第7話 心頭滅却修行回
心頭滅却とは無心になるという意味である。俺はテロ容疑で捕縛された反省のため、無心で剣の修練に励んでいた。
最近の俺は弛んでいるから締めなおさないといけないとコンコンが言っていたが、あれは正しかった。今の俺は確かに弛んでいる。以前の俺なら光の民に迷惑をかけたりはしなかったはずだ。
少しのミスとはいえ、大切なのはどう思われるかである。俺はミルキィに叱られるようなことをしてしまった。それだけに留まらず闇の民に同類だと思われてしまった。あまりにも不名誉である。到底容認できる事態ではない。
俺は今一度、自分を見つめなおす必要がある。
ぶん、ぶん、ぶん。
俺は街外れの荒野で剣を振っている。ここなら誰の邪魔も入らず独りで無心になれると思ったからだ。しかし、どこで俺の動きを聞きつけたのか侍大将も来ていた。
ぶん、ぶん、ぶん。
俺の無心の素振りを何をいうでもなくじーっと見てくる。侍大将は甲冑で顔を隠しているため眼球を見ることは出来ないものの、なんとなく見られているという感覚があった。
侍大将は大体いつもこんな感じだ。俺が剣を振っていると気付いたらいつも傍に居て俺の剣を見ている。俺にダメ出しをしたいときは声を発するのではなく、俺に無理矢理剣を向けて俺の身体に叩きつける。口下手なのだろう。昔から侍大将はそんな感じだ。
だから、俺がこんな感じで無心を忘れていると
──ビュンッ
と、俺の首を落とそうとしてくる。
ツツーっと俺の首から僅かに血が垂れた。侍大将の刃を躱し損ねたようだ。
ちらりと侍大将を見る。
「……調子狂うなぁ」
侍大将は相変わらず何も言ってこないので俺は再び剣を振り始めた。
光の民への感謝と闇の民への憎悪を込めて。ただひたすらに己が内にある光の心を増幅させ、悪しき心を成敗する。感謝の気持ちを持ちながら無我の境地に至れば、俺は無意識の内にも感謝ができる人間へと昇華することだろう。真なる光の心を持つことができたなら、俺は更なる光の民として認められるに違いない。
そして、いずれは俺の光の心が闇の民を改心させるに至るだろう。
人の心は伝播する。ミルキィの光の心が俺の闇を晴らしたように、俺の光の心が闇の民の心を光に染めることも可能なはずだ。
その日を一刻も早く迎えるため、俺は光の心を抱きながら無心に剣を振るう。
◆
陽が下りている。いつの間にか一日が終わり始めていた。俺は剣を振るのをやめて剣を仕舞う。侍大将は……、まだ居た。ずっと俺を見ていたようだ。独りじゃないというのは少しだけ嬉しい。
「ん? それは何持ってるんだ?」
侍大将が包みを持っていた。俺が気付かない間に誰かが持ってきていたようだ。その包みの上には手紙らしきメモ紙が乗っていて、『デルゲンへ』と書いてあった。
そのメモ紙はミルキィからの物のようだ。この場で立ちながら書いたのだろうか。可愛らしい文字が随分と歪んでいた。立ちながら書いたようだ。
『デルゲンへ。デルゲンが反省してるって風の噂で聞いたから、昨日のイベントのおすそ分けを持ってきたよ。デルゲンと話が出来なかったのは少し残念だけど、剣を振ってるデルゲンはいつもより少しだけカッコよかったかな…。ミルキィより。追伸、繁華街のみんなは怒ってなかったよ』
……今度俺が剣を振っている姿をミルキィに見てもらおう。そしてその場で感想を聞こう。剣の相手は……闇の民じゃ半端だな。かといって侍大将は強すぎる。まあ、丁度良いサンドバッグを見つけて相手をしてもらうか。
俺は手紙を仕舞うと包みを開いた。
包みの中には屋台で買ったと思われるリンゴ飴が入っていた。リンゴ飴に使われているリンゴはいつも俺が食べている奴だ。俺は重度のリンゴ好きだから事あるごとにリンゴを食べている。ミルキィが俺を気遣ってわざわざ入れてくれたのだろう。
ありがたい。俺はミルキィと屋台の人に感謝を込めてリンゴ飴を齧った。たっぷりの甘い味が口いっぱいに広がる。りんご飴は運動後の食べ物としてはあまり良いものではないだろうが、身体ではなく魂が満たされていくような感じが心地良い。
昨日は危うく繁華街を爆破させてしまうところだったのが申し訳なく思えてくる。いや、ずっと申し訳ないとは思っていたが、今この瞬間に真の申し訳なさを獲得したという実感があった。
この感謝の気持ちを伝えねば。明日じゃない。今すぐに。
俺はリンゴ飴にむしゃぶりついて食べ終わると刀を引き抜いた。この刀はいつも俺が使っている使い捨ての刀ではない。特注の刀だ。侍大将に向かう。
「ヤろうぜ」
今日一日で俺がどれだけ強くなったかを確認したいわけじゃない。ただ、これが最も効率良く街に行ける方法だからこうしただけだ。リスポーンする時、街の外で死んだ奴は街の近くでリスポーンする。ここは街の外にある荒野だからその性質は利用できる。決して俺が強い奴と戦いたいからではない。俺は闇の民のような野蛮な考えは持っていないのだ。
侍大将は静かに頷いた。身の丈もある巨大な刀を引き抜く。
それを確認するより先に俺は地面を蹴った。
そして見事なまでに一瞬で首を落とされて、俺は死んだ。
俺はリスポーンして直ぐに繁華街に感謝を伝えに行くも、既に夜だったせいで諦めざるを得なかった。
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