第13話 狼との戦い方
白銀の狼が街の大通りを疾走している。美しい毛並みがふぁさふぁさと風に煽られていて美しい。コンコンの毛並みには劣るものの、素晴らしい毛並みを持つ狼に俺は興奮を余儀なくされた。あれを俺のものにしたい。毎日あの極上の毛並みに包まれて眠りたい。鼻息が荒くなる。ふんすふんす。
「おい、何で鼻息荒くしてるんだよ。気でも狂ったか?」
「お前はどう思う?」
俺を連行してきたクズに暗に狼の毛並みについて尋ねたが、クズは頭が悪いようで俺の質問の解釈を誤った。
カッコつけるように顎に手を当てて「そうだな……」と呟く。
「あれは恐らく魔術によって特別な耐性を付与されてるな。俺達が幾ら攻撃しても傷一つ付きやしねぇ。俺達の攻撃力はそれほど高くはねぇが、それでも無傷ってはずは無いからな。何より、魔術師の攻撃すら無傷だったのが驚きだった」
……狼の話か。俺はてっきりあのふぁさふぁさの毛並みについて聞いたつもりだったんだが。まあ、良い。
俺は毛並みへの渇望を抑え、クズの話に合わせる。
「おまえらクズに魔術師が居たのか。随分と珍しい話だな」
「いや、光の民だ。今回は大規模なイベントだから光の民の協力は得やすいんだ。やっぱり、光の民も何だかんだ言って騒ぎたいんだろうぜ」
イベントらしくなってきたな。これなら最後はもっと多くの住民が参加するだろう。
「他に気になったことはあるか?」
「イベントに関してか? それなら大体見ての通りだと思うぜ。今回のイベントはあの狼を狩ることができれば良いって見解が有力だ。狼に耐性付与の魔術が付けられてることからしても、狼を如何にして狩るかってところに重きを置いてると思う」
「ってことは、あの狼がべらぼうに強いパターンか」
街に現れためちゃくちゃ強い狼を狩る。シンプルで分かりやすい内容だな。単純な総力戦になる。人数は多いほうが良いだろう。
俺は指でクイクイとクズ共に合図した。
「ここいらで暇してるクズ共を集めろ。狼の性能を測りたい」
クズがクヒヒと興奮を露わにする。気持ちの悪い表情だったが、その顔には小気味の良い清々しさがある。取り繕うという言葉を知らないガキの表情だ。……悪くない。俺は闇の民のこういう素直なところが嫌いじゃない。
「その言葉を聞きたかった」
クズ共が周囲に散らばって、同輩である別のクズ共を集めに行った。
俺はそいつらが仲間を集めてくるのを待たずして狼に向かう。一人で挑むのは危険だが、俺は心の疼きを抑えることができなかった。早くあのモフモフの毛並みを触りたい。きっとコンコンとはまた違った未知の触り心地なのだろう。胸が弾む。
ヒュン。
すると、俺の戦意を察知したように遠くから刀が飛んできた。腕ほどの大きさの無銘の刀だ。俺はそれを掴んで鞘から刀を取り出す。刀身を陽に当てるとキラリと光を反射した。
「……悪くないな」
武器は揃った。爆弾はこの前ガンザイにもらった最新のものがある。即興の武器としては十分だろう。
「さて、先ずは一発入れるか」
狼の直ぐ近くにある建物の屋根上に来ると俺は刀を構えた。屋根を蹴って、空中に一直線を描くように狼へと飛ぶ。タイミングを合わせて刀を振り下ろした。だが、
ギィンッ!
攻撃は弾かれた。ふわふわなはずの毛並みが鋼のような金切り音を立てる。これが魔術による耐性だろう。一切の傷がついてないどころか、俺の腕がびりびりと痺れている。俺の存在に気付いた狼が俺へと視線を向けてきた。叫ぶ。
──OOOOOHHHHHHHHH!!!!!!!!
重圧が俺の心臓を揺さぶってくる。俺は負けじと吼えた。
「がああああああ!!!!!!!」
ハッ、ワンコ風情が人間様に勝てると思うなよな。所詮は────
やべっ。
即座に横に飛んで建物の陰に隠れる。突進してきた狼が建物を倒壊させた。俺は崩れていく瓦礫の陰から上に飛んで倒壊した瓦礫の上に立つ。丁度狼の背後を取ることができた。刀を振るう。
ギィンッ!
……チッ、ダメか。クズ共が言ってたことはこういうことか。攻撃が全然通らん。なら、ガンザイ秘蔵の爆弾を使ってみるか。あいつの新作って話だから威力は相当なもんだろ。念のため投げるときは反対側に逃げとくか。
「よし、行ってこい」
ポイっと。ジジジジジ……。…………カッ!!!!!!!!!
