助けられた魔法少女。その名はマリン

 魔法少女マリンは同じ北関東支部の魔法少女2人が再教育補習送りになってから忙しない日々を送っていた。


 唯でさえ人不足に喘いでいる北関東支部だと言うのに、常勤の魔法少女が1人になってしまったからだ。幾ら雑魚G~E級が多いといっても、他が5人~10人程で回している中で1人なのだから、ブラックである。


 上位B級以上は流石に応援を呼んだりしていたが、基本はマリン1人で頑張っていた。それはマリンの性格もあるのだが、馬鹿達スターネイルとブルーコレットの尻拭いを他人にさせるのが、阿呆らしいからだった。


 マリンは刀による接近戦と弓による中距離で戦う魔法少女である。刀の一撃は地を裂き、弓の一撃は岩すら打ち抜く火力特化なのだが、魔力の消費が激しい為に連戦や長期戦が苦手だ。


 苦手なのは分かっているが、それでも自分なら何とかなる。そう、マリンは思っていた。



 馬鹿達スターネイルとブルーコレット再教育補習から帰って来る2日程前、マリンの元に出撃依頼が来る。その日は既に5件程討伐を完了しており、北関東支部としての討伐としては十分な数をこなしていた。

 他に10件程あったのだが、此方はイニーフリューリングが討伐してしまった。


「魔物はB級の予想で、応援は呼べないのね?」


 『はい。福島と神奈川でA級が現れてしまったので、直ぐに動ける魔法少女がマリンだけとなります。もし無理そうなら妖精界に待機している、ランカーランキング10位以内を向かわせますが……』

 

「不要よ。B級位、私1人で何とかなるわ」


 心配するオペレーターを余所に、マリンは力強く言い返す。確かに疲れと魔力が心もとないが、短期決戦で挑めば何とかなると思っている。何度か1人でB級を倒した事もあり、仲間が居たとは言え、A級にも致命傷を与える事が出来た経験があった。


 確かに疲れているが、他に人が居ないならそれで構わない。そう、マリンは思っていた。


「ポイントは?」


 『群馬と埼玉の県境になります。ポイントは端末スマホに送っておきます。申し訳ありませんが、結界の展開もあるので15分以内の到着をお願いします』


「分かったわ」


 マリンは通信を切り、送られてきたポイントを確認する。

 急いで向かう程の距離ではないが、休む時間がない程度の距離だ。

 

(残りの魔力を考えると、急いで向かうよりはギリギリを狙って向かう方が良いわね)

 そう考えたマリンは屋根伝いでポイントに向かった。


 予定時間1分前に着いたマリンはさっそくオペレーターに結界の展開を依頼する。オペレーターは妖精局に通信を入れ、それにより魔物の出現予想位置を起点に結界が展開される。


 この結界は妖精の魔法謎技術であり、詳しい原理は使っている妖精も分かっていない。

 効果としては結界内の生物を別空間(妖精作)に送り込む。この空間は幾つか種類が有り、何処に跳ばされるかはランダムとなる。

 

 他にも、結界内の戦闘は妖精の謎技術魔法により、公式サイトマジカルンでリアルタイム視聴できるのだが、スマホ等の通信は使えない。別空間なので当たり前と言えば当たり前なのだが。


 この別空間は妖精曰く、壊れても問題ない空間となっているが、これまでこの空間を完全に壊した者は少ない。たが、魔物の討伐前に壊されると魔物が逃げるので、故意に壊すのは非推奨とされている。


 

 結界の仕様上、一度展開されると外部からの干渉は難しく。結界が解かれるのは魔物が死ぬか、魔法少女が死んだ時なのだ。


 そこら辺の事情もあり、上位B級以上の魔物は2人以上で戦うのが、基本とされている。

 運悪く応援を呼べなかった結果、マリンだけを別の空間戦闘空間に誘った。



 (私なら大丈夫。後2日もすれば2人も帰って来るし、癪だけどイニーフリューリングのお陰で私の負担も減ってる)


 眼を瞑り、息を整える。そして、魔物の反応を捉えると共に一気に踏み出した。


 マリンの作戦は至極簡単で、眼にも留まらぬ速さで間合いを詰め、居合い抜きで斬る。それだけである。

 単純に力が強かったり、固い敵になら有効であったのだが、今回は相手が悪かった。

 魔物蜘蛛は出現すると共に周りに糸を張り巡らせ、テリトリーを構築していたのだ。


 マリンは突っ込む途中でギリギリテリトリーに気付き、何とか思い止まることが出来た。

 たが、これにより一撃で決める作戦は、不発に終わる。


 それでも、糸を避けたり斬ることにより、それなりに戦えていたが。子蜘蛛による物量攻めをされるようになると防戦一方になってしまった。


 子蜘蛛を一掃しようと能力魔法を使えば親蜘蛛を倒すだけの余力が無くなり、親蜘蛛を倒すには子蜘蛛が邪魔となる。


 此処は結界の中。助けが来ることは有り得ない。

 チラチラと死の影が脳裏を掠める中、現状を打開しようと考えるも、時間が経てば経つ程マリンの魔力は減っていく。


 徐々に焦りが募り始めたその時、子蜘蛛の吐いた糸がマリンの足に絡み付いた。

 その隙を親蜘蛛が見逃す事はなく、砲弾の様な糸球をマリンに向かって吐き出す。足を止められたマリンに避ける術はなく……。


 迫り来る糸玉を視界に捉えた瞬間、マリンは己のミスを自覚した。

(これは無理そうね。)

