魔法少女と強さの意味
時間まで医務室で待っていたが、新たな患者が来る事は無かった。
リンデが淹れてくれた紅茶を飲みながら、待っていただけだ。
出来れば珈琲が良かったが、折角淹れてくれたので飲む事にした。
待っている間に治した魔法少女の内数人が出て行ってくれたが、ちゃんと宣伝してくれただろうか?
特にする事もなく、棚にあった医療系の本を読んでいると、リンデの端末が鳴った。
「一度局長室まで来てだって」
「そうですか」
読んでいた本を棚に戻し、医務室を出る。
少し慌ただしい雰囲気だが、ちゃんと準備は出来ているかな?
リンデに付いていき、局長室に入ると、中にはバイエルンさんと、眼鏡を掛けた長身の男が居た。
(誰だか知ってるか?)
『副局長だよ。唯一バイエルンの味方だった人だね』
味方ね。ならば気にしなくても良いか。
「来てくれたか。準備は大丈夫かね?」
「はい」
「そうか。治療はニューポート魔法局で行うことになった。万全とは言えないが、準備は進んでいる。やはり魔法少女側の不信感が強く、集まりがよくない」
バイエルンさんは疲れた様子で、1枚の紙を副局長に渡した。
「ここからは私が。ロンドン魔法局本部副局長のロウシェと申します。各魔法局で重症と判断された魔法少女の運搬が済んでいますので、先ずはそちらの治療をお願いします。自宅や妖精界に居る魔法少女や、その他治療を望む魔法少女については交渉が終わり次第随時運ぶ事になるでしょう」
話し方や姿勢を見る限り、それなりに出来る人みたいだな。
インテリ臭いが、嫌な感じはしない。
「此方からも1つ。不信感については布石を打っておいたので、おそらくどうにかなるかと」
「はい。医療担当の魔法少女から話は聞いています。局長に花を持たせていただきありがとうございます」
バイエルンさんが何故お前が言うのだ、と言った視線をロウシェさんに向ける。
「後はその場での対応になりますが、何か質問はありますか?」
「大丈夫です。いえ、外傷と内傷……病気や毒といった方は別に分けるようにして下さい」
「それは私が伝えておこう。ロウシェはイニーさんに付いて一緒にニューポートへ行ってくれ。リンデは……」
昨日に比べて幾分か静かになったリンデをバイエルンが見る。
付いて来ると即答すると思ったが、その瞳には迷いが見えた。
「……どうした?」
「あっ。私も一緒に行こうと思います!」
(少し様子がおかしいみたいだが、どう思う?)
『逆にどうして分からないのか聞きたいけど、ハルナだしね……』
俺だからとはなんだと言い返したいが、分からないものは分からない。
多少の機微なら俺だって予測出来るが……まあ、言い訳はすまい。
(業腹だが、教えてくれ)
『やれやれ。リンデは嫉妬しているんだよ。自分とほとんど変わらないだろう、ハルナの活躍を見てね』
(嫉妬?)
