第11話
あれからどのくらい経っただろうか? 俺は暗闇の中で目を覚ました。
ここは何処だろう? そんな事を考えながら起き上がろうとしたのだが、何故か体が動かなかった。
それに気づいた瞬間、全身に激痛が走ったことで思わず悲鳴を上げそうになったが、口まで塞がれているためくぐもった声しか出なかった。
どうにかして脱出しようと試みるが、手足を動かすことすらままならない状態では何もすることができず途方に暮れていると、どこからか声が聞こえてきた。
『目が覚めたみたいだね』
その声はとても透き通っていて綺麗だったが、どこか不気味に感じる声だった。一体誰なのかと考えているうちに声の主が再び話し始めた。
『そんなに怖がらなくても大丈夫だよ』
そう言って笑う声が聞こえてくると同時に足音が近づいてきて目の前で止まったのが分かった。そこでようやく暗闇に目が慣れてきたのか相手の姿が見えるようになったので見てみると、そこには見覚えのある顔があった。
それを見て驚いたのも束の間、相手はニヤリと笑みを浮かべると言った。
『久しぶり、元気してた?』
それを聞いて思い出した。目の前にいるのは以前夢の中で出会った女性だ。何故こんなところにいるのかと思っていると、彼女が微笑みながら言った。
『君を迎えに来たんだよ』
その言葉に驚きを隠せないでいると、彼女は俺の頬を撫でながら言った。
『さあ、行こうか』
そう言われて戸惑う俺を無視して強引に立ち上がらせると、そのまま手を引いて歩き始めた。
それからしばらくして辿り着いた場所は、何もない殺風景な荒野だった。そこに俺を連れてきた理由を尋ねると、彼女は笑みを浮かべながら答えた。
『ここで君は魔王になるんだ』
その言葉を聞いた途端、俺には前世の記憶が蘇ってきた。
「あの絵本に書いてあったのは作り話じゃなかったのか?」
そう呟くと、彼女は笑みを浮かべたまま頷いた。
『そうだよ、あれは実際に起きた事なんだ』
「マジかよ……」
信じられないという顔をしていると、彼女は苦笑しながら言った。
『無理もないよね、でも全て事実なんだよ』
「じゃあ、俺が勇者に選ばれたのも偶然じゃなくて必然だったのか?」
そう尋ねると、彼女は首を横に振って否定した。
『ううん、違うよ。あの時は本当にたまたま選ばれただけさ。だから、本来なら君が選ばれるはずはなかったんだけどね……』
そこまで言うと、彼女は真剣な表情になった。
『私はね、君に謝りたかったの』
「謝る? 何を?」
意味が分からずに聞き返すと、彼女は悲しげな表情を浮かべて答えた。
「君を向こうの世界に転生させた事をだよ」
その言葉を聞いてハッとした。確かに言われてみれば納得がいったからだ。あの時、夢で見た光景は全て現実に起きた事で、自分が勇者として戦っていたのも紛れもない事実だという事だ。
しかし、疑問もあった。それは、なぜ彼女がここまでしてくれるのかという事だ。いくら夢の中とはいえ、自分のせいで命を落としたのだから恨まれていても仕方がないと思っていたので不思議だったのだ。
「俺が逃げたせいなんだろう? 魔王軍が滅んだのは。その俺に新しい魔王になれって言うのか? いったいなぜ?」
それを尋ねてみると、彼女は静かに語り始めた。
『確かに最初は憎かったよ、だけど今は違う……だって、こうして再会できたんだからね』
そう言って微笑む彼女の目には涙が浮かんでいた。それを見た俺は何も言わずに抱き寄せると、彼女もそれに応えるように抱きついてきた。
それからしばらく抱き合っていると、やがて満足したのか離れていったので俺も手を離した。そして、改めて彼女の顔を見ると涙を流していたことに気づいた俺は慌てて謝った。すると、彼女は涙を拭いながら首を横に振った後で言った。
『気にしないでいいよ、これは嬉し涙なんだから』
「そうか、それならいいんだけどな……」
ホッとしたのも束の間、今度は真剣な眼差しを向けてきたので何事かと思っていると思いがけないことを口にしたのだ。
『それでね、お願いがあるんだけどいいかな?』
「ん? 何だ?」
聞き返すと、彼女は少し言いづらそうにしていたが意を決したように口を開いた。
『私を君の配下に加えてほしいの』
突然そんな事を言われて困惑したが、同時に嬉しくもあった。何故なら、前世では敵同士だったため殺し合うしかなかった相手が今では自分に対して忠誠を誓おうとしているのである。これを喜ばずにいられるだろうか? いや、そんなはずはないと思った俺は迷わず即答した。
「断る!」
そう言うと、彼女は驚いた表情を見せた後に聞いてきた。
『どうして?』
「そんなの決まっているだろ、お前を手放したくないからさ」
そう言いながら微笑みかけると、彼女は顔を真っ赤にしながら俯いた。その姿を見ていると愛おしさが込み上げてくるのを感じた俺は思わず抱きしめたくなったが我慢することにした。なぜなら、まだ肝心なことを聞いていないからである。
「それよりも聞かせてくれないか? お前は何者なのかを」
それを聞いた彼女は頷くと、自己紹介を始めた。
『私はね、元々は人間だったの。名前は美月。でも、ある時に事故に遭って死んだと思ったらこの世界に転生していたの。しかも、記憶を持ったままでね』
「なるほど、つまり生まれ変わりってことか」
そう答えると、彼女は小さく頷いた。
「ちなみに、その前はどんな感じだったんだ?」
続けて質問すると、彼女は俯いてしまった。どうやら答えられない理由があるらしい。だが、どうしても知りたかった俺はしつこく聞いてみたところ、渋々ながらも話してくれた。
『実は、私も君と同じで日本から来たの。年齢は18歳、大学受験のために予備校に通っていた時に乗っていたバスが事故を起こして死んじゃったの』
それを聞いて納得した。おそらく、その時に何らかの理由で死んでしまったのだろう。それがきっかけとなってこの世界へやってきたに違いないと考えたところでふと思ったことがあった。
(もしかして、こいつも俺と同じことをしてきたのか?)
そんなことを考えていると、彼女が心配そうに声をかけてきた。
『大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど……』
「ああ、大丈夫だ」
そう答えてから改めて考えてみることにした。もし、俺の推測が正しければ彼女もまた自分と同じ境遇の人間ということになる。だとしたら、信用できるかもしれないと思い彼女に言った。
「なあ、よかったら一緒に来ないか?」
それを聞いた彼女は一瞬嬉しそうな表情を浮かべた後ですぐに真顔に戻った。
『いいの? 私なんかが行っても迷惑にならないかな?』
不安げに聞いてくる彼女を安心させるために力強く頷いてみせると、彼女は満面の笑みを浮かべて言った。
『ありがとう! これからよろしくね!』
まるで霧が晴れるかのようだった。
こうして、新たな仲間が加わったことで俺の旅はさらに賑やかになりそうだと思いながら、その日は解散することになった。
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