌朝、看護師に言われた。


「朝食、取りに来なかったの、何で。当然のように運んできてもらえると思っていたの」




真昼は聞いていなかった。朝食を取りにどこかに出向かなければならないことを。


でも、それを主張しても、全て否定の言葉を聞くことになるのだから、もう、口を開かずにおこうと決めた。




カウンセリングというやつで、医師が言った。


「あなたはここに居てもしょうがないから、家に帰ってお父さんとお母さんと家族と暮らすことを目指そう」




真昼は追い出された家に、また戻される。




憤りという感情だと思うが、それを感覚のないところまで押し殺した。




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