『そうだよ。自分と同じ位の年齢なのに、何故こんなにも優れているのだろうか? 何故私は何も出来ないのだろうか? そういった感情が渦巻いてるんだと思うよ。本人は祖父であるバイエルンの力になりたかったのに、現実はこれだからね』
なるほど。
そう言ったものにはあまり無頓着だったからな。
仕事もフリーランスで1人だし、学校なども孤立していた。
あまり人と関わる事をしてこなかったので、嫉妬と言われてもピンとこない。
それに、嫉妬されたからと言って俺に出来る事はなにもないからな。
所詮少女1人では、何も出来ないのだから。
「分かった。どうか彼女の助けをしてやってくれ。ロウシェ」
「それでは案内しますので、付いて来て下さい」
ロウシェさんい付いて行き、テレポーターでニューポートに跳んだ。
ニューポートのテレポーター室は人が溢れており、喧騒に包まれている。
「私から逸れないようにして下さい。幸いイニーさんの事に気付いている方はまだいませんが、バレたらこれ以上に騒がしくなりますからね」
「分かりました」
ロウシェさんの影に隠れるようにして歩き、テレポーター室から出る。
そしてこじんまりとした部屋に通された。
そこにはニューポートの局長……アルバートさんと、職員と思われる人が2人居た。
納得しているわけではなさそうだが、下手なことはしなさそうだ。
「お待ちしておりました。先程連絡を貰ったが、一応打ち合わせしておこうと思い、待たせてもらっていた。患者は重傷者で一室。外傷と内傷で各一室用意してある。動く事が困難な者も居るが、それらは補助が付く事によって対応している」
「分かりました。こちらはいつでも大丈夫ですが、今から始められますか?」
「重傷者は集めてあるので大丈夫だが、それ以外はもう1時間は掛かりそうだ。全員……かは分からないがな」
信用できず、様子見をしている奴も居るだろうからな。
本当に治してもらえると分かってから来る、面倒な奴が間違いなくいるはずだ。
来るのが遅いから治療しないなんて言えるなら良いが、そう言う訳にもいかない。
こんな時にジャンヌさんの名前が使えればいいのだが、さすがにそれはマズいだろう。
「分かりました。レンさんの事もありますし、速やかに治療を行いましょう」
「頼む」
「場所は把握しているので、私がこのまま案内を務めます。それでは」
軽く顔合わせ程度の打ち合わせを終わらせ、重傷者が集められていると言われた部屋に向かう。
「ねぇ」
「どうかしましたか?」
歩いていると、リンデが声を掛けてきた。
「イニーちゃんはどうして、そんなに凄い能力を手に入れられたの?」
凄い能力……か。
リンデの目は若干暗い色を宿し始めている。
ここで下手に答えれば、面倒な結果を招く恐れがある。
聞き方を考えるに、回復魔法の事については何も知らないのだろうな。
さて、どうやって手に入れたといわれても、俺の能力に俺由来のものはない。
エルメス。ソラ。アクマ。そして憎悪。
それらが複雑に絡み合って俺という個を成している。
つまり、答えるのはいつも通りの嘘しかない。
チラリとこちらを見るロウシェさんの顔色は悪い。
この人は大体の事は知っていそうだな。
嘘を言うにしても、なるべく分かりやすい内容にしておくか。
「リンデは魔法少女の力はどこから来ていると思いますか?」
「力? 知らない……」
「魔法少女の力は、想いの強さと関係していると言われています。リンデが魔法少女になったのはどうしてでですか?」
「――おじいちゃんを助けたかったから」
「そうですか。なら今一度そのことについて考え、そして想いなさい。そうすれば、強くなれますよ」
リンデは納得出来ないと言った様子だが、これ以上俺が言えることはない。
呆然と戦うより、なんの為に戦うかを明確に想った方が強くなるのは、マリンやミカちゃんを見れば分かることだ。
俺としてはそんな非科学的なのはどうかと思うが、 存在がファンタジーと化した俺が言った所で、お前が言うなと言われてしまうだろう。
それに、憎悪とは俺の想いそのものである。
完全に分離しているが、憎悪こそが、想いが力になる証拠と言えるだろう。
「そんなので本当に強くなれるの?」
「それが魔法少女ですよ」
「話はそこまでにしておきましょう。こちらが重傷者の患者が集められている病室になります」
中に入ると、結構な数のベッドが並べられていた。
総数はミグーリアや中国の時とどっこいどっこいかな?
何名かの魔法少女や職員が忙しなく動いているので、俺も行動を起こすとするか。
「カルテは?」
「少々お待ちを」
ロウシェさんは近くに居た職員の所まで歩いて行き、何やら話しをいてから戻ってきた。
困り顔なのを見ると、問題があったようだな。
「どうやら急いで集めたため、纏まった資料が無いそうです」
「そうですか……それなら仕方ないですね。でしたら端から順番にやっていきましょう」
カルテがあれば診察の手間を省けるが、無くても少しだけ時間が掛かるだけで問題はない。
さて、最初の患者は何が無いかな?
