EX.異世界トリップの発見(TD-SEARCHのオーラルヒストリー)
①はじめに:TD-SEARCHについて
夢小説シーンにおいて、ゼロ年代中頃から爆発的に普及し、今なお根強い人気を誇る、「トリップ夢主」(現実世界から作品世界へ来訪する夢小説の主人公、※1)。
そんなトリップ夢主の最初期、流行の礎となったサイトとして、異世界トリップ夢小説検索サイト「TD-SEARCH」(2002-2008年)は存在しました。
界隈での知名度は高かったようで、2008年当時には「超有名所」と紹介する文章も残っています(※2)。
本作『1995-2008』第6話「夢小説とトリップ夢主」でも、TD-SEARCHの名に触れていました。
が、例によってInternet Archiveなどからは痕跡を辿ることができず、重要性に反してその詳細は調べようがない状況でした。正直に言えば、どのくらい重要かさえ、シーンを後追いする筆者には分かってなかったのです。
しかし今回、たまたま本作をご覧になったTD-SEARCH元管理人のコレハさんからメッセージをいただき、サイト開設から閉鎖までにわたる大変興味深いお話を伺うことができました。
異世界トリップ夢小説に関するあまりに貴重な証言だと感じたため、不躾にも公開する予定はないかお聞きしたところ、私が書く分には問題ないとのご返答をいただきました。
そうしてコレハさんのお話を再構成したのが、以下の文章になります。本作をお読みいただいたことに始まり、お話の公開の許可まで下さったコレハさんへ、心よりお礼申し上げます。
また当然ながら、本話からなにか問題が生じた場合、その責は筆者がすべて負います。
②異世界トリップの発見
コレハさんが「異なる世界に訪れる夢小説」を初めて知ったとき、その数は片手で数えられるほどでした。正確に言えば、コレハさんが見つけられた数が片手で数えられるほどでした。
「異なる世界に訪れる夢小説」の設定を面白く感じ、もっと読みたいと思ったコレハさん。自分が探せなかっただけで──個人サイトの時代に特定設定のweb小説を探すことの大変さを今一度強調しておきます──インターネット上にはもう少し存在すると思い、コレハさんは「異なる世界に訪れる夢小説」専用の検索サイトを作ることに決めます。
「自分で探せられないなら、集まってくるのを待てばよい」というわけです。
そんなコレハさんですが、開設するサイト名にとても悩みます。なぜなら、「異なる世界に訪れる夢小説」の設定に名前がなかったからです。キャッチーなジャンル名が存在しないことも、「異なる世界に訪れる夢小説」が探しにくい理由の一つでした。
正確に言えば、「異世界召喚」「迷い込み」「異世界旅行」といった、類似した設定を表す言葉が当時いくつもあったそうです。しかし、すでにある程度流通している言葉をサイト名に使うと、「意味の相違で混乱を招く」とコレハさんは思いました。
そんな中、コレハさんはたまたま「トリップという言葉を見たことがある、と書かれたサイト」を見つけます(※3)。そこから思い立ち、コレハさんは「トリップ」とサイト名につけることにしました。
また「トリップ」だけでは意味が伝わりにくいと思い、頭に「異世界」という言葉を加えました。
2002年11月6日、開設したサイト名は、「異世界トリップ夢小説検索サイトTD-SEARCH」です。
このような経緯で「異世界トリップ」という言葉は誕生したのでした(※4)。
そして以後のTD-SEARCHの活躍を鑑みれば、これが夢小説におけるジャンル名「異世界トリップ」の起源だと言ってよいかもしれません。
③TD-SEARCHの発展から閉鎖まで
TD-SEARCHにおいて「異世界トリップ」の定義はおおよそ、「主人公が現実世界から異なる世界に行くこと。その逆で、異なる世界から現実世界に来ること(逆トリップ)。タイムスリップ、クロスオーバーも含む」といったものだったそうです。
当然ながら、最初は異世界トリップの意味が分からないユーザーが多く、トリップが関わらない単なる異世界舞台ものの夢小説サイトが何度も登録されます。
しかし、コレハさんの予想をはるかに超えて、異世界トリップ夢小説は早く広まっていきました。
コレハさんによると、異世界トリップ夢小説で神様に転生させられるものはたびたび存在しました。夢小説においても「神様転生」ミームは比較的初期から成立したことになります。
またごく稀ながら、オリジナル世界が舞台の異世界トリップもTD-SEARCHに登録されました。
