魔法少女は杖無き子

 次の日の朝、タラゴンさんに起こされて目が覚める。

 このパッと見お淑やか系の女性が、タラゴンさんだというのは慣れんな……。


 朝食を軽く食べて、何故か手を繋がれて妖精界に転移する。勿論変身してから向かってる。端末の操作1つで転移出来るのだから、妖精の魔法謎技術は分からない。


 不思議なものを見るような視線に晒されながら、前回使ったシミュレーター室に向かう。


「設定は練習用の一般的なものね。今回は戦うことではなく、様子見リハビリだから大丈夫よ」


 前回は戦うわよーからの、デスマッチを強要してきた人の言葉を信じられるだろうか? 俺は信じられない。


 しかし拒否する暇もなく、繭に放り込まれてシミュレーションが開始される。

 下っ端に人権はないのだろうか?


 今回は荒野ではなく、色々な的や練習に使えそうな障害物のある、人工的なフィールドみたいだ。

 

 杖よ出ろと念じるが、杖はやはり出てこない。


(どうしたもんかね?)


『うーん。こればっかりは私も分からないからね。今は出来る事からやっていくしかないよ』


 寂しい手元にしょんぼりとしていると、タラゴンさんがシミュレーションに入って来た。

 

「あれ? 何時も持ってる杖はどうしたの?」

 

「お亡くなりになりました」


「それって大丈夫なの?」


 タラゴンさんに俺の能力魔法について、話せる部分を話す。

 主に杖が無いと魔法が弱体化するってことだけだが。


「ふーん。とりあえず撃ってみれば?」


 杖がないせいで締らないが、杖の代わりに右腕を前に突き出す。

 

氷よアイスアロー氷よ。貫けアイスニードル


 おお、イメージした半分くらいの威力しか出ないな。魔力の消費はそのままで威力だけ半分か。


 ……M・D・Wみたいなのが現れなければ問題ないのでは?


砕けし氷よ。アイス再び集いて鉄槌となれハンマー


 的に向かって撃った魔法を再利用し、そこそこ大きなハンマーを的に振り下ろす。C級位は確実に倒せそうだな。


「……本当に弱くなったの?」


 失敬な。今の俺では命の息吹よ終われエンドオブアイスも使えないし、焔光よ。眼前のサン・敵を滅ぼせレイも発動にかなりの時間が掛かる。

 それに、手元が寂しい。


「個人ではS級は無理そうです。詠唱の時間があれば倒せはすると思います」


 派手に魔法をばら撒けないが、戦えなくはない。

 金の問題もあるし、中位D~C級は狩るのには問題ないかな?


「うーん。新人として考えればそれでも規格外側ではあるけど、グリントとかの例もあるし、学園でも目立たないかな……後は何かありそう?」


 ふむ。折角なら始まりを告げる音ビッグバンを使ってみようかな? でもあれ痛いしな~。

 恐らくまともに使える魔法だと始まりを告げる音ビッグバンが一番火力はありそうなんだよな……。


 後は第二形態闇落ちも試したいが、あれは表に出したくないからな。

 杖よ。お前は一体どうしてしまったんだ?

 

「多分大丈夫です。魔法の感覚は大体掴めました」


 弱体化したとはいえ、普通に戦う分には負ける事はなさそうだ。


「それじゃ私と……」

 

「絶対勝てないので止めときます」


 せめて杖か、殺意マシマシ状態の第二形態なら戦っても良いが、今は魔法の準備段階で瞬殺されてしまう。

 威力半減に詠唱時間増加。手元が寂しくなり、最終手段である杖術も使えないのだ。

 簡単に人を爆散させるタラゴンさんとは、絶対に戦いたくない。


「つれないわねー。まあ、問題無いなら良いわ。この後は……あら?」


 タラゴンさんがつまらなさそうにいじけていると、シミュレーション内に連絡を告げるアラームが鳴り響く。


「人が楽しんでるのに、一体誰よ」


 多分楽しんでるのは、タラゴンさんだけだと思うんですけどね。

 俺は純粋にリハビリしているだけだ。


 空にホログラムの画面が映り、そこには楓さんが居た。


『昨日の今日でもうここに居るなんて……』


 やれやれと楓さんは首を振り、それに対してタラゴンさんが適当に返事を返す。多忙の楓さんが一体何の用だ?