 体力も魔力もギリギリであり、ここで糸球を防げたとしても、それ以降マリンに抗う術が残されていない。

 刀を持った腕を下げ、眼を瞑る。

 

(癪だけど、後は2人に任せましょう)

 

 幸いだったのは、糸玉が当たった段階でマリンの意識が途切れた事だろう。糸玉が直撃したマリンは呆気なく、吹き飛ばされてしまった。

 

 雑魚G~E級での魔法少女の死亡率は1割も無いが、上位B級以上になると一気に跳ね上がる。結界という閉鎖空間。助けが来る事を望めない緊迫感。そして、逃げられない絶望感。

 それが魔法少女を狂わせる。マリンも又、この狂気に呑まれてしまったのかもしれない。


 本当なら魔法少女マリンの人生はここで終わったのかもしれない。自分なら大丈夫だと思う過信と、助けは来ないと諦めてしまった心。救いは無いはずだった……。

 だが、ここでイレギュラーアクマが現れる。


 マリンは生物の燃える焦げ臭さで意識を取り戻す。

 しかし、それは可笑しいと頭は判断する。

 

 自分は魔物に殺されている筈だ。結界内で魔物が魔法少女を見逃した例はない。それに、このタンパク質が燃えた様な嫌な臭い。まるでが燃えているみたいではないか。


 酷く重い身体を動かすと、声が漏れる。目を開いて見上げると、長い木製の杖を持った白いローブ姿の誰かが居た。


 いや、誰かなんて分かっている。1週間程前に突如現れた魔法少女。その戦績は他の追随を許さず、他の魔法少女の動画に映ったその姿は、熾烈を極めた。

 魔法少女を助ける為に腕一本を失ったり、民間人を助ける為に、魔物に天高く吹き飛ばされたり。


 他にも、大量の魔物を一度に討伐してたり、話題に事欠かない魔法少女である。


 その名は魔法少女イニーフリューリング。またの名を白魔導師。素顔を見た者は誰も居らず、フードから微かに見えた青い髪以外何も分かっていない。


 そんな魔法少女彼女がマリンの目の前に居た。

 彼女の周りには蝶の様な炎が大量に浮かんでおり、その炎が蜘蛛の糸を燃やし、それどころか子蜘蛛すら燃やしていた。その光景はとても幻想的であった。


 いや、そんなのは、今はどうでも良い。それよりも、どうやって結界の中に入ってこれたのかが重要だった。

 

「貴女はイニーフリューリング!」


 そう、知らずのうちマリンは声を出していた。

 

 下から見上げる形だったからだろうか。イニーフリューリングが振り向いた時に、マリンはその全てに絶望した様な、濁った青い瞳を僅かに見ることができた。


 「目が覚めた?」


 その瞳と、この世の全てに関心がない様な声を聞いたからだろうか、何故かマリンは自分でも制御出来ない感情が高ぶり、大きな声が出てしまった。

 

「どうしてここに居るのよ! 結界には私1人しか居なかった筈よ」


(違う。本当はお礼を言いたいだけ!)


 言いたい筈の言葉が言えず、その事に困惑しながらも、せめて一緒に戦う為に立とうとするが、身体は思うように動いてくれない。

 マリンが何とか立とうと藻掻いていると、先程の問いに答える様にイニーフリューリングが口を開く。

 

「魔法少女に不可能はない」


 何を意味する言葉だろうか? マリンにはその言葉の意味を直ぐに、理解する事が出来なかった。

 恐らく、結界を乗り越えて来た事なのだとは思う。だが、その言葉から感じる思いは、それ以上の何かをマリンに感じさせた。

 

「後は私が何とかする。貴女は休んでなさい」


 マリンが何故か熱を持つ顔を見られない様に俯いていると、イニーフリューリングが声を掛けた。


 マリンが顔を上げると、既にイニーフリューリングは振り返っており、杖を構え始めた。


鉄よ囲んで迫り出せアイアンウォール


 マリンとイニーフリューリングを囲むように鉄の様な壁がせり出す。

 何のために壁を出したのだろうか? そう考えていると、新たな魔法をイニーフリューリングが唱える。


 始まりを告げる音ビッグバン


「きゃあぁ!」

 