サイトの規模が大きくなるにつれ、TD-SEARCHは異世界トリップ夢小説を見つける場としてだけでなく、夢小説の書き手・読み手が交流し楽しむ場として機能し始めます。こうして形成されたコミュニティは、個々の作品にも大なり小なり影響を与えたことでしょう。
コレハさん自身、検索除けを徹底しながら、夢小説コンテストを開催したり、捜索掲示板を設置したりするなど、TD-SESRCHという場の創出に並々ならぬ意欲を注いだようです。
その甲斐あってか、TD-SEARCHのPVは日祝7-8万、火5-6万、他6-7万を記録します(※5)。検索サイトという性質上、検索結果ページ(検索結果すべてに共通する.cgi)はその倍以上のPVがありました。
コレハさんいわく、夢小説関連サイトの中では「よく利用されていた方」だったようです。
しかし、盛り上がりの真っただ中で、コレハさんはTD-SEARCHを閉鎖することに決めました。
理由は「一人での運営の限界」および「サイト毎の登録に将来性が見えなかったこと」。個人サイト・検索サイトの構造上の限界と言えます(※6)。
実際にコレハさんがサイトを閉鎖したのは、開設から丸6年経った2008年11月6日。
その直前、トップページのPV数は1日10万を超えました。
④その後
以上がコレハさんが語ってくださったTD-SEARCHの歴史になります。
今回のお話について、コレハさん自身が注意喚起されているのは、「どこを取っても証拠となるものがない」ことです(※7)。筆者にメッセージをお送りになる前、改めて古いUSBにデータが残っていないか捜索してくださったそうですが、やはりないとのことでした。
したがって、記憶の曖昧さが記述にいくらか影響しているかもしれません。これはオーラルヒストリーの必然であり、その上で大変貴重なお話だったと筆者は思います。
TD-SEARCH以後について軽く見ておきましょう。
2008年末にTD-SEARCHが閉鎖した後もなお、夢小説において異世界トリップの快楽が忘れられることはありませんでした。トリップ夢主は現在に至るまで、様々な変形を受けながら生き延びています。
といっても、変形を具体的に追跡していくのは困難な仕事です。
例えば、作品ではなくコミュニティ構成員に着目して、TD-SEARCH閉鎖後の人口流出を調べるのは面白い課題だと思われます。しかし、妥当なストーリーを作るには、当事者の方々の体験談をかなりの数集める必要があるでしょう。現状ほぼゼロに等しいというのに!(※8)
この点に関しては一応、後継サイトとして「TD-NOVEL-SEARCH(TDNS)」(2009-2012年末?)という検索サイトがあったことを付記しておきます。そこから先はpixivが舞台……と断じてよいのかどうか、筆者には分かりません。
ともあれ、異世界トリップ夢小説はコレハさんの手を離れ、はるか彼方まで行ってしまいました。その旅はまだ、もう少し続きそうです。
───────────────
※1:現在の異世界トリップ夢小説について。
pixiv小説の月間ランキング(2024年2月8日~2024年3月8日)を調べると、上位20作品中17作品が夢小説、そのうち7作品が異世界トリップものでした。支持基盤は未だ盤石と言えるでしょう。
https://www.pixiv.net/novel/ranking.php?mode=monthly&date=20240308
ただし、7作品のいずれも「#トリップ」タグ(=pixivの検索フォームで基本単位となるもの)を付けていません。「トリップ」の語でトリップの設定を表現することが少ないのです。タイトルや説明文には「転生」「成り代わり」「トリップ」等の語が含まれていたりいなかったりします。
この表記揺れがpixivで統計調査する際に問題となります。そもそも、夢小説であることを示すのに「#夢」「#夢小説」「#〇〇(原作名)夢」タグのどれを付けるかもバラバラで、総数の詳細すらはっきりとしません。
※2:現在でもアクセス可能なこと、夢小説に関しても一定のログが残っていることから、Arcadiaの捜索掲示板を用いて補足調査を行いました。なお2024年1-2月に長期メンテナンスしたりと先行き不安なので、出来る範囲でInternet Archiveに登録済み。
夢小説シーンの半ば「外」に位置付けられるArcadiaの捜索掲示板でも、TD-SEARCHに言及する投稿は364件存在します。「100件表示」で実は50件しか表示していないことに注意(Arcadiaのこの仕様は感想でご指摘いただきました。ありがとうございます)。
http://www.mai-net.net/bbs/sss/sss.php?act=search&page=1&cate=all&words=TD-SEARCH
