時駆

長万部 三郎太

パラレルの扉

わたしは肝が小さい男。


子どもが持っている風船や、塀の向こうにいる犬、今にも轟き光りそうな雷雲など。

急に大きな音が出るものに対して、とことん耐性がない。


例えそれが「可能性」の話であっても、だ。


そのような蚤の心臓を持ったわたしが、ある日仕事でとんでもない失敗をしでかす。


その日は朝からドタバタが続いていた。

妙なタイミングで起きたわたしは、二度寝してしまい目覚まし時計を無意識に止めた挙句、遅刻ギリギリの出社となったのだ。さらには仕事用のカバンを忘れ、財布もない1日を送る羽目になった。


ただでさえ心身ともに余裕のない月曜日。重要な顧客とのMTGもすっぽかしてしまい、上司からは叱責の嵐。同僚たちの視線も突き刺さる。


あまりの情けなさに、数日間一睡もできずに己の所業を悔いた結果、ふとしたことがきっかけでタイムリープをしてしまった。



気がつけば自室にいた。部屋に置かれた電波時計はわたしが認識している4日前の月曜、午前6時を示していた……。


やった! あの日を、あのMTGをやり直せる。と、そう思うと同時にこれは困ったことになったとも考えた。そう、この時間帯の“わたし”はまだ夢の中にいるのだ。


目が覚めた直後に、もう1人の自分と対峙したら、わたしは文字通り心臓が止まってしまうかもしれない。そうなってしまっては、せっかく過去まで戻ってきたのにわたしの人生はそこで終了。職場での信用だけにとどまらず、生命そのものを失いかねない。


しばし熟考した結果、わたしは手紙を残すことにした。

幸い自室には紙もペンもある。これで伝えるべきことを文字に残して、カバンの上にでも置いておけば刺激も少なく、かつ確実に“わたし”へと届けられるだろう。



パラレルの扉は開かれた。

これで月曜も安心。わたしは無事にMTGを終え、上司から褒められるもう1つの世界線を妄想しながら、こちらの世界にいる眠ったままの “わたし”を見つめた。


意識がぼんやりとし、こちらの世界での活動限界を感じたその時、重要なことを思い出した。わたしは月曜にカバンを忘れて出社したのだ。つまりカバンの上にメモを置いても意味がない……! 慌てて手を伸ばそうとしたが、右手はほぼ消えかかっている。


「おい、起きろ!!!」


わたしは自分を起こそうと、咄嗟に大声で叫んだ。




明け方、誰かに呼ばれた気がしてふと目を覚ます。

枕元の時計を見ると、起床時間には少し早い6時半だった。


まだ眠れると判断したわたしは、二度寝をすることにした。





(つじつまが合うシリーズ『時駆』 おわり)

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時駆 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

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