『あんな事があったばかりなのですから、ちゃんと休ませないと駄目ですからね? それと、学園についてですが、来週には転入と入寮できそうです』


 手が早い事だ。こちらとしては、1つ屋根の下で女性と居るよりはマシだが、また勉強の日々が始まるのか……。


『因みに転入予定のクラスにはマリンと、前に仲裁に入った大剣と槍の魔法少女が居るみたいだね』


 マリンが居るのか……。M・D・W討伐の際に少々カッコつけてしまったせいで、会うのは少し躊躇うな。

 それとあの大剣と槍の魔法少女か。更生してくれてれば良いが、駄目だったらまた殴るとしよう。


(既に不安で一杯だが……俺が男に戻れる日は来るのだろうか?)


『今は肉体が無いから無理だね。もしかしたら可能性があるかもしれないし、それまではハルナとして頑張ろう!』


 俺が現実逃避していると、どうやらタラゴンさんと楓さんの話がついたみたいだ。


「つまり、このままイニーを学園に連れてって試験を受けさせれば良いのね?」


『ええ。あくまでも現時点での学力や能力の確認をするだけなので、合格や不合格があるわけではないので大丈夫です。姉としてしっかりとイニーを導いて下さいね』


「分かったわ。お昼を済ませたら向かうとするわ」

 

 何時の間にか楓さんもイニー呼びだが、やはりイニーフリューリングだと長いよな。

 アクマが公式サイトマジカルンの方のプロフィールに愛称を追加したって言ってたし、その内皆がイニーと呼ぶようになるのだろうか?


 『それではお願いしますね。私はこのまま北極に行くので、何かありましたら直接連絡して下さい』


 楓さんを映していたホログラムが消え、微妙な静寂の時間が流れる。


「時間もまだあるし、1回魔物相手のシミュレーションをして、お昼を食べてから向かいましょう」


「分かりました、お姉ちゃん」


 タラゴンさんが端末を操作してトレーニング用のフィールドから、実践向けのフィールドに変わる。

 さて、どれ位戦えるかな?


「先ずはB級1体から行ってみましょう」


 そこは普通雑魚G~E級からじゃないのだろうか? 新人として再スタートとか言ってるのに、最初から飛ばし過ぎな気がする……。

 そんな俺の無言の抗議など無視され、獣型の魔物が現れる。


 仕方ないが、倒すとしよう。


土よ。棘となれアースピック


 魔物までの距離は50メートル程。獣型ならあってないような距離だ。なので先ずは足場を悪くするため、土の棘を沢山生やす。


 だが、思ったより硬くないせいで、無視して魔物は突っ込んでくる。

 イメージが大体半減すると想定して、魔法を強めに撃たないと駄目だな。

 小手調べとしては失敗だが、問題ない。


 じっくりと魔力を練り……。

 

氷よ。降り注げアイスレイン炎よ。舞い上がれフレイムエッジ


 致命傷にはならないが多少の怪我を負わせられた。後は向こうが俺に接敵するのが先か、俺が次の魔法を唱え終わるのが先か……。


 本当ならこの程度の魔物は一撃で倒したいのだが、上手くいかないものだ。


炎氷よ。ブレイズ集いて荒れ狂えヘイル」 


 降り注ぐ氷と吹き荒れる炎が混ざり合い、魔物を中心に竜巻となる。

 魔物は悲鳴を上げる間も無く、跡形もなくなりましたとさ。


「火力はあるけど、時間が掛かってるわね」


 俺の戦いを見ていたタラゴンさんが呟く。

 あなたなら指パッチンとかで倒せるかもしれないが、俺には無理だ。


 ついでに魔力もB級一体だけなのに1割も消費してしまっている。概算だがA級だと1体辺りに3割は消費しそうだな。


「杖があれば問題ないのですが……」

「この先どうにかなる当てはあるの?」

「今の所は何も。杖が無くなった正確な原因も分かってないので」


 原因は分かってるが、ちょっと黙っておくことにする。

 腹に杖を刺して、触媒として魔法を使ったら消えましたとは言い難い。


「そう……M・D・W見たいな事は無いと思うけど、何か起こるか分からないのが魔法少女だから、早めに何とかしたいわね……」


 本当だよ……あっ、結構いい時間が経ってるな。昼飯とその後の事を考えると、もうそろそろ切り上げた方が良さそうだ。

 

「あの、もうそろそろ時間が」

「あら、結構経ってたわね。お昼は何か食べたいものあるかしら?」


 折角ならまた沼沼に行くのも良いが、タラゴンさんに任せるのも1つの手かな。

 あっ、でも珈琲は飲みたいな。


「お任せします。出来れば食後の珈琲が飲める所を」

「渋い嗜好してるわね。なら折角だし家に帰って食べましょうか。ここだと他の目もあるしね」


 個室以外で食べる場合は、俺もタラゴンさんもどちらも目立つからな……なんなら、移動中さえジロジロと見られる。なので、家で食べるのもありだな。


 シミュレーションを切り上げ、テレポーター室から家に帰る。移動中は常に手を繋がれていた。

 俺が迷子にでもなると思ってるのだろうか?