 世界の終焉を告げるような轟音が壁の向から響き渡る。あまりの音に、マリンが悲鳴を上げてしまうのは仕方ないことだった。


 イニーフリューリングが壁を解除すると、マリンが戦っている時にあった建築物は全て消失しており、空を流れていた雲すら見当たらなかった。


 大量に居た子蜘蛛どころか、親蜘蛛も綺麗さっぱり消えており、先程の魔法ビッグバンの威力を物語っていた。


「これが貴女の能力魔法……」


 口から言葉が漏れた。

 イニーフリューリングを恐れて出た言葉ではない。

 敬愛とも崇拝とも言える思い。感慨から出た言葉であった。


だが、これ程の魔法を使って大丈夫なのだろうかと不安になる。


 過度の能力魔力の使用は命に関わる。

 それは魔法少女なら誰でも知っている事だ。しかし、見る限りイニーフリューリングは何ともなさそうである。


 束の間の静寂が場を支配する。

 魔物の討伐が終わりを迎える。

 その時、マリンはハッと気付く。


 このままではイニーフリューリングが帰ってしまう。

 まだお礼も言えていないのに、このまま帰られてしまうのは、マリンにはとても寂しく感じた。


 だが、何と声を掛ければ、良いのだろうか?

 何故かマリンは言葉に詰まってしまった。


 声を掛けようと模索してると、いつの間にかイニーフリューリングが此方を見ていた。

 

「大丈夫ですか?」


「一応、助けてくれてありがとう。でも、どうやってここに入ったの?」


「無理矢理」


 無理やりで結界に侵入出来る程、結界が柔なわけ無いだろうと、マリンは言いたくなるが。無理矢理侵入して、身体は大丈夫なのだろうかと、心配になる。


「無理やりって、大丈夫なの?」

 

「問題ないです。怪我は治しておきますね。痛いの飛んでけヒール


 マリンの言葉に事も無げに返し、あれだけの魔法ビッグバンや結界への侵入をして。更に回復魔法まで使う余裕がある魔法少女。


 それだけの能力魔法をたった1人の人間魔法少女が持つのは不可能だと言いたいが、目の前の魔法少女は全てを持っている。


 殆どの魔法少女が特化か、2つ程の能力だと云うのに……。

 いや、それよりも今は助けて貰った事にお礼を言わなければならないと、マリンは思考を切り替える。

 

 マリンが魔物との戦闘で出来た傷は綺麗になり、魔力不足による倦怠感以外は良くなった。


 イニーフリューリングが回復の魔法を使えることは情報として、知ってはいたが。実際に使われると、回復魔法の有難味が分かる。


 魔法局がイニーフリューリングの勧誘に、躍起になっている理由が分かると云うものだ。

 

「こんな事も出来るのね……治してくれてありがとう」


 マリンはやっと動くようになった身体で、立ち上がりお礼をするが、イニーフリューリングは特に反応せずに立ち去って行く。少しだけ歩いた後、その姿は透ける様に消えてしまい。結界にはマリンだけが残された。


 その後直ぐに結界は解かれ、殺風景な景色は色を取り戻し、荒地は舗装されたアスファルトに変わる。


 マリンが無事に現実に戻ってこれた事に一息入れてると、端末スマホに着信が入る。


 オペレーターと表示されている画面を見ると、少々面倒臭い気持ちになるが。戦闘後の報告は、紐付き公式魔法少女の義務である。

 

 

 通話ボタンを押す前に、結界の仕様を彼女は思いだした。結界内の戦闘はリアルタイムで見る事が出来る。

 

 オペレーターに何を言われるかと、少々憂鬱になりながらも、通話ボタンを押した。

 

『マリン! 大丈夫でしたか⁉』


 オペレーターはマリンを心配するように大声を上げる。この時のマリンは知らなかったのだが、イニーフリューリングの魔法ビックバンが発動した時の衝撃で放送が止まっていたのだ。


 そんな事を知らないマリンは何時もの様にオペレーターに返事をした。

 

「ええ、大丈夫よ」


 『大丈夫な訳ないでしょう! 今救護班を要請したので無理に動かないで待っていて下さい!』


 オペレーターが最後に見たマリンの姿は、イニーフリューリングの後ろで倒れて居た所までだった。なので、オペレーター視点ではマリンが大怪我をしていると思っている。


 なので、オペレーターがここまで焦っている理由が、彼女には分からなかった。


 その後もガミガミと話してくるオペレーターに嫌気が差したマリンは、途中で通話を切ってしまった。


 もしもイニーフリューリングが居なければ。

 そう、改めて考えた彼女は、何気無く空を見上げた。彼女の胸の内を知るものは、誰も居ないのだった。


 この時の戦闘動画は魔法局の意向により、マリンの意思とは関係無く公開される流れとなり、動画に対する反応は大きく分けて2つとなった。


 結界の中で魔法少女が、魔法少女を助ける様に、希望や可能性を見いだす者。

 多種多様の魔法に、回復までもこなす魔法少女イニーフリューリングに危機感を覚え、排除を企む者。


 会議お茶会に呼ばれ、恥を掻かない様に少女らしい動きや、仕草をアクマと練習してるハルナを他所に。ハルナを取り巻く環境は変わろうとしていた。

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