魔法少女と行方不明のアルカナ
ぼんやりと、意識があることを知覚する。
……ああ、戦いには勝ったものの、無理をした反動で死んでしまったのか。
死んでも意識はあるんだな。
しかし、此処は何処だろうか?
アルカナや偽史郎と会った場所とは違い、周りには何も見えない。
白い空間? が広がっているだけだ。
ふと気になって両手を見ると見慣れた小さい手だった。
死んだら元の身体に戻ると思っていたのだが、何故少女のままなんだ?
服は着ているが白いワンピースで、足は何も履いていない。
立っているのだから床はあるのだろうが……どうしたものかな……。
とりあえず適当に歩いてみるが、何も変化は見られない。
疲れらしいものは感じないが、変わらない景色には少々辟易とする。
このまま何もなければ精神をやられて発狂してしまうかもな。
一度足を止めようかと考えていると、白い部屋から青空が広がる、一面の花畑へと変わる。
訳が分からないが、どうやら此処に居るのは俺だけではないようだ。
こんなこと人為的に誰かがやったとしか考えられない。
「誰か居るんですか?」
先手を取って此方から呼びかける。
いきなり後ろから声をかけられたり、目の前に現れるのは正直身体に悪い。
「ちゃんと居ますよ。それとすまないわね。こんな形では会いたくなかったのだけど、初めましてかしら?」
――予想外と言えば予想外だな。アクマの話では……ああ、俺も死んだからおかしい話ではないな。
しかし妙な違和感を感じると思ったら、今の俺より背も高く発育が良い。
このツルツルストーンな身体とは大違いだ。
「面として会うのは初めてですね。それで、ここは何処ですか?」
「死後の世界の一歩手前。走馬灯の様な一時的な時間。三途の川の渡し船の前。夢の底の底……そんな所ね。風景については私が生前好きだった場所を使ってるだけよ」
花畑とは何ともロマンチックだが、男の俺としては微妙な感じだ。
それにアクマの言う通りならこいつの年齢はまだ幼いはずだが、どう見ても少女ではない。
まあ、そこら辺は気にしなくても良いだろう。
他人の事よりも自分をどうにかしなければならない。
「そうですか。ならあなたの事は奪衣婆とでも……痛いですね」
思いっきり頭を叩かれてしまった。
三途の川と言ったら奪衣婆だと思うのだが、流石に怒るか。
「馬鹿な事を言ってないで話を聞きなさい。あまり時間に余裕はないのよ」
「そうは言っても、あの状態からどうにかなるとは思えませんよ?」
正確な状態は分からないが、目は視えなくなっていたし、人の形は保っていたが、中身はぐちゃぐちゃだ。
骨も肉も混ざり合ってミンチになっていたはずだ。
ジャンヌさんが居たとしても流石に無理じゃないだろうか?
「なんでそんなに冷静なのよ……このままだと本当に死ぬのよ?」
「俺が求めてるものって分かります?」
「ええ。あなたが私であるように、私はあなたですから。アクマが知らないあなたの本性も知ってます。だからそこまで冷静な理由が分からないのです」
分からないと言われても、人の考えが分かったとしても、その心を理解なんて出来るはずもないだろう。
それに死ぬなら死ぬで構わない。契約が果たせないのは心苦しいが、それが俺の限界だっただけだ。
死を受け入れられない程子供ではない。
「死ぬなら死ぬ。生きられるなら生きる。結果には文句を言いませんよ……なんで叩くんですか?」
あまりアクマは語ってなかったが、死に際の事を考えるともっと慈愛に満ちた魔法少女だと思ったのに、どちらかと言えばバーのママみたいな感じだ。
「馬鹿な事を言うからよ。ともかく、あなたも生きられるならまだ生きたいでしょう?」
「まあ、死ぬくらいならまだ生きていたいですが、どうにかなるのですか?」
つなぎを入れて捏ねれば直ぐにハンバーグのタネが出来上がるくらいのミンチだぞ?