「超有名所」というコメントは次の捜索スレッドから引用。
『夢小説検索・まとめ・紹介サイトまとめ』
http://www.mai-net.net/bbs/sss/sss.php?act=dump&cate=matome&all=69979&n=0
ついでに言うと、この投稿がなされた2008年8月は、Arcadiaの投稿掲示板の方で転生オリ主が流行し始めた時期でもありました。
※3:Arcadia捜索掲示板において「夢 トリップ」で検索したところ、2003年5月4日の投稿が最古の例でした。これは同時にArcadiaにおける「異世界トリップ」の最古使用例です。
『おすすめのドリーム小説を』
http://www.mai-net.net/bbs/sss/sss.php?act=dump&cate=all&all=20267&n=0
※4:もちろん今回紹介したのはコレハさんの体験に基づく「異世界トリップ」の起源であって、それ以前から「異世界トリップ」という語が使われていた可能性は十分あります。
しかし本作で何度も議論しているように、アイディア名の先手権を争うのは不毛です。個人サイトの時代は特に追跡不可能なこともあいまって。
むしろ、特定のアイディアがジャンルとして認知され、名付けられ、普及していく過程の方が、興味深いように思われます。
※5:せっかく具体的な数値が明らかになったので、TD-SEARCHと当時の他のweb小説関連サイトの訪問数を比較したいところですが、指標の違いからそれは容易ではありません。
Webサイトの訪問数を測る指標には、様々なものがあります。1人のユーザーが10ページ閲覧すれば10カウントする「PV(ページビュー)」は数が大きくなりやすく、その場合も1とカウントする「アクセス数」は数が小さくなりやすいです。「ユニークアクセス数」はユーザーが単位時間内に再訪問しても再カウントしないため、最も訪問者数に近い小さな数値になります。
次の資料に紹介されている個人サイト群の数値は、たぶんアクセス数ベースでしょう。投稿サイトと検索サイトを単純に比較してよいのかという問題もあります。
「2000年代二次創作」『web小説史資料等まとめ(仮)』
https://ncode.syosetu.com/n8784ie/2/
※6:比較対象として夢小説外の検索サイト・ランキングサイトを取り上げると、大規模投稿サイトのArcadiaや小説家になろうが台頭する2008年頃には、人気がだいぶ衰えていたようです。次を参照。
「サーチ・ランキングサイト」『web小説史資料等まとめ(仮)』
https://ncode.syosetu.com/n8784ie/5/
一方夢小説シーンでは、名前変換の実装や検索除けへの配慮から、個々人がサイトを持つ傾向が根強く、それゆえ検索サイトの利用ももう少し長く続きました。
「2008年に」検索サイトTD-SEARCHが人気でパンクして閉鎖したことは、界隈外部から眺めるよりも不思議なことではなかったのです。
※7:証拠のなさを突き詰めると、コレハさんが「TD-SEARCH管理人であった証拠」さえ存在しません(とコレハさん自身がおっしゃっています)。
とはいえ、お話の全体的な内容からして、この点は疑う必要がないかと思われます。
※8:夢小説体験談に関連し、コレハさん自身の手でTD-SEARCHにまつわるお話を公開しない理由について、コレハさんのお言葉を引用させていただきます。
「おそらく私の話は人々が考える以上にゼロ年代前半に夢小説を読んでいる人はいた、ということを明らかにすることに繋がり、それはよいことなのか私には判断できないためです」
このためらい──当時の夢小説シーンでは特に濃厚に醸成されたであろう秘匿意識──を押して公開の許可を下さったことに、改めて感謝申し上げます。
また再度になりますが、何か問題があった場合、その責はすべて筆者に帰します。
余談:夢小説当事者の方々から地道にオーラルヒストリーを収集していく研究は、少なくともジェンダー・フェミニズム系統から絶対誰かやるべきだと素人の筆者は思っているんですが、やはり難しいんでしょうね。BLが盛んに研究されているのとは対照的です。
本話について、内容の訂正・補足、お叱りの声、当時の体験談などございましたら、本作コメント欄または筆者メッセージ欄までお寄せください。
Web二次創作小説史1995-2008 転生オリ主とトリップ夢主 古土 @oldland
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