俺は爆発に巻き込まれて死んだ。
◆
俺がリスポーンして帰ってくるとクズ共が纏まって狼と戦っていた。狼には傷一つない。俺が投げた爆弾は俺だけを殺しただけで終わってしまったようだ。虚しい。
俺が死んでいた間にクズ達は大量に集まっていて、俺の存在に気付いたクズの一人が寄ってきた。
「何で言い出しっぺのお前が真っ先に死んでるんだよ! それに何だよあの爆発は!? おまえまたガンザイの野郎にとんでもねぇ劇物を作らせやがったな!?」
「はぁ!? 俺がガンザイに作らせてるわけねぇだろ!? あいつが俺を実験台にしてるんだよ! 俺は被害者だ!」
「自分で使っておいて何が被害者だ!」
「使うように誘導されてるんだよ!? これは立派な被害者だろ!?」
「クソッ、ああもう、埒が明かねぇ! お前はさっさと陣形に入れ! 俺等も死にまくってて結構精神的に参ってるんだからな!」
いくら死んでもリスポーン出来るとはいえ、死ぬことが精神に悪い影響を与えないわけではない。死に慣れた闇の民であっても死を隣に置いて生活することには慣れていないのだ。そしてそれは光の民であれば尚更の話だ。
これは光の民が戦闘を遠ざけている理由の一つでもある。
「この辺の光の民は?」
「……大体の避難は終わってると思うぜ。デルゲンがでかい爆発を起こしたのが目印になったみてぇだな。死にたくねぇ奴は遠くに行ってる」
ニタァ。俺のおかげで光の民の避難は完了したわけだ。
「おめぇの意図した手柄じゃねぇだろうがよ! 偶々の戦果を誇るな!」
「へへっ、ま、それならここらは俺等が自由に狼狩りに使って良いってことだな。瓦礫も建物も全部」
「そういうことだ。臓物をぶちまけても誰も文句を言いに来たりはしねぇよ」
都合が良い。折角だ。狼には出血大サービスでクズたちの血湧き肉躍る(物理)狂気ショーを見せてやろうぞ。
◆
闇の民の戦い方は常軌を逸している。死んでも復活するという性質が彼らの理性と本能のタガを外し、彼らをただの動く屍へと変えてしまった。
屍は死を恐れない。死んだときに嫌悪感を生むことはあれど、死そのものを恐怖することは起こり得ない。
だから彼らの戦い方は常軌を逸している。
身体の一部が吹き飛んでも厭うことは無く、隣の仲間が消えても振り返ることは無く、自身の腹がぶちまけられても気をやることは無い。
ただ一心に己の奥に住まう欲求を満たすため、理性と本能を捨てて戦う。
それが彼らの戦い方だった。
戦闘を初めて数時間。俺達は全身から血を噴き出していて、辺り一面は俺達の血液で血の海になっていた。
「こんな光景、光の民が見たら何て言うかね」
家ほどもある巨大な狼を取り囲むクズ達は血にまみれていた。腕を亡くしている者や臓物を落っことした者はさっさと引けば良いのに戦線から離れようとしない。狂気の沙汰だ。
対し、狼の方には一切の傷が無い。綺麗な毛並みは健在で、俺達の血を豪雨のように浴びているはずなのに白銀の色をしている。俺達は完全に狼の手玉に取られていた。
──GHHUUAEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!!
「これ、勝てっかなぁ」
腕を無くした部分がズキズキと痛む。もうすっかり慣れた痛みだがそれでも痛いものは痛い。でもそんなことは大したことじゃない。
「付与されてる耐性が厄介だな。リスディスも粋なことしやがる」
「デルゲン、どうする? 俺達の方はまだやれると思うが、時間稼ぎしか出来そうにねぇぞ。時間稼ぎつっても長時間は無理だろうけどな。リスポーンしてから帰ってくる前のタイムラグが痛すぎるんだ。戦線を維持するのは難しいと思うぜ」
「でも、ここからこいつを逃がして光の民が居る方に行かれても困るんだよなぁ」
俺が狼との戦いを続けている理由は二つ。一つは狼の戦力を測るため。もう一つは狼を闇の民に集中させて光の民の被害を抑えるため。
クズたちもそれを理解しているから、おいそれと戦線から離脱できない。頃合いからして、そろそろ戦いに飽きてきた奴もいるはずだ。長期に及ぶ戦いで何度も死んだ奴は死ぬことに飽きてきた頃だろうし、他人の臓物を見るのにも新鮮味が無くなってきた頃だ。
俺もそうだ。
クズたちの臓物を見るのにも飽きた。断末魔も聞き飽きた。口直しに光の民の綺麗な声が聴きたい。ミルキィの声が聴きたい。
腕から流れる血が俺の思考力を奪っていく。死が近づいていた。
「……ごめん、そろそろ俺は逝く」
「おいおい! ちょっと困るぜ! お前が居なくなったら戦線維持は無理だ! 死んでも良いが絶対戻って来いよ!」
リスポーンした後に戻ってくるとは限らない。勝てる見込みがない戦いをしたいと思う奴が一体どれだけいるだろうか。普通に考えて勝てないと分かり切ってる戦いに向かう奴はアホだ。俺達はアホだったから何時間も狼と戦い続けて戦闘欲求を発散していたが、戦闘欲求が満たされれば戻ってくる理由は無くなる。
それを証明するように、この場で戦っている闇の民の数はどんどん減っている。死んだ奴が満足して戻ってこなくなったからだ。
俺もそいつらに倣おう。
俺は血を流しまくったせいで死んだ。俺を連れ戻さんとするクズ共の声が聞こえるがそれを掻き消すように狼の鳴き声が響き渡る。俺は死ぬ瞬間まで狼の美しい毛並みから目を離すことができなかった。
闇の民による血湧き肉躍る(物理)狂気ショーはこれにて閉幕となった。
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