「もしもの場合に備えてた訳じゃないけど、方法はあるわ」
成長した姿の俺は、何もない空間に手を入れて何かを探し始めた。
そう言えばこいつの事はなんて呼べば良いんだ?
容姿については知っていたが、名前は教えてくれなかったからな。
「あなたの事はなんて呼べば良いですか?」
「えっ? ああ、名前ね。生憎だけど私の名前は代償として払ったから言えないのよ。だから好きに呼んでちょうだい。えーと、どこにしまってたかしら……」
好きにと言われても、変な名前で呼んだらまた叩くのだろうな……。
第一候補はポチだが、絶対に声を出して呼ぶことはしない。
まあ、もう会うこともないだろうし、無理に考えなくても良いだろう。
花畑……青空……ふむ。ありきたりだが、呼ぶならこっちだな。
「そうですか。なら……ソラで良いですか?」
「何でも良いわよ。あっ、やっと見つけた」
ソラが手を引っこ抜くと、鎖でグルグルに拘束された何かが出てきた。
何これ?
「それは何ですか?」
「もしもの場合に備えて捕えておいたアルカナの
少々とんでも展開だが、どうやってアルカナを捕らえたんだよ……。
そのアルカナが少なくなった上に見つからなくて大変だとか、アクマや偽史郎が言ってた記憶があるのだが?
俺の中にアクマとソラとエルメスが居るって事か……正確にはソラの肉体の中か。
大家はソラで、それ以外は住居人と言った所だろうか?
一応肉体の主導権は俺だがな。
「なんで鎖で縛られてるのですか?」
「一応言っとくけど、こいつは元々あなたに寄生してたのであって、私は逃げないようにしただけよ。だからそんな変態を見る様な目は止めなさい」
俺に?
「どういう事ですか?」
「詳しく話す時間が無いから省くけど、あなたが私の肉体へ移った時に、何故かエルメスが居たのよ。折角だから捕まえて封印してたんだけど、完全には出来なかったのよね」
フールの件があるから人に勝手に寄生――同化出来るのは知っていたが男の時から同化してたのか?
「理由は知ってますか?」
「見つけた瞬間に鎖で巻いてから封印したから知らないわ。とりあえず頭だけ封印を解くわね」
鎖がジャラジャラと音を立てて落ちていき、エルメスの素顔が露になる。
女性にしては短く切りそろえられたオレンジ色の髪と、燃える様な赤い瞳……なのだが、色合いは情熱的だが雰囲気はどんよりと重い。
「……こんにちは?」
「なんで疑問形なのよ。ほら、なんでこいつの中に居たのかゲロりなさい。ついでに力を貸しなさい」
「力を貸すのは構わないのです。ですけど、なんで史郎は女の子になんかなっちゃったんですか? 史郎は史郎だったから良かったのに……」
俺だって出来ればこんな姿になりたくなかったが、あの時はこうするしかなかったのだ。
「文句ならアクマにお願いします。それで、なんで私に同化なんかしてたんですか? 男とは契約出来ないから意味がないでしょうに」
エルメスについては謎が多いというか、意味が分からない。
こんな事なら休んでいる間にアクマから性格とか聞いておけば良かった。
「私だって本当はあなたに同化する気なんてなかったんです。ですけど、それが彼女の最後の願いだったのです。それに、本来ならアクマがあんな事をしなくても史郎は死ななかったのです」
どういう事だとソラに目を向けると、バツの悪そうな顔をする。
「恋人が司るのは”形”なの。形あるものを変化させたり元に戻す事もできるはずよ。だから恋人が能力を使えば、あの怪我は治ったはずなの。アクマがやったのは横取りね」
「気を失ってからこっそり治そうとしてたのに、泥棒猫たちが……」
能力を使うには魔力が必要なはずだが、どうする気だったんだ?
あるいは偽史郎や他のアルカナにバレないで能力を使う方法があったのだろうか?