……いや、この感覚に慣れてしまうのはあまり良くないな。
自分が結構酷い目にあっているせいで忘れがちたが、隣に居るリンデのように酷い怪我をしている人を見れば怖がるのが普通だ。
「火傷ですか……」
「通常の人間ならショック死か、失血死してそうですが……さっさと治してしまいましょう」
ロウシェさんは1人目の患者を見て思わず顔をしかめるが、それも仕方ないだろう。
状態を確認してから回復魔法を使い、あっという間に綺麗な姿に変わっていく。
「いやはやこれだけの回復魔法を見るのは初めてですが、並々ならぬものですな。完全に治ったのですか?」
「はい。後は適当に寝かせておけば大丈夫です。次に行きましょう」
「ありがとうございます。そこの君……」
ロウシェさんが近くに居た職員を捕まえている間に、次の患者の容態を見る。
集められているのが集められている人なので、目に悪いな。
ほとんど流れ作業だが、特になにも思わないで治していく。
「具合が悪いのなら、外で待っていても良いですよ?」
「……いえ。見ていたいです」
当たり前だが、リンデの顔色は悪くなる一方だった。
耐性がなければ、ロウシェさんの様な大人だって顔をしかめたりするのだ。
そんな怪我をしている者ばかりなので、気持ち悪くなるのも無理はない。
感覚的に1人当たり2分から5分程度で治していき、2時間位で全員の治療が終わった。
魔力的には余裕だが、流石に少し疲れたな。
途中でリンデが飲み物を持って来てくれたが、選んだのが熱々のココアだったのには少し驚いた。
せめてもう少し冷ましたのを持ってくれば良かったのに……。
おかげで少し休まなければならなかったが、誤差の範囲内だろう。
治療が終わり、部屋の隅に作られた簡易休憩室で次についての打ち合わせをすることとなった。
「お疲れ様です。休まなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。それに、待っている人もいるのですから、先に治療してしましょう」
仕事は先に処理して、その後に休む。
それが俺のやり方だ。
「分かりました。確認してくるので、少々お待ちください」
そう言ってロウシェさんは休憩室を出て行き、俺とリンデが残される事になった。
少し時間が空いたので、アクマが言っていた嫉妬について少し考えてみることにした。
確かに嫉妬については、俺には分からない。
俺よりも優れてたり強い相手が現れれば喜び、勝ち負けなどの結果には興味がない。
勝負で負けたのなら悔しいと思うが、それは俺が弱かったからだ。
他人を理由にするのは違うだろう。
嫉妬……妬ましいと思うことはこれまでなかった。
だが、似たような感情を俺は知っている。
嫉妬が肥大化したその先の感情。
憎悪だ。
リンデがどう思っているのかは知らないが、嫉妬が憎悪になるのか、それとも憧憬へと変わるのか……。
少し楽しみでもある。
どの様な感情であれ、強い想いは力となる。
マリンやスターネイル。ミカちゃんなどは駄目そうだが、リンデならば……。
『馬鹿な事を考えるなです』
……エルメスに釘を刺されてしまったな。
まあ、魔女たちがいる限り敵には困らないし、下手に敵を作る必要もないだろう。
とても面倒だが、メンタルケアでもしておくか。
「悩み事ですか?」
「……うん」
少し間が開いてからリンデは頷いた。
「何も出来ないのが辛いですか?」
「うん。私だって魔法少女なのに……何か出来るはずなのに。でも、私には何も出来なかった」
(リンデの情報をもう一度くれ)
『はいはい。魔法少女ルストリンデ。ランキングは変わらず220位。魔法少女歴は4カ月で14歳。父親は他界していて母親と2人暮らし。祖父がバイエルンで、バイエルンの助けになるために魔法少女になった感じだね。能力は風系統で武器は見たと思うけど戦斧だよ』