 

『(たんに心配なだけだと、アクマちゃんは思うのでした)』

 

(何か言ったか?)


『何も。それより、今日の試験は大丈夫なの?』


 試験? まあ学力や魔法能力の試験は大丈夫だろう。強いてあるとしたら、体力はあっても筋肉が無いことだな。


 もしも喧嘩することになったりしたら、勝てる自信がない。魔法を使えば何とかなるだろうけど、ガキの喧嘩に魔法を使うのもな~。


 でも相手も魔法少女だし、別に良いか……死ななければ回復できるし、大丈夫だろう。

 

(大丈夫だろう。これでも中身は26の大人だぞ? 今更小中程度の試験は問題ない)


『なら良いけどさ。何か面白いことでも起きれば良いけどな~』


 世間的にそれはフラグと呼ぶんだぞ?


 お昼はタラゴンさんが、うどんを茹でてくれた。

 少々寒くなってきた最近だと、体が温まって美味しかった。

 食後には珈琲も淹れてもらい、人心地つく。落ち着いて珈琲を飲める時間ほど、良いものはない。

 

「ねえハルナ。前はどんな暮らしをしてたの?」


 1人暮らしで、うつ伏せで日向ぼっこしたりして暮らしてましたなんて言えない。

 男の1人暮らしとして考えれば何でも良いが、今は少女だからな~。

 

(なんか良い案ある?)


『橋の下で暮らしてましたで良いんじゃない?』


 今時そんな暮らしをしていれば、魔物に殺されて死んでしまう。

 なにか、なにか良い案は……。


「し、施設から逃げ出してからは、妖精に助けてもらいながら暮らしてました」


 苦しい言い訳だが、回転の遅い俺の頭ではこれが限界だ。

 どうか、これで納得してくれ!


「そう。その施設がどこだが覚えてる?」


 なんかタラゴンさんの目が冷めてて、とても怖いのですが……。

 俺は何か選択を間違えたのだろうか? 人と話すのは難しい……。

 

「何も覚えてないです。逃げるので精一杯でした……」

「なら仕方ないわね。もし何かあったら私を呼びなさい。何があっても駆けつけるから」


 よく分からないが、タラゴンさんの信用を得られたみたいだし、良しとしよう。

 念のためハルナとしての設定を考えとかないと、ボロが出そうだな。


 その前に、今はこの珈琲を飲んで嫌な現実を忘れよう。

 はぁ、元の身体に戻れる日は来るのだろうか?

 

「もう少ししたら学園に行くけど、大丈夫?」


 おっと、呆けてしまっていたな。


「多分大丈夫です」

魔法能力については心配してないけど、勉強もあるんだからね? 時間があれば教えられたんだけど……仕方ないわね」


 食器を片付けで、試験に向けて軽く準備する。

 魔法少女学園日本支部は妖精界にあり、他の教育施設や研究施設が纏められてる区画にある。


 テレポーターでの移動が基本となる妖精界ではあるが、似たような施設とかは、纏められていることが多い。


 似たような施設が纏められているという事は、似たような利用者が大勢居るという事だ。


 教育施設がある場所に行くってことは、比較的新人や幼い魔法少女が多い。


「見て、あれタラゴン様じゃない?」

「嘘! 本物じゃない! でも隣の子は誰だろう?」

「あの白いローブ姿はどこかで見たような記憶があるような……」


 テレポーターから出ると、有名人が急に現われたかのように騒めき出す。

 いや、実際にタラゴンさんは有名人か……。

 

 そんなタラゴンさんに手を繋がれているせいで、かなり目立っている。

 あのタラゴ……お姉ちゃん、せめて手を繋ぐのは……あっ駄目ですか。そうですか。


『ワロス。年下に負けて恥ずかしくないんですか?』


 恥ずかしいよ。フードのおかげで周りには見られてないが、恐らく真っ赤だろう。俺の心情とは裏腹にタラゴンさんの機嫌は良さそうだ。先程の冷たい目をしてた頃とは大違いだ。

 

(大丈夫だ。俺の心はもう折れている。今は流れに身を任せるだけさ……)


 強いて救いがあるのは、誰も話しかけて来ない所だろう。急に現れたランカーに話しかけられるほど、勇気がある奴はいないか……。


 タラゴンさんに引かれ、俺は行く。出来れば行きたくない学園が、俺を待っている。

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