エルメスはソラを睨みつけ、ソラはサッと目を逸らす。
この陰鬱な雰囲気の理由は分かったが、エルメスの言った彼女とは誰だ?
「私が無駄死にもとい、無駄魔法少女になったのは分かりましたが、エルメスの言った彼女とは誰ですか?」
「史郎の姉です。死ぬ間際に私の事と史郎の事を案じて、私が能力を使うのを拒否したのです。そして史郎が自暴自棄にならない様にとお願いされたのです。ですが……」
意味有り気に頬を染めるのは何でですかね?
「それと身体の拘束も解くのです。わざわざ能力を使わないで待ってたのですから、察しろです。この泥棒猫」
「恨んでるのは分かったからそんなに言わないでよ。理由も聞かずに封印したのは悪かったと思うし、元を正せば全部アクマが悪いんでしょう?」
エルメスをグルグル巻きにしていた全ての鎖が消え、軽く柔軟運動をする。
背中から俺がよく使っている翼に似たものが生えているが、もしかして俺は無意識にエルメスの翼を参考にしていたのだろうか?
「色々と脱線したですが、史郎に死なれるのは嫌ですので協力はするです。でも流石に今の状態の史郎を治すのは難しいのです。流石の私もハンバーグを豚に戻すのは難しいです。契約すればそこそこ簡単に治せると思うですが、どうします? まあ、選択肢は無いようなものですけど」
とても分かりやすい例えだな。
契約か……アクマに聞いていた限りだと、契約の重複による弊害は分からないんだよな……。
フールの場合はアクマに能力を譲渡したから契約は契約だが、ちょっと違うんだよな。
「因みに契約が成功した場合はどうなりますか?」
「アクマがもう1人増えると思ってもらえば結構です。まあ、私は泥棒猫みたいにニャーニャー煩い事は言わないのです。基本は大人しくしといてやるです」
もう分かったから。隣のソラがどんどん小さくなっていってるから。
本来なら俺が怒らなければいけないのだろうが、代わりに怒ってくれているのだろう。
色々と不幸が重なったが、完全に俺は巻き込まれて魔法少女になっただけだからな。
普通の人がどう反応するか分からないが、怒声の1つでも上げるだろう。
エルメスにも正直聞きたいことはまだまだあるが、こいつはマリンと同じ匂いがする。
下手に関わると取り返しのつかない事態になるだろう。
「未契約時と契約した場合の、回復時の代償はどうなりますか?」
「そうですね……契約しない場合は両手か両足。或いは両目ですね。元々そうであったと記憶させるので、回復魔法でも治すことは出来なくなるです。もしも契約できた場合は、この泥棒猫に払わせるので史郎は気にしなくていいです」
契約した時、しなかった時の格差が激しいな。
形を司る……形を戻すのに必要なリソースが今言ったどれかって事か。
「何故ソラから?」
エルメスはじっとりとした視線をソラに向ける。
「もしかして何の説明もしてなかったのです? これ以上史郎に不誠実を重ねるなら私にも考えがあるですよ」
「後でちゃんと話すから、今はどうするか決めた方が良いと思うな! 時間も本当に無いし!」
誤魔化したか……。
どちらか選べと言うが、実質一択なんだよな。
「契約しましょう。生き残れたとしても、戦えなければ私の望む生き方は出来ませんからね」
「分かったのです。まあ、仮に問題が起きて死んだとしても、みんな纏めて死ぬだけですからね。史郎と死ねるなら私も悔いはないです」
エルメスは俺の右手を取ると、手の甲にそっと口付けをする。
するとアクマの時は何もなかったのに、今回は神経を引き抜かれる様な痛みが全身に走る。
何かが繋がったり切れたりを繰り返し、徐々に痛みが引いていく。
とりあえず死ぬことはなさそうだが、死にたくなるような痛みではあった。
「大丈夫です?」
「ええ。色んな感覚がおかしいですが、死ぬことはなさそうです」
身体の方は死体同然の状態だが、精神の方は問題なさそうだ。
エルメスは数度頷き、急に俺を抱き締めた。