確か、助ける時に持っていたな。
もう片方の魔法少女が煩かったせいで、そっちの事しか頭に残っていない。
(どうも)
「成長してからでは駄目なんですか?」
「今が……今じゃないと意味がないの! なのに……どうして……私には……」
ポロポロと涙が流れ。握りしめた手の上に落ちる。
大事な時に何も出来ない。だから悔しい。
そして近くにはその大事な時に、なにもかも解決できる歳の近い人が居た。だから憎い……悔しい……妬ましいと思ってしまう。
本来自分が居るべき場所を奪われたと錯覚してしまう。
「人は、魔法少女は万能では無い。人それぞれやれる事があり、その逆もまたしかり」
「それをあなたが言うんですか?」
「今言ったでしょう? 万能ではないんですよ」
仮に万能なら、アルカナたちは魔女を倒せていただろう。
俺にまで御鉢が回って来る事はなかったし、こんな事態にはならなかっただろう。
「普通の幸せを願うなら、今に満足しなさい。助けたいという想いを大切にし、ゆっくりと育てなさい」
リンデは俺を睨み、わなわなと震える。
リンデが俺の事を知っていたり、魔法少女の情報を知っていれば話は早いのだが、ゆっくりと説明してやるか。
どうせロウシェさんが帰って来るまで時間はあるし、直ぐには戻ってこないだろうからな。
フードを捲り、リンデを見ると、驚いて固まる。
「リンデは何かを犠牲にしてまで、力を得たいのですか? 誰かを殺してまでして、誰かを助けたいのですか?」
強い魔法少女ってのは皆それぞれ何かを犠牲に……失っている。
それはジャンヌさんだってそうだろう。
あれ程の能力を得たって事は、相当の苦しみや憎しみがあったはずだ。
その苦しみや憎しみは、大切なものを失って手に入れたはずだ。
犠牲の無い、物語のような都合のいい強さなど、この世には存在しないのだ。
「魔法少女とは想いによって強くなれる。ならば、最も簡単に手に入る強い想いはなんだと思いますか?」
リンデは首を横に振るが、急に固まった。少しだけ顔が青くなり、俺が言おうとしている事が分かったのだろう。
「そう。憎しみ。負の感情です。失うことによって手に入る力。手遅れになってから手に入る強さ。本当に欲しいと思えますか?」
「イニー……さんは何があったの?」
何かね~。
実際は姉が殺されたのだが、そっちを話す事は出来ない。
今の姉(仮)は普通に生きているからな。
「とある施設……有り体に言えば人体実験の生き残りです。身体を、脳を弄られ、得体のしれない液体を投与され、沢山の屍の上に居るのが私です」
「それは……」
「別に力が無くても出来る事はあるはずです。ゆっくりと考えて答えを出しなさい。私と違い、時間はあるのですから」
「……」
今度は落ち込むようにして、視線を逸らして俯いた。
若いのだし、先走らないで考えれば良いのだ。
まあ、その時間が出来るかは俺次第だがな。
「ごめんなさい」
「良いのですよ。人間なんてのは誰しも身勝手なものなんですから」
再びフードを被り、ココアを飲みながらロウシェさんを待つ。
これでリンデが馬鹿な真似をしないと良いのだが……。
個人的にはブルーコレットの様になったとしても構わないのだが。アクマとエルメスが煩くなるからな……。
『たしなめるなんて優しいねー』
(やらないとお前やエルメスが煩いだろうからな)
アクマは俺が深く考えている事は伝わらないが、エルメスには全て筒抜けとなってしまう。
基本は見守ると言っていたが、俺が道から外れようとすると今みたいにちょっかいを掛けてくるのだろう。
俺にプライベートは無いのだ。
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