「全く、世話の焼ける姉弟です。私は史郎に何も望まないです。ただ、好きなように生きて欲しいです」
「エルメスはこの後どうするのですか?」
「この泥棒猫がこれ以上何もしないようにここで監視してるです。態々表に出る必要もないですからね」
エルメスは俺から離れて、ソラを俺の前に立たせる。
そう言えばさっき何か言っていたような……。
「早く言えです」
「分かってるわよ。そのね、あなたってほとんど身体が成長してないでしょう? その理由なんだけど、私が一部横領してるからなのよ。いやね、本当は私も死んだら死んだはずだったんだけど、あなたが私の身体へ入った時に何故か意識が覚醒してね……」
言い訳の嵐を纏めると、死んだはずなのに意識だけが俺の中で覚醒し、そのまま消えるか残るかを考えた結果、エルメスの件もあり残ることにした。
しかし意識だけの状態とはいえ、生きるには食事……栄養が必要だった。
最初の頃はちょろまかす程度だったが、たまたま多く俺から栄養を奪った時に身体が成長することを知ったソラに野望が生まれた。
生前ではツルツルストーンで終わってしまったので、ちゃんと成長してボインになりたい……と。
最低限ものを弁えているので、俺の体調が悪くなるようなことはなかったが、俺の成長はソラのせいで止まってしまっていたのだ。
個人的には別に構わないが、普通なら怒る場面だろう。
因みに筋力に関しては原因が分からないとのことだ。
肉体的な成長としてはこのままでも構わないが、強度的な面ではどうにかしたいところである。
とりあえずこの件でソラを責める気はないので、その事を伝える。
何ならこれからも奪って構わないので、その事を話している時に、ふと閃いた。
「確認ですが、エルメスの能力を使えば私とソラの身体を入れ替えることって可能ですか?」
「多分出来るです。ただ、それをやるのは泥棒猫が再び成長してからですね。今回はこれまで奪っていた分を代償に充てるので、泥棒猫はちんちくりんに戻ってしまうです。1カ月は無理ですね」
なるほど。パクられた分を使って体を治すのか。
「もうそろそろ本当にヤバいので、戻るです。用がある時は強く私か泥棒猫の事を考えれば応えるですが、アクマはどうせ煩いので、なるべくいない時にお願いです。それでは頑張ってです」
エルメスがソラの腕を掴むとソラの足元に魔法陣が現れ、ソラから白い光が溢れて俺に吸い込まれていく。
同時に俺の意識が薄れていき、ソラの光が収まると今の俺と瓜二つ少女が不貞腐れた顔で立っていた。
「ほとんど聞こえていないと思うですが、史郎の身体を元の男に戻す事は私にも出来ないです。魂が今の形を通常だと思ってしまっているです。まあ、戻る気はないと思うですが、一応伝えたですからね」
返事をする前に意識が途絶え、目が覚める。
感覚はしっかりとあり、魔力も身体を巡っているのを感じる。
エルメスと契約したせいなのか、魔力の感覚が少しおかしい。
誰かが戦っているのか、戦闘音が聞こえた。
どれ位倒れていたのか分からないが、こんな魔物が徘徊している中で倒れていれば、いつ本当に死んでもおかしくなかったな。
違和感を無視しながら立ち上がると、血が地面で赤く染まっていた。
しかし、ローブは白く、汚れもほとんどない。
血を流したはずなのに、血が足りない時の気怠さは全く感じない。
それどころか体調はかなり良い。
直ぐに戦う事が出来そうだ。
それと、後でアクマと話し合った方が良いだろう。
まさかアルカナの1人がずっと俺に寄生していたとは予想してなかった。
姉のせいであるが、姉がエルメスと契約しなかった理由は分かる。
だが、出来れば世界よりも自分を大事にして欲しいと思ってしまうのは、身内故のエゴなのだろうか?
「ハルナ!」
「イニー!」
………………なんでマリンが居るの?
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